表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十章 蒼生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1173/3509

1143.その生き証人

 会議机を囲む聖歌隊の前には、一枚ずつ楽譜がある。


 「どうせ、キルクルス教徒の身内が、()しき(わざ)を使う奴らと縁続きになるのは許さないって、破談しようとしたんでしょう」

 「全くなかったとは言い切れませんが、双方の聖職者は、異教徒との婚姻を禁止しませんでした」

 「えぇッ?」

 何人もの驚きが会議室に響いた。


 アミエーラも祖父母の結婚当時、他の身内がどうだったかは知らない。だが、少なくとも大伯母カリンドゥラは、キルクルス教徒のクフシーンカ店長と親友だったのだから、信仰を理由に反対などしなかっただろうと思った。

 大伯母の話によると、二人はキルクルス教の教会で結婚式を挙げたらしい。


 「あの、いいですか?」

 「どうぞ」

 小さく手を挙げると、ギームン神官が微笑で促した。

 アミエーラは身体ごと聖歌隊に向き直って言う。

 「結婚だけじゃなくて、友達も普通に……信仰が違っても、仲のいい人たちって居ましたよ」

 無言で向けられた視線は、案の定、冷たく鋭かった。

 「例えば、私の祖母と大伯母には、キルクルス教徒の親友が居ました」

 聖歌隊の視線には、疑念や困惑など様々な感情が混じり、言葉以上に鋭くアミエーラの胸を刺した。


 「その人は、星道の職人って言う、信仰が(あつ)い人じゃないとなれない特別な職人ですけど、大伯母たちから届いた手紙や、一緒に写った写真をずっと大事に持ってました。私はそれを手掛かりにして、大伯母と会えたんです」

 会議室の空気が驚きに揺れる。


 「リストヴァー自治区のラクエウス議員は若い頃、ラキュス・ラクリマリス交響楽団で竪琴を担当してらして、それで『(まこと)の教えを』の作曲に参加したんです」

 「彼の竪琴は、今でもユアキャストで聞けるわよ」

 フィアールカが端末をつついて言うが、聖歌隊は一人も反応しない。

 運び屋はどこ吹く風だが、アミエーラの方が気マズくなった。

 「えっと、その当時の交響楽団には、色んな信仰の人が居たそうです。でも、呪歌をアレンジした曲とか、祝日には信仰に関係ある曲とかも、みんなちゃんと演奏したそうです」

 「ホントに?」

 「具体的にどんな曲を?」

 「誰も気にしなかったのか?」

 「音楽に信仰は関係ないって?」

 会議室のあちこちから疑問が飛ぶ。


 アミエーラは目を逸らさず、一人一人を見て答えた。

 「本当です。具体的な曲は……天気予報の『この大空をみつめて』と『すべて ひとしい ひとつの花』です」

 「えッ? どう言うコト?」

 アルトの婦人が頬肉をたぷつかせて聞く。

 「天気予報は、えーっと……何学派か忘れましたけど、雨を降らせる呪歌のアレンジです」

 「それは知ってます。【飛翔する(ツバメ)】学派の【やさしき降雨】でしょ」

 ソプラノの一人が言うと、残りは同時に頷いた。


 「ご存知でしたか。レコードがあるんですけど、演奏はラキュス・ラクリマリス交響楽団でした」

 「そのレコードって、今ここにあるの?」

 「ネモラリス島で、移動放送局プラエテルミッサの人たちが持っています。大伯母が歌を担当したので、機会がありましたら、本人に確認なさって下さい」


 あちこちから、小さな溜め息が漏れる。


 アミエーラは背筋を伸ばした。

 「大伯母も、キルクルス教徒と結婚しました」

 声にならない驚きが会議室に満ち、空気が凍る。

 アミエーラは、膝の上で両拳を握って続けた。

 「今、歌詞を募集している『すべて ひとしい ひとつの花』の曲は、ウーガリ山脈のアサエート村の里謡です」

 そこまでは聖歌隊も知らされており、小さく頷いて先を促す。


 「ラキュス・ラクリマリス共和制移行百周年記念の曲として、半世紀の内乱の少し前に別の歌詞を作ると決まって、大伯母は民族融和の象徴として、歌い手に選ばれたんです」


 「異教徒と……結婚……」

 「あのニプトラさんが?」

 溜め息混じりの囁きが会議室に広がる。


 「大伯母の夫は、キルクルス教徒だから力なき民の常命人種で……でも、当時はそう言う違いに関係なく結婚できて、それを隠さなくてよかったんです」


 「すべて ひとしい 水の同胞(はらから)。私たちのフラクシヌス教には、人種や信仰、魔力の有無の違いを理由に、誰かと仲良くなることを禁じる戒律などありません」

 ギームン神官が言うと、先程の青年が反論した。

 「でも、キルクルス教徒は、俺たち魔法使いを悪者扱いするじゃないですか」

 「それが異端の考えだと(うた)うのが、この曲です」

 赤毛の神官が机上の楽譜を(たなごころ)で示した。


 「いつ、どこでキルクルス教の教えが歪んだか、私の(あずか)り知らぬことですが、その不寛容の(ゆが)みこそが、半世紀の内乱の原因に思えてなりません」

 「これを歌えば平和になるって?」

 「そんな無茶な」

 「どうやってアーテルに届けるんです?」

 「いや、届いちゃダメなんじゃない?」

 「異教徒がキルクルス教の歌を歌ったって、我が国まで攻撃されたらどうするんですか!」


 「それでも、歌い続けるのよ」


 不可能との断言や、危険を訴える叫びが、運び屋フィアールカのよく通る声で鎮まった。

 「ユアキャストにはもう上げてあるけど、ネットで音楽聞かない人は、まだまだ多いのよ」

 「だから、それは危ないって思うんですけど」

 「そうでもないわよ。この間一回だけAMシェリアクの深夜放送で流したの。首都圏を含むアーテル北部にも届いたけど、概ね好評だったわ。試しにランテルナ島でCDを販売したら、びっくりするくらい売れてるの」

 聖歌隊たちの目が見開かれる。

 「だから、なるべく多くの人に届くように歌い続けるのよ。巡礼者に届けば湖東地方にも広がるわ。あっちのキルクルス教徒にもその内、届くでしょう」

 「湖東地方経由で、いつかアーテル全体にも届くって?」

 「そんな暢気(のんき)な」


 「そんなコト言ってたら、また五十年も戦争が続いて、ラクリマリスはもっと巻き込まれるかもしれないのに?」

 昨年、アーテル陸軍の戦車部隊が北ヴィエートフィ大橋を渡ってネーニア島南部に侵入、腥風樹(せいふうじゅ)の種子を植え付けられた。ラクリマリス王国も既に充分、巻き込まれている。


 フィアールカが言うと、テノールの青年が楽譜を手に立ち上がった。

☆双方の聖職者は、異教徒との婚姻を禁止しません/二人はキルクルス教の教会で結婚式……「859.自治区民の話」参照

☆一緒に写った写真をずっと大事に持ってました……「0091.魔除けの護符」参照

☆私はそれを手掛かりにして、大伯母と会えた……「548.薄く遠い血縁」「549.定まらない心」参照

☆ラクエウス議員は若い頃、ラキュス・ラクリマリス交響楽団で竪琴を担当……「220.追憶の琴の音」参照

☆『(まこと)の教えを』の作曲に参加した……「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」参照

☆祝日には信仰に関係ある曲……「295.潜伏する議員」参照

☆天気予報の『この大空をみつめて』……「170.天気予報の歌」参照

☆【飛翔する燕】学派の【やさしき降雨】……「178.やさしき降雨」「253.中庭の独奏会」「268.歌を探す鷦鷯(ミソサザイ)」参照

☆大伯母は民族融和の象徴として、歌い手に選ばれた……「220.追憶の琴の音」参照

☆すべて ひとしい 水の同胞……「541.女神への祈り」参照

☆一回だけAMシェリアクの深夜放送で流した……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照

☆ランテルナ島でCDを販売……「1065.海賊版のCD」「1067.揉め事のタネ」「1088.短絡的皮算用」「1105.窓を開ける鍵」「1125.制作費の支払」参照


☆昨年、アーテル陸軍の戦車部隊が北ヴィエートフィ大橋を渡ってネーニア島南部に侵入、腥風樹(せいふうじゅ)の種子を植え付けられた

 戦車部隊の侵攻……「449.アーテル陸軍」「455.正規軍の動き」~「457.問題点と影響」

 種蒔き作戦実行……「487.森の作戦会議」「488.敵軍との交戦」「498.災厄の種蒔き」

 ラクリマリスの一般人への影響……「490.避難の呼掛け」「544.懐かしい友人」「862.今冬の出来事」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ