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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十章 蒼生

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1141.帰らない日々

 少し離れた所の仮設舞台で、主催の市民団体代表が開催の挨拶を述べる。


 型通りの言葉が終わると同時にトランペットの音色が響いた。

 高校生のブラスバンドだ。軽快な曲がフリーマーケットの会場を盛り上げる。

 「これ系の曲、久し振りに聞いたわ」

 エプロン姿の難民女性が足で軽く拍子を取る。


 休憩兼買出しの者たちが、交換用の手芸品を抱えて他所のブースへ散ってゆく。


 レノが前回見たのとは別の組だが、初参加の反省を踏まえて(のぞ)む今回は、少し挑戦の意欲が高そうに見えた。

 初回の組は、失敗を恐れて萎縮したが、この組にはそれがない。



 前回、葬儀屋アゴーニが、真実を探す旅人ファーキルにこっそり聞いてくれた。

 「何でド素人ばっかなんだ?」

 「……それは」

 ファーキルは躊躇う素振りを見せたが、難民のブースから少し離れて説明した。


 レノたち椿屋一家同様、すべてを喪った商店主は難民キャンプにも大勢居る。


 フリーマーケットに出られない理由は、人の数だけあると言っていい。

 本人の怪我や病気。家族に乳幼児や介護が必要な老人、傷病者などが居て何日も留守にできない。老いて体力が心配。精神的な打撃が大きく、何もする気になれない者や、環境の変化に耐え(がた)い苦痛を感じる者……単独の理由は少なく、幾つもの事情が絡み合う。

 一口に個人商店主と言っても様々だ。

 飲食店、時計の修理屋、仕立屋、靴磨きなど、役務(サービス)を提供する系統の店主にとって、物販は全く勝手が違う。薬屋は難民キャンプ内で使う薬作りで忙殺され、それどころではなかった。


 「物販でも、魔法の鍋専門店とか家具屋さんとか、ジャンルが全然違ったら交換相場わかんないし、ウチみたいに作って売る店で製造と販売が別の人で、素人に聞かれても、作る人しか居なくて応えられなかったら気マズいもんな」

 パン屋のレノが納得すると、葬儀屋アゴーニも同意した。

 「俺も一応、店長の端くれだが、卸しの花屋から花環を買付けるだけだからな。言われてみりゃ、菓子やら小間物の売り方はわかんねぇな」

 「ですよね」

 「やっぱ、客として店行くのと、店するんじゃ勝手が違わぁな」

 「それに、それだけじゃないんです」

 「まだ何かあんのか?」

 説明するファーキルの顔は暗い。


 「売れないのがわかってるから行きたくないとか、今は平和な街を見るのが辛いとか、自分の店以外で商売したくないとかって人も結構居て……あ、でも、その人たちも売り物や値札作るの手伝ってくれたり、行く人の家族の面倒見てくれたりとか、難民キャンプの中では凄く協力してくれるんです」

 「なんだそりゃ?」

 葬儀屋アゴーニが呆れた顔で聞く。

 レノはファーキルに頷いてみせ、話を引き取った。

 「その人たちの気持ち、俺はよくわかります」

 「えっ? 兄ちゃんも催しモンで売ンのはヤだってのか?」


 意外そうなアゴーニに苦い笑みを返す。

 「俺たち、トラックで移動販売しましたけど、売り物、ここと似たようなモンでした。相手にしてくれる人があんまり居なかったり、チラ見するだけで買ってもらえないのって、自分の店で売れないよりずっと心に来るんですよ」

 「そう言うモンなのか」

 「えぇ。買ってもらえても、それが同情だったら、何て言うか……嬉しいけど、悲しいし惨めだし悔しいし……お客さんに感謝の気持ちはありますよ。けど、何か上手く言葉にできないんですけど、泣けて来るって言うか」

 「魔法薬は人気あり過ぎて命の危険感じましたし、色々ですよ」


 ファーキルが言うと、葬儀屋アゴーニは校庭を見回した。

 「平和な街に居ンのが辛ぇってのは、何となくわからんでもない。帰りたくても地元にゃ帰れねぇ。ここの普通の日常を見ちまったら、森へ戻った時、余計落ち込みそうだもんな」

 「事情は色々だし、本人が行きたいって手を挙げない限り、無理強いはできませんから」



 理由を知ったレノは、素人に楽しんで帰ってもらおうと気持ちを切り替えて、今回のフリーマーケットに臨んだ。


 地元との付き合いが濃密な商店街の店主たちは、自分の店や家族だけでなく、気心の知れた馴染みの客も失った。商売のノウハウはあっても、故郷から遠く離れた異国の地で商売する気が起きないのは、痛い程よくわかる。


 ……夏の都やパテンス市には、常連さん、居ないもんな。


 王都ラクリマリスの西神殿で、レノが常連の男子高校生と再会できたのは、奇跡だ。彼はロークの友人でもある。正に湖の女神パニセア・ユニ・フローラによる水の(えにし)のお導きとしか言いようがない。


 スカラー高校の男子生徒の顔を見た瞬間、レノの中で喜びが爆発した。

 自分でも信じられないくらい激しい思いに()き動かされ、勢いに任せて店の再建を約束した。

 たった一人、名も知らぬ常連客と再会できただけで、あんなに嬉しくなるとは思わなかった。


 ……だから逆に、常連さんが絶対来ない外国の平和な街で商売すんのって、心(えぐ)られると思うんだよな。


 異国人の群に常連客の面影を捜しながら、売れる見込みの薄い品を(ひさ)ぐ辛さは身に染みていた。

 ザカートトンネルを抜けた後、ネーニア島南部のラクリマリス領を通過中、ずっとそんな日々の連続だった。

 レノは妹たちを思って口には出さなかったが、次の街へ移る度、先に逃れた地元の誰かと再会できるのではないか、母の安否を教えてくれるのではないかと淡い期待を抱き続けた。



 レノは、難民たちの出店を振り返った。

 香草茶をその場で飲めるコーナーに行列ができ、工事現場の誘導員だった青年が列の整理にあたる。どうやら読みが当たったらしい。

 活気に惹かれ、客が更に集まって来た。

☆レノが前回見た……「1114.バザーの出店」参照

☆真実を探す旅人ファーキル……ハンドルネーム「188.真実を伝える」参照

☆トラックで移動販売しましたけど、売り物、ここと似たようなモン……「217.モールニヤ市」「218.移動販売の歌」「222.通過するだけ」、「223.ドーシチ市へ」「226.出店の出店料」、「286.プラヴィーク」~「288.どの道を選ぶ」参照

☆魔法薬は人気あり過ぎて命の危険感じました……「235.薬師は居ない」「236.迫りくる群衆」参照

☆レノが常連の男子高校生と再会できた/彼はロークの友人……「544.懐かしい友人」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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