1140.自活力の回復
アミトスチグマ王国の夏の都は、もう何日も晴天続きだが、湿度が低くからりとした暑さだ。木陰などに入れば【耐暑】がなくても過ごしやすかった。
レノは、準備を終えたフリーマーケットの出店を客の視点から眺めた。
イベント用簡易テントの下に折り畳み式の長机を置き、クッキーと香草茶、ドライフルーツと布袋などの手芸品、呪符と【保温の鍋敷き】が整然と並ぶ。
売り物の横には、段ボールとコピー用紙で工作した値札を立て、交換レートを明示した。勿論、フリーマーケットだから交渉で値引きも可能だ。
<森で採れた茶葉とドライフルーツをブレンドした自然の味です。
木苺、苔桃の二種類。すぐ飲めます>
その隣には、ティーポットと紙コップ、一杯幾らの値札がある。
この宣伝文句でどのくらい客引きできるか不明だが、何もないよりは興味を引かれる人は多いだろう。
簡易テントの支柱には、パテンス市でのフリーマーケットと慈善コンサート、夏の都での今後の出店予定表を貼った。ファーキルは、同時開催のパテンス市の方を手伝う。
<魔力を充填します。腕章をつけた者に声を掛けて下さい>
もう一方の支柱にも貼り紙をして、魔力を持つ難民には、紙で作った腕章を巻いてもらった。
売り子の難民は全員、難民キャンプで手作りしたエプロンを着け、緊張した顔でレノや他の出店ブースを窺う。
難民の大部分が初めてフリーマーケットに出店するが、色柄や形は違っても、簡易テントの下でエプロンを着けると「店員」らしく見えた。
公立高校の校庭には、生徒や保護者の有志、地元商店、近隣住民らのブースが並び、仲間内でお喋りしながら出店の準備をする者たちの顔は、今日の天気と同じに明るい。
素人のブースは、家の不用品や趣味の手作り品、プロのブースは主に飲食店で、手軽につまめる軽食や飲み物が多かった。中には【予言する星鴉】学派の徽章を提げたプロの占いブースもある。
……あれいいよな。元手掛かんなくて。
だが、交代で店番に立つ五十人の難民には、【予言する星鴉】学派の術者は居ない。術を修める時間や勉強には元手が掛かり、難民キャンプで気軽に学べるものではなかった。
「こんなモンかな。全体的にゆるいカンジなんで、気楽にいきましょう」
レノの一言で、難民たちの肩から少し力が抜けた。
今日の催しには簡易ステージがあり、高校生のバンドや地元の喉自慢、腕自慢のミニライブもある。難民も合唱で出る予定だ。
五十人は、店番、休憩、出演、参拝の四交代で一日過ごす。
平和を目指す有志の主な目的は、難民たちを神殿に参拝させ、湖水の減少を少しでも食い止めることだ。
五十人の大半が力なき民だが、数人でも魔法使いが居れば、場所を憶えて次回からは自力で【跳躍】できるようになる。彼らが家族や友人知人と連れ立って再訪すれば、更に自力で参拝できる者が増える。
……ずっと森に居たんじゃ、気詰まりだもんな。
湖の女神パニセア・ユニ・フローラの信者たちは、ラキュス湖を見るだけでも安心するだろう。
「じゃ、そろそろ始まるし、もう一回、注意事項言っときますね」
レノはエプロンなしの難民たちに向き直った。
「預かった手作りの品物は、使っても減らなくて、みんなで使える物と交換して下さい。本や玩具、食器、傘、工具……何でもいいんですけど、交渉は無理しないで、これだけたくさんブースありますから、断られたら次に行きましょ」
レノは意識して気楽な声を出したが、休憩を兼ねた買出し担当者たちの表情は硬い。
「このブースで売っても、他所のブースの売り物と交換してもらっても、頑張って作った物が他の物に代わるのに違いないんで、久し振りのお買物、楽しんで帰って下さい」
「でも、利益出さなくていいんですか?」
真面目そうな青年が言うと、他の者たちが目に同意を籠めてレノを見た。
「これ系のイベントって後半は投げ売り状態になるんです。大抵の人は持って帰る荷物減らすの頑張るんですよ。特に不用品持って来た一般人のブース」
「そう言うもんなんですか?」
「私、フリマは何回か出店しましたけど、売れ残りを寄付するタイプしか行ったコトないんで……」
「折角作った物が、誰からも相手にされなくてそのまま持って帰るより、安くても誰かの手に渡って、みんなで使える何かに換わった方が、作った人も嬉しいと思うんですよね」
何人かが成程と頷く。
初回のイベント参加では、布袋などの手芸品は大部分が売れ残った。
呪符は、比較的安価な素材で作れる【灯】【炉】【魔除け】【簡易結界】でも全部売れたので、買物用の交換品には出さない。
「安くてもいいんですか?」
「大丈夫です。俺、パン屋なんですけど、閉店一時間前は袋に五個ずつ詰めて大安売りしてました」
「あぁ、私もよく閉店ギリギリでそう言うの買ってたけど、儲からなくてもいいのかい?」
おばさんが、懐かしさに申し訳なさを混ぜて聞く。
「そりゃ、儲かるならその方がいいですけど、売れ残りを家族で全部食べるのは無理がありますし、次の日に売るのは食中毒とかが心配です。捨てるくらいなら、安くても買ってもらえた方が嬉しいんで」
「そうだねぇ。勿体ないもんねぇ」
おばさんが納得する。
今回のクッキーは、レノが一昨日、小麦の大袋三袋と難民キャンプ製の【軽量】の袋と【保温の鍋敷き】各一枚と【魔除け】の呪符五枚を交換して作ったものだ。
これだけあれば、八月中の全出店日程で売るのに充分だ。余っても食べられる。
レノたちは、移動放送局プラエテルミッサの荷台を圧迫する大量の食糧が減って居場所に余裕ができ、便利な品も手に入った。
ティーポットと紙コップも、パルンビナ株式会社が、手芸品や森で採れた木の実や薬草と交換してくれた。
彼らは、生活が落ち着くにつれて自活する力を少しずつ取り戻し、「一方的な援助に縋るしかない可哀想な難民」から脱却しつつあった。
☆【保温の鍋敷き】……「588.掌で踊る手駒」参照
☆【予言する星鴉】……「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説07.学派」参照
☆難民たちを神殿に参拝させ、湖水の減少を少しでも食い止める……「1091.夏休みの計画」参照
※ ラキュス湖の水位
仕組み……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」「821.ラキュスの水」参照
中心部の様子……「684.ラキュスの核」参照
低下の話……「534.女神のご加護」「536.無防備な背中」「585.峠道の訪問者」参照
☆売れ残りを寄付するタイプ……全部寄付「241.未明の議場で」、半分寄付「244.慈善のバザー」、売上を寄付「575.二カ国の新聞」参照
☆初回のイベント参加……「1114.バザーの出店」~「1116.買い手の視点」参照
☆【軽量】の袋……「1114.バザーの出店」参照




