1138.国外の視点で
クルィーロは、ローク、クラウストラと共にアーテルの大統領選挙立候補者の街頭演説に紛れこんだ。
イグニカーンス市中心部の広場には、思ったより大勢の市民が詰め掛け、立候補者が熱っぽく語る話に聞き入る。
「ネモラリス軍は、世界の目を欺いて魔法生物を兵器転用する研究を進めておりました。正に“悪しき業”としか言いようがありません」
聴衆が感じ入った顔で頷く。
ワゴン車の上に設えた演台からハンドマイクで有権者に呼び掛ける姿は、ネモラリス共和国での選挙運動と大差なかった。
「ネモラリス政府は、あろうことか国連の査察をも欺きました。悪しき業を用いただけでなく、虚偽によって隠蔽したのです。悪事を為す自覚があったからこそ、嘘を吐いたのです。それも、ダミーを用意するなど、計画的で悪質な手段を用いました」
演台で声を張り上げる壮年男性は、かなりよく調べており、クルィーロは溜め息を吐くしかなかった。
……ホントのことなんだよなぁ。
だが、国民が一丸となって為したのではない。
ネモラリス軍と一部の国会議員が、大多数の国民に無断で密かに進めた計画だ。
クルィーロたち移動放送局プラエテルミッサの一行も、開戦まで存在すら知らなかった。国営放送アナウンサーのジョールチでさえ知らされなかったのだ。
「ネモラリスは、何の為に魔哮砲の存在を隠し、密かに開発を続けたのでしょうか」
候補者が聴衆を見回し、考える時間を与える。
「それは、ラキュス地方の覇権を握る為に他なりません。我が国とラクリマリス王国を併合し、再びかつての共和国領を取り戻し、フラクシヌス教の聖地を掌握した威光を背に、キルクルス教国家を侵略しようと目論んでいるのです」
「はぁ?」
思わず漏らした声に周囲の視線が集まる。
「えっ、いや、だって、幾らなんでもそんなバカな」
「そうよね。荒唐無稽って言うか、アタマおかしい」
クルィーロが祖国を庇おうとする声にクラウストラが被せると、近くの中年男性が憎々しげに吐き捨てた。
「これだから、邪悪な魔法使い共は!」
クルィーロの言葉が逆方向に伝わり、周囲の目が候補者に戻る。口を閉ざすしかなく、クルィーロは悔しさに唇を引き結んだ。
「兵器化された魔法生物は、三界の魔物の再来になり兼ねず、そのような悪しき業を用いるネモラリスは、全人類の敵と呼んでも過言ではないのです」
拳を振り上げて力説する声に聴衆が深く頷く。
「聖なる星の道を歩む我々は、何としても邪悪な魔法使いの侵略を防ぎ、このラキュス地方の平和を守らねばなりません。世界に平和を!」
候補者が拳を振り上げると、聴衆も彼に倣った。
……うん、まぁ、侵略云々はともかく、他は大体合ってンだよなぁ。
クルィーロも納得せざるを得ず、それが一層、腹立たしい。
一部の行動を根拠に国民全員を邪悪と決めつける短絡思考はどうかと思うが、迂闊なことは言えなかった。
候補者が党名と自分の名をアピールし、バルバツム連邦との関係を強調した。自分ならポデレス大統領以上に軍事、経済両面の援助を引き出せると叫ぶ。
……自分とこで何とかするんじゃなくて、外国頼み?
それでいいのかと内心、首を傾げたが、表情に出さぬよう気を引き締めた。
「ご清聴、ありがとうございました。みなさまの清き一票を是非とも星道の碑党のザーイエッツにお願いします」
「次、行きましょ」
クラウストラが端末をつついて地図と予定表を表示した。
少し離れた商業ビル前のイベント広場だ。
「ここ、カクタケアの新聖地」
「へぇー。若い有権者にアピールできそうなとこなんだ?」
「そうですね。俺たちも何回か来ました。ただ、カクタケアのファンって中高生が多いんで、効果はどうでしょうね」
ロークは苦笑した。
二人の言う通り、商業ビル周辺は若者の姿が多かった。
普段からこうなのか、夏休みだからか不明だが、この活気が羨ましい。
「全候補者中、最年少、二十六歳! 半世紀の内乱後生まれです。新しい時代を切り拓く若い力! 今こそラキュス地方で聖なる星の道を歩む全て人々と手を携える時です」
事前に調べたアーテルの選挙制度は、二十歳で投票、二十五歳で立候補の権利を与えられる。ネモラリスと同じなのは、旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代を踏襲したからだろう。
この候補は、アルトン・ガザの大国に頼るべきではなく、湖東地方のキルクルス教徒との連携によってラキュス地方全体を安定させ、自分たちの手で平和と繁栄を手に入れるべきだと説いた。
「アルトン・ガザ大陸北部にある複数の大国は、かつての植民地支配について反省を口にしながら、旧植民地国への謝罪や補償を何ひとつ行っておりません。植民地時代、現地に元々あった国家や民族、信仰を無視して引かれた国境線のせいで未だに紛争が絶えず、政情不安定な国が多いのです。一応、平穏な国でも、自由貿易の名を借りた企業活動によって経済的に支配し、現地の人々を植民地時代同様、搾取し続けています」
バルバツム連邦などの悪行についてよく調べたらしく、彼の国に頼る危険性を懸命に訴えるが、若者たちは少し足を止めるだけで、じっくり耳を傾けるのは、ほんの数人だ。
三人も、少し離れたカフェのテラス席でサンドイッチをつまみながら聞く。
「バルバツムの目的は、経済的な搾取です。甘い言葉に騙されて、我が国を新たな植民地にしてはいけません。平和と真の自立の為に清き一票を! 新しい時代を切り拓く最年少候補ミェーフにお願いします!」
だが、彼もまた、湖東地方の国々と連携して邪悪なネモラリスを打倒しようと訴え、クルィーロはがっかりした。
☆ネモラリス軍は、世界の目を欺いて魔法生物を兵器転用する研究/ネモラリス軍と一部の国会議員が、大多数の国民に無断で密かに進めた計画……「239.間接的な報道」、実態「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」「274.失われた兵器」「497.協力の呼掛け」「580.王国側の報道」「581.清めの闇の姿」「774.詩人が加わる」「869.復讐派のテロ」参照
☆嘘を吐いた/ネモラリス政府は、あろうことか国連の査察をも欺きました/ダミーを用意……「239.間接的な報道」「249.動かない国連」、査察「269.失われた拠点」「278.支援者の家へ」参照
☆聖なる星の道を歩む我々は、何としても邪悪な魔法使いの侵略を防ぎ……単なる印象操作「434.矛盾と閉塞感」「435.排除すべき敵」参照
※ アーテルの世論調査……「803.行方不明事件」参照
☆星道の碑党……「868.廃屋で留守番」参照
☆カクタケアの新聖地……「0999.目標地点捕捉」参照
☆かつての植民地支配……「370.時代の空気が」「434.矛盾と閉塞感」参照
☆植民地時代、現地に元々あった国家や民族、信仰を無視して引かれた国境線のせいで未だに紛争が絶えず、政情不安定な国が多い……「370.時代の空気が」参照




