1137.アーテル文化
文庫本には通し番号が振ってあるが、続きモノのようでいて、そうでもないと言う。
少年兵モーフには、何の為の番号なのかわからなかったが、それがアーテルの文化なのだろうと納得し、誰にも質問しなかった。
「一冊ずつ完結で最初に登場人物一覧があるし、どこからでも読めそうね」
ピナの提案に反対する者はなく、本人は四巻から、ピナの妹エランティスは三巻、アマナは二巻、モーフは一巻から読むと決まった。
大人たちはあんなコトを言ったが、この本を読んでアーテル共和国の文化を知って、同世代のアーテル人と共通の話題ができても、あちらに行かなければ、彼らと話す機会などない。
少年兵モーフには、小説「冒険者カクタケア」を全部読んだところで、平和に近付けるとは思えなかった。
……でも、ピナとは話せるよな。
大人たちは、みんな忙しくて読む暇がない。
ラジオのおっちゃんジョールチが、アーテルの選挙結果が届いたら、この村で二回目の放送をすると言ったが、いつになるかわからなかった。
モーフは昼過ぎになってやっと、派手な色使いの表紙を捲った。
魔法使いの工員クルィーロは、既に【跳躍】でランテルナ島に渡った。
地下街チェルノクニージニクで、ロークと一緒に会ったことのない仲間と合流して、その魔女の【跳躍】で本土へ渡るらしい。選挙が終わるまで、地下街の宿に泊まって、移動放送局プラエテルミッサのトラックには戻らない。
……情報収集しに行くんだから、アマナの兄貴が読んだ方がいいんじゃねぇか?
アマナを窺うと、木箱に腰掛けて目が凄い速さで文字を追う。手許を見ると、もう三分の一も読み進んでいた。
ピナを見ると、こちらは半分近く読み終え、モーフの視線に気付かないくらい夢中だ。
モーフは、頭から余計な考えを追い出して読み始めた。
主人公のカクタケアは、イグニカーンス市出身の軍人だ。
小さい頃、聖職者になろうと思ったくらい信心深かったが、腕っ節が強いから軍人になったらしい。
少年兵モーフは、魔獣に追われて北ヴィエートフィ大橋を渡った直後に鉢合わせしたアーテル兵を思い出した。
ソルニャーク隊長に言い包められた兵士たちは、信心深くてお人好しだった。
……でも、正直にフラクシヌス教徒も居るっつってたら、殺られただろうな。
アクイロー基地のアーテル兵は攻撃対象だった。
少年兵モーフの手で何人始末できたか不明だが、ネモラリス人有志ゲリラの魔法と銃火器、呪符で召喚した魔獣の力が、ほぼ壊滅状態にまで追い込んだ。
モーフより後で拠点に戻ったロークは、タクティカルベストの手榴弾ポケットの膨らみが殆どなかった。
……ローク兄ちゃん、何人殺ったんだろうな。
ぼんやり考えながらページを捲る。
長ったらしい上に難しい単語にぶつかり、ページから目を上げた。
トラックの荷台は【耐暑符】のお陰で涼しいが、外はよく晴れて、いかにも暑そうだ。小中一貫校のグラウンドは、日に焼けた土が白っぽく見えた。
「わからないとこある?」
ピナに声を掛けられ、危うく本を落としそうになった。
「えっ、あっ、あぁ、こ、これ……」
「これ? “対魔獣特殊作戦群”ね」
「アーテルの中学生ってこんな難しい字ィ読めるんだな」
「そうね。ラジオのニュースや新聞で聞いたり読んだりするのかもね。この部隊が出動して魔獣をやっつけました、とか」
「教科書で習うんじゃなくて?」
モーフが驚くと、ピナは当たり前のように頷いた。
「学校で教えてもらえることなんて、ほんのちょっとよ。基礎を習って、後は自分で色んなとこから勉強するの」
「へ、へぇ~……」
どこからどう学べばいいか、わからないことをソルニャーク隊長たちに質問する以外、思いつけなかった。
「わかんないとこがあったら、遠慮しないで聞いてね」
「お、おうっ、ありがと」
モーフの胸の奥にあたたかな灯が点った。
ピナは早くも読み終え、四巻を片付けて五巻を手に取った。
モーフはまだ一冊目の十ページ目だ。急いで本に目を戻す。
カクタケアは、対魔獣特殊作戦群の一員として、普通の武器で魔獣と戦った。トドメ用の弾は銀製だが、それ以外は通常弾、近接戦闘では、聖アストルム教会で聖められた特別な剣を揮う。
……アーテル軍でも剣とか使うのか。
てっきり、近代兵器ばかりだと思っていた。これは書いた奴の作り話だから、眉唾モノだと思い直して読み進める。
現実のアーテルはキルクルス教国で、友好国のバルバツムなどに復興支援され、この三十年で科学を飛躍的に進歩させた。無人機の大編隊を飛ばすに到ったと言うのに、力なき民が剣で魔獣相手に戦うとは思えない。
……まぁ、魔獣が出たからって、街には爆撃しねぇんだろうけど。
数ページ読み進めると、唐突に挿絵が現れた。
「これ……!」
思わず漏らした声にピナと妹、アマナがモーフの手許を覗く。挿絵を指差すと、女の子三人も息を呑んで固まった。
「ん? どうした? 四人掛かりでも読めねぇ字があんのか?」
「見せてご覧」
メドヴェージとパドールリクも寄ってきた。
絵の中で、主人公のカクタケアが化け物相手に剣を揮う。本文によると、聖アストルム教会で聖められた「光ノ剣」と言う特別な剣らしい。
刃には、見覚えのある印が刻んである。
「これ、ヘンな恰好の店長がくれたのと同じ奴だ」
モーフが呟くと、みんなの眼が荷台の鉤に掛けた魔法の剣に集まった。
☆大人たちはあんなコトを言った……「1132.事実より強く」「1133.人・物・カネ」参照
☆魔獣に追われて北ヴィエートフィ大橋を渡った……「299.道を塞ぐ魔獣」~「303.ネットの圏外」「307.聖なる星の旗」「308.祈りの言葉を」参照
☆直後に鉢合わせしたアーテル兵……「312.アーテルの門」~「314.ランテルナ島」参照
☆アクイロー基地のアーテル兵……「460.魔獣と陽動隊」「462.兵舎の片付け」「463.警備員の問い」参照
☆魔法と銃火器、呪符で召喚した魔獣の力でほぼ壊滅状態にまで追い込んだ……「465.管制室の戦い」参照
☆モーフより後で拠点に戻ったローク……「466.ゲリラの帰還」参照
☆無人機の大編隊を飛ばす……「307.聖なる星の旗」参照
☆参照ヘンな恰好の店長……「414.修行の厳しさ」
☆店長がくれたのと同じ奴……「443.正答なき問い」参照




