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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十章 蒼生

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1166/3508

1136.民主主義国家

 神学生ファーキル・ラティ・フォリウスが、すっかりぬるくなった珈琲を一口飲んで囁いた。

 「本当の民主主義国家は、戦争しないそうです」

 「えっ?」


 彼の囁きは、落ち着いた調度の個室で思いの(ほか)よく響いた。

 漆喰の壁は厚く、商談用に設けられた部屋の声は漏れない。


 神学生は、溶けた氷で薄まった珈琲をもう一口飲んで、五人が声を揃えた疑問に答えた。

 「僕も、外伝を読んで色々気になって調べたんです。それで、バルバツムの学者さんのサイトに辿り着いて、そこに書いてありました」

 「本当の民主主義国家は戦争しない? そんなコトないだろ」

 「半世紀の内乱前の世界大戦って、王国より共和国の方が多かったのに」

 光ノ剣と影ノ盾がすかさず指摘したが、神学生ファーキルは怯まず、落ち着いた声で応じた。

 「民主主義の基本は、多数決ではなく話し合いなんだそうです」

 「話し合いメインって……?」

 カクタケアファンの少年たちが顔を見合わせる。

 「だから、問題解決の手段に武力……暴力を使う間は、本当の民主主義国家ではないとの説を主張していました」

 「現実見えてない系トンデモ説じゃねぇの?」

 「バルバツム連邦で主流の学説なのか、一般の人もよく知っていて、実践者が多い理論なのかまでは、ちょっと調べられなかったんですが」

 神学生は更に声を小さくした。


 ……一般的じゃないから、バルバツム連邦はあんな強力な軍隊を持ってて、アーテルに無人機を輸出したんじゃないか?


 「その学者さん目線だと、去年、話し合いとか一切ナシでいきなりネモラリスに宣戦布告して速攻で爆撃したアーテルは、話し合いひとつまともにできない野蛮人の国ってコトになるけど?」

 クルィーロの感情を押し殺した声は平板で、引き攣った顔は半笑いに見えた。


 「そう言われてみればそうね。ランテルナ自治区の人に選挙権ないってコトは、民主主義に参加させないってコトで、居ないコ扱いしてるってコトよね」

 「カクタケアみたいに死人扱いされて」

 「書類上ゾンビ。いじめかよ」

 クラウストラがクルィーロに同意すると、光ノ剣と影ノ盾が同調した。


 神学生ファーキルがタブレット端末を卓上に置いて言う。

 「戦争が始まってから、ネモラリスのリストヴァー自治区の情報が出回るようになりましたよね」

 「あぁ、新聞とかニュースサイトに載ってた奴?」

 クルィーロが頷くと、神学生は僅かに表情を引き締めた。

 「そうです。リストヴァー自治区出身の国会議員が居ると言う記事がありましたが、みなさんも読まれましたか?」

 クラウストラ、ローク、クルィーロが無言で頷くと、神学生ファーキルは微かに頬を緩めた。

 「つまり、自治区の信徒には、選挙権と被選挙権があると言うコトです」


 光ノ剣と影ノ盾は、肯定しつつダメ出しした。

 「国会議員ったって、一人だけじゃん」

 「しかも、戦争始まってから迫害されて、アミトスチグマに亡命したって書いてあったぞ」

 「えっ? それ、どこ情報?」

 クラウストラが驚いてみせると、影ノ盾は得意げに語った。

 「湖南経済新聞の独占インタビューみつけたんだ。アカウント教えてくれたらURL送るけど?」

 「それって動画?」

 「テキストと写真だけの特集記事だったよ」

 「じゃあ、今回は遠慮しとくね」


 アーテル版では、どんな編集がされたか知れたものではない。


 影ノ盾が肩を落とすと、神学生を挟んだ反対隣で、光ノ剣が小さくガッツポーズした。

 ダダ漏れの下心はさて置き、カクタケアファンのこの少年たちは、ロークが思った以上によく調べて、彼らなりの考えがあるとわかった。

 全員がそうではないのだろうが、今夜にでもファンフォーラムで語ってくれるのではないかと淡い期待を抱く。


 ロークは、インターネットでの書き込みを禁じられたのがもどかしかった。

 だが、どこから足がつくかわからず、武力を用いずに平和を目指す者たちの活動にどれだけ悪影響を及ぼすか予想できない以上、運び屋フィアールカに従うしかない。


 クルィーロも同じ思いを抱えるらしく、三人の少年に情報を与えて煽る。

 「ネモラリス軍の魔哮砲は魔法生物だって、ラクリマリス軍が発表した時、関連リンクにラクリマリスの国会議員がどうのって記事があって、アレって思ったんだけど、誰か見なかった?」


 神学生ファーキルが頷くと、光ノ剣と影ノ盾は少し悔しそうに目を逸らし、端末をいじり始めた。


 「当時の国際法や条約に於いては、違法ではなかったと言う談話でしたよね」

 「俺は、魔法文明の王国なのに国会議員が居るって何だよってびっくりしたんだけど」

 「居るの?」

 「居るから記事にあったんだろ」

 クルィーロとクラウストラが、知らないフリで彼らに印象付ける。


 影ノ盾が何かをみつけ、瞳を輝かせてクラウストラに言った。

 「ラクリマリスは王政だけど、国王の下に議会があって、国会議員は国民の意見を集めて議論して、まとまった話を進言して、国王が最終決定するって。立憲君主制っぽいけど、それより王権が強いカンジかな?」

 「立憲君主? ……あぁ、一学期に習ったアレね。影ノ盾君って、歴史のお勉強得意なんだ?」

 クラウストラが、黒Tシャツの少年に微笑を向けると、白Tシャツの光ノ剣も負けじと声を上げた。

 「でも、魔力持ってる国民は立候補と投票、両方できるのに、無原罪の清き民には被選挙権なくて、立候補させないって超わかりやすい差別してる国だぞ」

 「えっ? どうしてそんな中途半端なの?」

 「えぇっと……ちょっと待って」

 たった今、検索したばかりで、まだ付焼き刃ですらない。少女の問いに答えられない焦りで光ノ剣の手が滑る。


 神学生ファーキルは、再び端末をつつき始めた少年二人を置いて言った。

 「科学文明国のアーテルは、力ある陸の民と湖の民、ランテルナ島民に参政権を両方とも認めませんから、外国をとやかく言えません」

 「あー……ラクリマリスの方がマシよね。ネモラリスはリストヴァー自治区の人でも一応、国会議員になれるから、人権については一番いいのね」

 クラウストラがしみじみ言うと、影ノ盾が端末をつつきながら言った。

 「でも、ゴミ溜めみたいなスラムに押し込まれてたから、ウチの軍が、自治区の信徒を助ける為に戦争始めたんだよな」

 「あ、そっか」

 クラウストラが納得してみせると、影ノ盾は顔を上げ、小さい子を褒めるような顔で頷いた。



 六人は、二時間ばかりそんな話をして解散した。

【余談】本当の民主主義国家は、戦争しない……現実では「民主的平和論/デモクラティック・ピース/民主主義による平和」などで検索するか、カントの「永遠平和のために」を参照。せやろか? って反論がいっぱいあります。


☆“民主主義の基本”に対するそれぞれの認識はバラバラ

 一般のアーテル人……「164.世間の空気感」「165.固定イメージ」「0950.みんなの責任」参照

 一般のネモラリス人……「613.熱弁する若者」「1051.買い出し部隊」「1059.負傷者の家へ」参照

 ネミュス解放軍の見解……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照

 ネミュス解放軍支持者……「921.一致する利害」

 アル・ジャディ将軍……「411.情報戦の敗北」「693.各勢力の情報」参照

 魔装兵ルベル……「756.軍内の不協和」参照

 星の道義勇軍……「0019.壁越しの対話」参照

 メドヴェージ……「0950.みんなの責任」参照

 隠れキルクルス教徒……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照

 隠れキルクルス教徒の政治家……「0978.食前のお祈り」「1100.議員への質問」「1101.間諜への尋問」参照

 リストヴァー自治区民……「406.工場の向こう」参照

 ラクエウス議員……「253.中庭の独奏会」参照

 クルィーロたち……「280.目印となる歌」「510.小学生の質問」「525.眠れない夜に」「613.熱弁する若者」「681.情報の価値は」「0950.みんなの責任」「1126.癒せない悩み」参照

 呪医セプテントリオー……「348.詩の募集開始」「357.警備員の説得」~「359.歴史の教科書」「1059.負傷者の家へ」「1126.癒せない悩み」「1128.情報発信開始」参照

 歴史上の経緯……「370.時代の空気が」「371.真の敵を探す」「858.正しい教えを」参照

 国家間の関係……「751.亡命した学者」~「753.生贄か英雄か」参照


☆バルバツム連邦は(中略)アーテルに無人機を輸出した……「331.返事を待つ間」「569.闇の中の告白」「687.都の疑心暗鬼」、購入は三年前「358.元はひとつの」、追加購入「809.変質した信仰」「814.憂撃隊の略奪」「0957.緊急ニュース」参照

☆去年、話し合いとか一切ナシでいきなりネモラリスに宣戦布告して速攻で爆撃したアーテル……「0056.最終バスの客」「0078.ラジオの報道」参照


※ 国会議員ったって、一人だけ=ラクエウス議員「181.調査団の派遣」「190.南部領の惨状」「200.魔獣の支配域」「212.自治区の様子」~「214.老いた姉と弟」「220.追憶の琴の音」「234.老議員の休日」など参照

☆戦争始まってから迫害されて、アミトスチグマに亡命した……「580.王国側の報道」参照

 開戦直後は迫害されていない……(上記参照)

 迫害の理由は魔哮砲の使用継続に反対したから……捕縛「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」、軟禁「253.中庭の独奏会」「259.古新聞の情報」「260.雨の日の手紙」、

 脱出してリャビーナ市の支援者宅へ……「277.深夜の脱出行」「306.止まらぬ情報」「378.この歌を作る」

 以降はアミトスチグマ王国……「400.党首らの消息」~「403.いつ明かすか」参照


☆ラクリマリスの国会議員……存在「751.亡命した学者」~「753.生贄か英雄か」参照

☆ラクリマリスは王政だけど、国王の下に議会……「752.世俗との距離」参照

☆ウチの軍って、自治区の信徒を助ける為に戦争始めた……「154.【遠望】の術」「213.老婦人の誤算」「340.魔哮砲の確認」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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