1135.島民の選挙権
「さっきも言ったけど、俺たち、新作のコト話してたんです。もうネット版のアレ、読みました?」
ロークが、本来の自分や前回のガレチャーフキとは違う声色を作って水を向けると「冒険者カクタケア」ファンの少年たちは、打てば響く勢いで力強く頷いた。
「あれ、凄いッスよね」
「まさかあんなガッツリ時事ネタぶっこんで来るとは思わなかった」
「司祭を刺した奴の罪って、誰だったら裁いていいんだろうなって」
白いシャツを着たハンドルネーム「光ノ剣」が、神学生のファーキル・ラティ・フォリウスを横目で窺う。
……コイツ、知っててわざとか。
確かに一般人からしてみれば、気になるだろうが、彼は現実で事件を起こしたヂオリートと同級生なだけだ。
犯行に関与しておらず、その少し前に礼拝堂爆破テロで入院した上、教団の腐敗を知って悩む微妙な立場にある。
神学生が興味本位の質問にどう答えるか、様子を見ることにしてアイスコーヒーを啜った。
何とも言えない沈黙が降りる。
光ノ剣と影ノ盾は、両脇から神学生の反応を窺ったが、次第に興味本位の期待が薄れ、ついには顔色を失った。
溶けた氷がグラスを鳴らす。
光ノ剣が口を開きかけた時、神学生ファーキルが声を発した。
「世俗の法については、世俗の司法機関……その事件の担当を割り当てられた裁判官が、世俗の法律と自分の良心にのみ従って裁きます」
「事件にカンケーない奴がワーワー言ったって裁判には影響ないって言うか、世間の噂やみんなの空気に流されるようじゃ、裁判官失格だよな」
クルィーロが、訳知り顔で社会人らしいことを言うと、少年たちの眼差しに尊敬の光が宿った。
神学生が安堵と感謝を籠めて小さく会釈し、答えを述べる。
「この世に在る間、過ちに対して信仰上の裁きを与えられるのは、本人の良心以外にありません」
「これも、他人がとやかく言えるコトじゃないわよね。良心の呵責を感じない人に何言ったって時間の無駄って言うか、人の神経逆撫でするのが目的だったら、反応したら負けみたいなとこあるし」
魔女クラウストラが、女子高生のフリで言い、可愛い手つきでストローを支えて唇をつけた。アイスコーヒーのグラスから、結露が一筋つるりと落ちる。
ロークは話題の方向を少し変えた。
「逃亡犯がまだ捕まらないってのも心配だから、おばさんが俺たちについてってくれって言ったんだけど、未成年だからって顔写真も何も公開されないんじゃ、逃げたのを発表した意味ないって言うか、他の神学生に迷惑掛かるだけだよな」
神学生ファーキルが肩を落とす。
「そうなんですよね。我が家もそれで、今は帰省しない方がいいと……」
「近所の人にとやかく言われるから? ヒドーい! ファーキル君は事件に関係ないのに」
クラウストラが憤ってみせると、神学生の表情が和らいだ。
影ノ盾がストローで氷をつつきながら言う。
「逃亡犯が自殺したのか、魔獣に食われたのか、誰かに匿われてんのか、どこ行ったか、何も情報ないんじゃ、不安になるだけなのにな」
「警察ちゃんと仕事しろっての」
光ノ剣がグラスに直接口をつけて一息に飲み干す。
「二杯目、半額になりますけど、どうします?」
「えっ? そう言うシステムなの?」
「アイスコーヒーだけそうなんです」
これにはロークたちも少し驚いたが、おかわりしたのは光ノ剣一人だった。
「ランテルナ自治区に逃げ込まれたら、こっちの警察じゃ手出しできないし、完全に詰むよな」
影ノ盾の話は、ロークとクルィーロにとって初耳だったが、他の面々は当然のこととして頷く。
ロークは慎重に声色を作って話を小説に戻した。
「カクタケアってそんなとこ居るんだな」
「まだ生きてるのに死亡扱いで、選挙人名簿から削除されたって書いてあって、びっくりしちゃった」
「リアルで魔力あんのバレて、ランテルナ島に渡った人もそうらしいからなぁ。作者のアル・ファルドって、よく調べてるよな」
影ノ盾が、驚いてみせたクラウストラに事情通ぶる。
「えっ? じゃあ、アウルラみたいなランテルナ自治区で生まれた無原罪の清き民ってどうなるの?」
「俺も気になって調べてみたんだけど、ないみたいなんだよな」
「ない? 情報が?」
クルィーロが聞くと、影ノ盾は一瞬、顔を顰めたが、表情を消して答えた。
「いえ、ランテルナ自治区の住民には、選挙権がないって言う情報がみつかったんです」
「情報源はどこですか?」
神学生ファーキルも知らなかったらしく、深刻な顔で食いついた。
「政府の選挙公報と星光新聞と湖南経済新聞の選挙区図。ランテルナ島だけ空白ンなってるって、要するに、そう言うコトだろ」
五人は一斉にタブレット端末をつついた。
ロークは、ランテルナ島からの立候補がなく、選挙区単位の有権者数と各選挙区の最低得票数の表示がないのを確認した。
アーテル共和国の地方新聞に到っては、地図にランテルナ島すら載せず、ランテルナ自治区の存在を黙殺するところさえある。
「ホント……これっていいの?」
クラウストラが画面から顔を上げて見回すが、誰も答えなかった。
大汗をかくグラスの中で、アイスコーヒーが薄くなる。
……ランテルナ島民には、選挙権を与えない? ランテルナ島を土地として持ってるだけで、無人島扱いってこと?
ロークは、地下街チェルノクニージニクの服屋が、「税金が高い」とこぼしたのを思い出した。
ファーキルが運び屋フィアールカから聞いた話では、島の電力と上下水道、医療などはすべて島民が設置や維持管理を行い、本土の政府や民間業者は関与しない。
警察署はあるが、治安維持の方向性は「島民を守る為」ではなく、「島民の暴動と本土との不正取引の監視と取締り」だ。
正規軍の基地は、島民を魔獣から守る為ではなく、ラクリマリス王国との国境警備と、万が一、島民が暴動を起こした場合の鎮圧が目的で、戦車や重火器、対人地雷、爆撃機が配備され、兵士は基本的に島民とは交流しなかった。
☆ネット版のアレ……「1134.ファンの会合」参照
☆ガレチャーフキ……「1105.窓を開ける鍵」参照
☆彼は現実で事件を起こしたヂオリートと同級生……「1103.ルフス再調査」~「1105.窓を開ける鍵」参照
☆礼拝堂爆破テロで負傷し、入院……「868.廃屋で留守番」~「870.要人暗殺事件」「908.生存した級友」~「910.身を以て知る」参照
☆作者のアル・ファルド……「795.謎の覆面作家」参照
☆アウルラみたいなランテルナ自治区で生まれた無原罪の清き民……「794.異端の冒険者」~「796.共通の話題で」参照
☆ランテルナ自治区の住民には、選挙権がない……「285.諜報員の負傷」「1120.武器職人の今」参照
☆地下街チェルノクニージニクの服屋が、「税金が高い」とこぼした……「532.出発の荷造り」参照
☆ファーキルが運び屋フィアールカから聞いた話……「176.運び屋の忠告」参照
☆正規軍の基地は、島民を魔獣から守る為ではなく、ラクリマリス王国との国境警備……「285.諜報員の負傷」「312.アーテルの門」「313.南の門番たち」参照




