1134.ファンの会合
手ブレ写真を削除できたクルィーロが、すっきりした顔で礼を言う。
ロークは、自分がタブレット端末の使い方を説明する日が来るなどとは、夢にも思わなかった。
今日のクルィーロは、いつものマントではない。
夏物の上着にカラーワイシャツ、スラックスで「普通の恰好」だ。
運び屋フィアールカが用意した服は全て、外から見えない部分に術が仕込まれ、着用者を守る。
顔も【化粧】の首飾りで変えてあった。
団子鼻で人の良さそうな顔は、服の中に隠した首飾りを外さない限り続く。
クラウストラの【跳躍】で、アーテルの首都ルフスに来た。
平日だが、夏休みだけあって、ショッピングモールのフードコートには中高生グループが多い。
三人は昼食にハンバーガーのセットを食べ、やや声を大きくしてだらだら雑談した。
「まさか、二十七巻出る前にネット版が更新されるなんて思わなかったよ」
「四巻からずっと商業で、同人版はもう更新しないと思ってたのに、びっくりよね」
ロークが話を振ると、クラウストラがノリを合わせた。
「二十七巻の予約も始まったし、一気に来たよな」
クルィーロも自然に話を合わせる。
三人は「夏休みに集まったファン仲間」の設定で、周囲に聞かせる為の話を続けた。周囲の席からも、似たような会話が漏れ聞こえる。
神学生ファーキルが、特別番組「花の約束」CDの送り先に指定したのは、ルフス神学校の寮だった。証拠を残す訳には行かず、差出人の住所氏名を書かずに発送した。
どうやら彼は、夏休みも帰省しないらしい。
ロークとクルィーロは【化粧】の首飾りを掛け直す度に別人に変わるが、今日のクラウストラは自力で【偽る郭公】学派の【化粧】を掛け、神学生ファーキル・ラティ・フォリウスに「ファクス」と名乗った時と同じ顔を作った。ここしばらく、この顔で行動して網を張る。
今回、インターネット上に無料公開されたのは、「冒険者カクタケア」シリーズの外伝だ。
大統領予備選に出馬した候補者が次々と変死する。
襲撃を受け、辛うじて生き延びた候補者が、魔物の仕業だと証言したことで、別の候補者がカクタケアたちに護衛を依頼する。
魔物に罪を被せ、対立候補の命を狙う勢力や、魔法使いのテロリストが暗殺するなど、珍しく現実の事件をかなり参考にした筋だ。
アーテルの現実社会では間もなく、大統領予備選だけでなく、国政選挙も同時に始まる。
投票直前の新作に様々な憶測が飛び交い、若い世代が選挙に注目した。
「これって、選挙の広告として書かれたのかな?」
「さぁ? ま、時事ネタだから注目は集まりやすいんだろうけど」
「ちゃんと投票しましょうって? でも、メインの読者って中高生よね?」
ロークが話を振ってクルィーロが軽く応じ、クラウストラが問題点を指摘する。
少し離れた通路に神学生ファーキル・ラティ・フォリウスの私服姿が見えた。連れの少年二人は、ロークの知らない顔だ。
クラウストラに後ろを見るよう手振りで促す。彼女は、振り向くと同時に立ち上がった。
「ファーキル君、こんにちは~」
全身で喜びを表し、手を振る。
呼ばれた神学生は足を止め、声の主を見留めると顔を輝かせた。
「ファクスさん!」
連れに遠慮したのか、胸の高さで小さく手を振り返すだけでこちらに来ない。
「今、新作のこと話してたの。もし、お時間大丈夫でしたら、ご一緒にいかがです?」
クラウストラは、一歩出て小首を傾げた。
ロークは前回を反省し、無言で会釈する。
……この首飾り、声までは変えられないもんな。
前回は、バレるのではないかと冷や汗をかき、どうにか誤魔化した。
「えっ? 何? 彼女?」
「神学校って女子居ないのに、いつの間に?」
連れの二人が、神学生ファーキルを肘で小突いて笑う。彼は顔を真っ赤にして首を振った。
「ち、違います! 彼女だなんてそんな!」
「ファン仲間なんですー」
クラウストラがにっこり微笑むと、連れ二人は神学生をからかうのをやめ、黒髪の少女に笑顔を返した。
「俺たちもなんですよ」
「今からファーキル君の親戚のお店に行くとこなんですけど」
笑顔の中から鋭い視線が飛び、ロークとクルィーロを値踏みする。
ロークは声色を作り、聞えよがしに言った。
「ファクスちゃん、あのコがこの間言ってたファーキル君?」
「そう。ガレチャーフキと一緒の時に会ったコ」
「従妹がお世話になたそうで、どうもですー」
ロークは、彼らの「男としての緊張」を解く為に情報を与えた。狙い通り、男子三人が明白にホッとしたが、クルィーロへの警戒はまだ消えない。
クルィーロがクラウストラをチラリと見る。
「こっちはセーヤニツ兄さん。一巻から五巻まで一気に貸してくれて、それでハマったんです」
彼女の屈託のない笑顔で、少年たちの肩から力が抜けた。
「では、ご一緒に……」
神学生ファーキルたちと連れ立って、例の喫茶店の扉を潜った。
「俺、こんな高級なカフェ、初めてだよ」
感嘆するクルィーロは心なしか顔色が悪い。運び屋フィアールカは、アーテルでの活動費として現金をくれたが、如何にも財布にやさしくなさそうな店だ。
……情報料と割り切るしかないよな。
軽く自己紹介して、三人は一番安いアイスコーヒーを注文した。
「ファクスさんの分、僕が出しますよ」
「えっ、そんな、前も奢っていただいたのに」
アーテル人の少年二人が、ニヤニヤ笑って神学生を見る。
二人とも、ファンフォーラムで使うハンドルネームで「光ノ剣」と「影ノ盾」と名乗った。「冒険者カクタケア」シリーズに登場する武具だ。白いTシャツと黒いTシャツの上に公式グッズのバッジを着けて、わかりやすい。
「あんなに深い話をできるとは思わなくて……新たな気付きを得られたお礼だと思って下さい」
「私こそ、神学生の人と話せてスゴく新鮮だったんで、あ、カクタケアってやっぱ男性ファン多くて女性ファンと会う機会がなかなかなくて、会えてもキャラ同志の恋バナになりがちで、でも、男性ファンだと出会い目的の人とか居て、ファーキルさんとじっくり作品語りができてホント嬉しかったって言うか」
ファクスと偽名で名乗ったクラウストラが、早口で言葉を積み上げるに従い、神学生の顔が赤みを増した。
「今、夏休みだし、何かと言うとアレなんで、俺たち、おばさんに頼まれて一緒に居るんだ」
クルィーロが牽制してみせると、少年たちは背筋を伸ばした。
商談用の個室に飲み物が揃い、場の空気が変わったのを見届けて、ロークは本題を振った。
☆神学生ファーキル・ラティ・フォリウスに「ファクス」と名乗った時……「1103.ルフス再調査」~「1105.窓を開ける鍵」参照
☆ルフス神学校の寮に特別番組「花の約束」のCDを送った……「1105.窓を開ける鍵」参照
☆大統領予備選だけでなく、国政選挙も同時……「868.廃屋で留守番」参照
☆前回を反省し、無言/この首飾り、声までは変えられない……「1105.窓を開ける鍵」参照
☆ファクスちゃん/ガレチャーフキ……偽名&従姉弟の設定「1105.窓を開ける鍵」参照
☆例の喫茶店……「1105.窓を開ける鍵」参照




