1130.逃亡者の事情
魔獣駆除業者に擬装した正規兵は、救助した三人を比較的森に近い別の拠点に案内した。
……まぁ、パジョーモク議員たちと知り合いだったら、何かと面倒だし、妥当だろうな。
魔装兵ルベルは念の為、【化粧】の首飾りを掛けてついてゆく。
こちらは、レサルーブの森から北ザカート市内に流入する魔獣などを駆除する為の拠点だ。先程の説明は嘘ではなく、本物の魔獣駆除業者も詰める。
間近で見ても、男たちの衣服は本当に何の術もなく、あちこち破れ、汗や埃で汚れてかなり臭った。
「ちょっとそこで待ってろ」
地に降り立った正規兵は、補修した廃墟に一人で入った。
魔装兵ルベルは、何も知らない風を装い、少し離れた所から声を掛けた。
「あんたたち、何者だ? 見たとこ、力なき民みたいだけど」
赤毛の大男に声を掛けられ、三人は震え上がったが、どうにか愛想笑いを浮かべて声を絞り出した。
「あぁ、力なき民だよ」
「レサルーブ古道を通って来たんだ」
先程と同じ問答を繰り返し、三人は、どこから来た何者であるか、のらりくらり明言を避けた。男たちの眼に生気がないのは、疲労と脱水のせいだろう。
夕闇が濃くなり、手を入れた廃墟に【灯】が点る。周囲の道路は瓦礫を片付けてあり、雑妖は魔哮砲の餌にした為、一匹も居なかった。
五人の駆除業者が、水塊と共に出て来る。
三人は本物の駆除業者だ。
「よっ、お疲れさん。俺らは今から一仕事」
「テキトーに狩って来るよ」
「ご安全に」
ルベルは笑顔で三人を見送る。
民間業者に扮した魔装兵二人は、命拾いした男たちを問答無用で丸洗いした。宙に浮かせた水塊にマグカップを突っ込んで差し出す。
「大変だったな。まぁ、飲めよ」
「喉乾いたろ?」
汚れを排出した水はキレイだが、三人はカップを受取ろうとしない。
「見ての通り、水はたくさんあるから、遠慮しなくていい」
「飲まなきゃ今度は脱水で死ぬぞ」
三人は恐る恐る受取ったが、ひとたび口を付けると一気に飲み干した。
「力なき民が手ぶらで、クルブニーカからレサルーブの森を歩いて東から西の端まで突っ切って来たなんて……俺には到底、信じられん。詳しい話を聞かせてくんねぇか?」
魔獣を倒した兵が、もう一人に水塊を預けて聞く。
「元々は十一人居て、保存食も持ってたんだ」
「後の八人はどうした?」
「食われちまった」
「さっきの奴にか?」
「いや、別の奴だ」
「よく逃げられたな」
水を【無尽の瓶】に片付けた兵が、声に呆れと蔑みを籠める。
「武器は?」
「そんなモンあったって……」
「俺たちゃみんな、力なき民なんだ」
「あんたらに何がわかるッ?」
仲間が食われる隙に逃げる。
草食動物ならば、よくある生存戦略だ。足の遅い者、弱った者から死んでゆく。
「戦えないんなら、仕方ないんだろうな」
魔装兵ルベルがぽつりと呟くと、三人は驚いた目を向けたが、一斉に頷いた。
「そ、そうなんだ」
「留まったって、助けられるワケじゃねぇ」
「一緒に食われンのがオチだ」
兵たちが肩の力を抜く。
「仕方ない……か」
「入れよ。ハラ減ってんだろ?」
「中で詳しく聞かせてもらおう」
術で守られた部屋に入り、安堵と涼しさで男たちの顔色がよくなった。
堅パンと缶詰の野菜スープで、この拠点に詰める隊員と共に食卓を囲む。
彼らは何日食わずに来たのか、あっという間に平らげ、隊員の分を物欲しげに見詰めた。
「絶食後にあんまりガッついたんじゃ、身体に毒だぞ」
命の恩人がやさしい声音で案じてみせると、三人は素直に頷いた。
彼が呼称とは違う偽名で自己紹介すると、三人も名乗った。あちらも本当の呼称である保証はないが、信じたフリで話を続ける。
「クルブニーカに人が残ってるとは思わなかったよ。まだ居ンのか?」
「空襲が止んだみてぇだし、一回戻って貴重品とか持って出ようとしたんだ」
「力なき民だけでか?」
「く、車で来たんだ」
「歩きって言わなかったか?」
「パンクして乗り捨てて……」
突っ込みどころ満載の話に言い訳を重ねる。
「疲れたろ?」
「寝床へ案内するよ」
信用に値しないと見切りを付け、一人ずつ【明かし水鏡】を置いた部屋に案内する。こちらの拠点にも、業者の選定用に置いてあった。
魔哮砲の給餌は中途半端に終わったが、仕方がない。
「じゃあ、明日、ラズートチク少尉にまとめて報告をお願いします」
「了解」
足音が遠ざかるのを待って、ルベルはもうひとつの拠点に引き揚げた。




