0116.報道のフロア
四階の案内板には「報道フロア」と書いてある。
クルィーロが読み上げ、モーフに説明してくれた。
「普通の深夜放送や、災害か何かの緊急放送で泊まり勤務があるから、食べ物や布団があるかもしれない」
「ふとん?」
思わず聞き返す。
クルィーロは一瞬、言葉を詰まらせたが、ひとつ深呼吸すると、静かな声で説明した。
「ちゃんとした寝床に敷く物だ。布団に包まって寝れば、寒くない」
聞いた瞬間、隊長の表情が険しくなった。
モーフは不安に駆られて質問した。声が少し震える。
「ふとん……何か、マズいんスか?」
「いや。ここは、国営放送の支局のひとつだ」
ソルニャーク隊長が、苦笑して小さく首を振る。
モーフは、布団の件ではないことに少し安心したが、これはこれで、少し恥ずかしくなった。
隊長は少年兵に構わず、話を続ける。
「本来なら、非常時には現地の情報収集の為、ここに留まらなければならない。その為の設備もある」
そこで一旦切り、二人の反応を待つ。
クルィーロが先に気付き、考えながら声に出す。
「国営放送ってコトは、国の機関で、ビルの【魔除け】とかが生きてるから……つまり、職員はみんな、生きてる内にどっか行ったってコト……?」
それを聞いてやっと、モーフも気付いた。
……死体がねぇ。魔法が効いてんなら、魔物に食われたワケじゃねぇ。
「そうだ。恐らく、空襲の前に命令を受け、離脱したのだろう」
「前? 後じゃなくて?」
隊長の言葉に、クルィーロが首を傾げた。
「魔法のお陰で火災は免れたが、隣がやられた爆風でガラスは粉々、机も片寄っていただろう」
「あ……」
部屋の惨状を思い出し、二人は絶句した。
……そうだ。廊下に血の痕がなかった。誰も、怪我してねぇんだ。
モーフは掃除が楽に済んだことに気付いた。
「でも、何で? 警察は知らなかったのに、何でここの人たちは、爆撃の前に逃げたんッスか?」
「役所の人も、知らなかったから、俺たちと一緒に……いや、知ってたから、避難のバスを用意したのか?」
クルィーロが途中で気付き、眉を顰めた。
「末端の警官や市職員が、どこまで情報を得られたか、今となってはわからん。だが……」
ソルニャーク隊長は、小さく溜め息を吐いて続けた。
「上層部は早い段階で把握した。だからこそ、避難の判断をし、準備と実行ができたのだ」
「それってつまり、先に偉い人とかが逃げて、一応、一般市民と下っ端も逃がそうと思ったけど、間に合わなかった……ってコトですか」
「そう言うことだろうな」
クルィーロの発言に隊長が同意した。
モーフには訳がわからない。
隊長には以前から、「わからないことがあれば、すぐに聞け」と言われている。
今回もすぐ、疑問を口に出した。
「なんで、ラジオで言わなかったんスか? 人を集めてからバスで逃がすより、自分で逃げるようにした方が、てっとり早いんじゃないんスか?」
「そうだな。理由まではわからん。わかるのは、この辺り一帯が完全に放棄された事実だけだ」
……完全に放棄。
モーフも薄々そう思ったが、改めてソルニャーク隊長の口から聞くと、何とも遣る瀬ない気持ちになった。
星の道義勇軍の計画では、主要施設と役所を制圧して魔法使いは殺害。陸の民の内、力なき民は生かしておく。改宗すれば仲間にするが、フラクシヌスへの信仰を守る者は、殉教させる予定だった。
バラック街の住民を入植させる為、セリェブロー区やミエーチ区の住宅街には手を付けず、隠れキルクルス教徒の内通者との拠点を置くに留めた。
勿論、政府軍の鎮圧も予想済みだ。
力なき民を生かしておくのは、人質にする為でもある。
政府軍に拠点がみつかっても、局所的な戦闘が発生するだけで、街全体は焼き払われない予定だった。
国が国民を見捨てる筈がない。
そう思えばこその作戦だ。
クルィーロが、手前のスタジオに入った。
机上にニュース原稿が散乱する。ソルニャーク隊長とクルィーロがざっと目を通した。
少年兵モーフは、廊下を警戒して待つ。
ややあって、足音に振り返った。
二人が買物袋に原稿を押し込みながら出て来るところだ。
「みんなにも見てもらおうと思ってな」
「これ、一番新しいのは空襲前だった」
魔法使いの工員クルィーロが、袋を軽く叩いて言った。
内容は恐らく、少年兵モーフたち、星の道義勇軍による攻撃の件だろう。
こちら側の住人や政府にどう解釈されたのか、興味はあるが、モーフ自身には難しくて読めない。
……後で隊長に読んでもらおう。
三人で魔物や他の侵入者の存在を警戒しながら、各スタジオを探索する。
突然の報せに、混乱した状態で撤収したのか、窓のない防音室には、マイクなどの機材が転がり、床にも原稿が散らばる。
原稿を回収し、「編集室」へ移動する。
こちらは爆風を受け、一階と同じ惨状だ。
部屋の隅で冷蔵庫を見つけ、隊長とモーフで起こす。
小さな冷蔵庫を動かすと、中でカチャカチャ音がした。扉を開けると、甘い匂いのする液体が流れ出た。瓶が割れ、中は酷い有様だ。
「缶は大丈夫だな」
クルィーロが呪文を唱えた。甘い香りを放つ濁った液から、透明の水だけが起ち上がる。
水は庫内の缶を包み、呑み込んだまま宙に浮いた。
「取って」
クルィーロに言われ、モーフは慌てて水に手を突っ込んだ。冷たさに一瞬、息が止まる。缶を掴んで素早く手を引いた。
……濡れてねぇ。
驚いている場合ではない。隊長と二人で次々と缶を袋に入れる。
缶ジュース十一本を抜き終えると、クルィーロは割れた窓から水を捨てた。
冷蔵庫には、ガラス片だけが残った。
「ここは飲み物専用か」
ソルニャーク隊長が呟き、室内を見回す。
冷蔵庫を閉め、クルィーロが言った。
「食べ物があるとしたら、個人の机やロッカーじゃありませんか?」
机は爆風で吹き飛び、大きなロッカーも倒れ、三人では起こせそうもない。
諦めて隣室に移った。
隣は資料室で、ファイルや本があるだけだ。人などが潜んでいないのを確認して「宿直室」に移動する。




