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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0116.報道のフロア

 四階の案内板には「報道フロア」と書いてある。

 クルィーロが読み上げ、モーフに説明してくれた。


 「普通の深夜放送や、災害か何かの緊急放送で泊まり勤務があるから、食べ物や布団があるかもしれない」

 「ふとん?」

 思わず聞き返す。

 クルィーロは一瞬、言葉を詰まらせたが、ひとつ深呼吸すると、静かな声で説明した。

 「ちゃんとした寝床(ねどこ)に敷く物だ。布団に(くる)まって寝れば、寒くない」


 聞いた瞬間、隊長の表情が険しくなった。

 モーフは不安に駆られて質問した。声が少し震える。

 「ふとん……何か、マズいんスか?」

 「いや。ここは、国営放送の支局のひとつだ」

 ソルニャーク隊長が、苦笑して小さく首を振る。

 モーフは、布団の件ではないことに少し安心したが、これはこれで、少し恥ずかしくなった。


 隊長は少年兵に構わず、話を続ける。

 「本来なら、非常時には現地の情報収集の為、ここに留まらなければならない。その為の設備もある」

 そこで一旦切り、二人の反応を待つ。


 クルィーロが先に気付き、考えながら声に出す。

 「国営放送ってコトは、国の機関で、ビルの【魔除け】とかが生きてるから……つまり、職員はみんな、生きてる内にどっか行ったってコト……?」

 それを聞いてやっと、モーフも気付いた。


 ……死体がねぇ。魔法が効いてんなら、魔物に食われたワケじゃねぇ。


 「そうだ。恐らく、空襲の前に命令を受け、離脱したのだろう」

 「前? 後じゃなくて?」

 隊長の言葉に、クルィーロが首を傾げた。


 「魔法のお陰で火災は(まぬか)れたが、隣がやられた爆風でガラスは粉々、机も片寄っていただろう」

 「あ……」

 部屋の惨状を思い出し、二人は絶句した。


 ……そうだ。廊下に血の(あと)がなかった。誰も、怪我してねぇんだ。


 モーフは掃除が楽に済んだことに気付いた。

 「でも、何で? 警察は知らなかったのに、何でここの人たちは、爆撃の前に逃げたんッスか?」

 「役所の人も、知らなかったから、俺たちと一緒に……いや、知ってたから、避難のバスを用意したのか?」

 クルィーロが途中で気付き、眉を(ひそ)めた。


 「末端の警官や市職員が、どこまで情報を得られたか、今となってはわからん。だが……」

 ソルニャーク隊長は、小さく溜め息を()いて続けた。

 「上層部は早い段階で把握した。だからこそ、避難の判断をし、準備と実行ができたのだ」


 「それってつまり、先に偉い人とかが逃げて、一応、一般市民と下っ端も逃がそうと思ったけど、間に合わなかった……ってコトですか」

 「そう言うことだろうな」

 クルィーロの発言に隊長が同意した。


 モーフには訳がわからない。

 隊長には以前から、「わからないことがあれば、すぐに聞け」と言われている。

 今回もすぐ、疑問を口に出した。


 「なんで、ラジオで言わなかったんスか? 人を集めてからバスで逃がすより、自分で逃げるようにした方が、てっとり早いんじゃないんスか?」

 「そうだな。理由まではわからん。わかるのは、この辺り一帯が完全に放棄された事実だけだ」


 ……完全に放棄。


 モーフも薄々そう思ったが、改めてソルニャーク隊長の口から聞くと、何とも()()ない気持ちになった。



 星の道義勇軍の計画では、主要施設と役所を制圧して魔法使いは殺害。陸の民の内、力なき民は生かしておく。改宗すれば仲間にするが、フラクシヌスへの信仰を守る者は、殉教(じゅんきょう)させる予定だった。

 バラック街の住民を入植させる為、セリェブロー区やミエーチ区の住宅街には手を付けず、隠れキルクルス教徒の内通者との拠点を置くに留めた。


 勿論(もちろん)、政府軍の鎮圧も予想済みだ。

 力なき民を生かしておくのは、人質にする為でもある。

 政府軍に拠点がみつかっても、局所的な戦闘が発生するだけで、街全体は焼き払われない予定だった。


 国が国民を見捨てる筈がない。

 そう思えばこその作戦だ。



 クルィーロが、手前のスタジオに入った。

 机上にニュース原稿が散乱する。ソルニャーク隊長とクルィーロがざっと目を通した。

 少年兵モーフは、廊下を警戒して待つ。


 ややあって、足音に振り返った。

 二人が買物袋に原稿を押し込みながら出て来るところだ。

 「みんなにも見てもらおうと思ってな」

 「これ、一番新しいのは空襲前だった」

 魔法使いの工員クルィーロが、袋を軽く叩いて言った。


 内容は恐らく、少年兵モーフたち、星の道義勇軍による攻撃の件だろう。

 こちら側の住人や政府にどう解釈されたのか、興味はあるが、モーフ自身には難しくて読めない。


 ……後で隊長に読んでもらおう。


 三人で魔物や他の侵入者の存在を警戒しながら、各スタジオを探索する。

 突然の(しら)せに、混乱した状態で撤収したのか、窓のない防音室には、マイクなどの機材が転がり、床にも原稿が散らばる。

 原稿を回収し、「編集室」へ移動する。



 こちらは爆風を受け、一階と同じ惨状だ。

 部屋の隅で冷蔵庫を見つけ、隊長とモーフで起こす。

 小さな冷蔵庫を動かすと、中でカチャカチャ音がした。扉を開けると、甘い匂いのする液体が流れ出た。瓶が割れ、中は酷い有様だ。


 「缶は大丈夫だな」

 クルィーロが呪文を唱えた。甘い香りを放つ濁った液から、透明の水だけが起ち上がる。

 水は庫内の缶を包み、呑み込んだまま宙に浮いた。


 「取って」

 クルィーロに言われ、モーフは慌てて水に手を突っ込んだ。冷たさに一瞬、息が止まる。缶を掴んで素早く手を引いた。


 ……濡れてねぇ。


 驚いている場合ではない。隊長と二人で次々と缶を袋に入れる。

 缶ジュース十一本を抜き終えると、クルィーロは割れた窓から水を捨てた。

 冷蔵庫には、ガラス片だけが残った。


 「ここは飲み物専用か」

 ソルニャーク隊長が呟き、室内を見回す。

 冷蔵庫を閉め、クルィーロが言った。

 「食べ物があるとしたら、個人の机やロッカーじゃありませんか?」

 机は爆風で吹き飛び、大きなロッカーも倒れ、三人では起こせそうもない。

 諦めて隣室に移った。


 隣は資料室で、ファイルや本があるだけだ。人などが潜んでいないのを確認して「宿直室」に移動する。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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