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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十章 蒼生

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1129.追われる連中

 蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ)を使うまでもなく見えた。


 粗末な身形(みなり)の男性たちが、瓦礫の間を逃げ惑う。

 蹄で駆ける追手は背の毒(せのどく)……硬い筋肉に覆われた身に灰緑と黒の縦縞が走る魔獣だ。背には、無数の蛇がたてがみのように生え、好き勝手な方向に毒気を吐く。


 ……何でこんな平野に?


 魔装兵ルベルは、場違いな魔獣に首を捻った。

 普通は山地に出現するモノだ。鈍重そうな外見に似合わず、身軽に岩場を駆ける。模様は木立に紛れ、肉眼では捉え難いが、灰色の瓦礫と廃墟に覆われた北ザカート市内では、逆に目立った。


 追われる人間たちは、どれだけ走り続けたのか息も絶え絶えだ。

 魔獣の(ねじ)れた角が、夕日を照り返して鋭く輝く。

 背の毒はまだ小振りだ。この世に迷い込んで日が浅いのか、普通の牛くらいの大きさしかない。しかも、右の後足を引き摺って本来の俊敏さを発揮できなかった。大した速度は出ないが、人間たちも疲れ切って逃げ切れない。


 つかず離れずの距離は変わらず、日が傾き、影が伸びた瓦礫の間で、追う者と追われる者が見え隠れする。



 魔装兵ルベルが立ち止まると、瓦礫の隙間から闇が這い出した。見回すと、この付近の雑妖が食い尽され、廃墟とは思えないくらいキレイだ。

 不定形の闇が足に纏わりつき、伸び上って手に触れる。ルベルは魔哮砲を撫でながら、廃墟の街の闖入者を肉眼で追った。


 「バラバラに逃げりゃ、三人の内、二人は助かりそうなモンなのにな」

 「仲間を見捨てられないんでしょう」

 「それで三人揃って魔獣の腹ン中か?」

 ルベルと同じ服装の男性が嘲る。ルベルに付き添う彼は、民間の魔獣駆除業者に扮したネモラリス正規兵だ。


 「手負いですし、我々だけでも倒せそうですが、助けなくていいんですか?」

 魔装兵ルベルが聞くと、付添いの魔装兵は不定形の闇を見て言った。

 「今の我々の任務は、そいつの給餌と護衛だ。あんなモノに近付いて、こいつを食われるワケにはいかん」

 「しかし、現に国民が……」

 「この辺りは立入制限区域だ。駆除屋やゲリラならまだしも、何で丸腰の力なき民が東から来るんだ?」

 指摘されてやっと逃げる者たちの不審さに気付き、【索敵】を唱えて観察する。



 北ザカート市東端は、昨年の空襲から未だに手つかずの廃墟だ。

 大半の道が瓦礫で塞がれ、男たちは何度も転びながら逃げ惑う。

 手ぶらで、衣服に呪文や呪印はない。

 汗で衣服が貼り付き、埃に(まみ)れた姿は、少なくとも力ある民には見えなかった。


 背の毒が不意に足を止めた。肉を食む鋭い牙を剥き、地の底まで揺るがす咆哮を上げる。

 三人が硬直し、自ら走った勢いで瓦礫に叩きつけられた。


 「ま、あいつらが何者で、何でこんなとこに居ンのか、仲間は居るのか、生け捕りにして尋問すっか」

 「……そうですね」

 救助ではなく尋問の為なのが納得ゆかないが、今はそれどころではない。食い尽されたのでは【(ただ)しき燭台】も使えなくなってしまう。

 魔獣が、背中の蛇から毒液を飛ばしながら、動けなくなった獲物に近付く。


 「お前はここで待機。魔哮砲を【従魔の檻】に詰めて守れ」

 「了解。“入れ、人の手になる懐生(かいせい)”」


 闇の塊が茶色の小瓶に吸い込まれる。


 付添いの魔装兵は、安全を見届けて【飛翔】した。魔獣の牙と毒気の届かぬ上空から接近し、【光の槍】を撃ち込む。

 手負いの魔獣は存在の核を撃ち抜かれ、あっけなく灰と化して散った。


 魔獣駆除業者に擬装(ぎそう)した正規兵が降下し、男たちの手の届かない高さで止まる。

 「危ないとこだったな。怪我はないか?」

 三人は身を寄せ合って命の恩人を見上げるが、咆哮の効果が切れないのか、荒い息を吐いて答えない。

 正規兵が少し待って再び問うと、ぎこちなく首を振った。


 「知り合いでも捜しに来たのか?」

 「そ、そうだ。遠縁の親戚を頼って来たんだ」

 「ここはまだ、立入制限が解除されてないぞ」

 大声の遣り取りは、ルベルの耳にも届いた。


 聞いた瞬間、嘘とわかる不自然な答えに身構える。


 正規兵がやさしく聞く。

 「食い物とか持ってンのか?」

 「いや、ないんだ」

 「追い掛けられた時に投げたから」

 「どこから逃げて来たんだ?」

 「レサルーブ古道を抜けて来たんだ」

 「レサルーブ古道? クルブニーカから来たのか?」

 「そうだ」


 クルブニーカは昨年の空襲で壊滅的な打撃を(こうむ)り、防壁の機能が失われた。

 政府軍は自主避難しなかった住民を他都市に移送し、無人にした上で立入制限を宣言したのだ。


 ……即バレる嘘なんか()いて、コイツら何者だ?


 「た、助けてくれてありがとう。今は無一物だから何のお礼もできねぇが、恩に着るよ」

 「あんた、スゲー強ぇな。何者なんだ?」

 「俺? 見ての通り、駆除屋だよ。街の西の方から港とかの復旧作業してて、作業員守るのに雇われてんだ」

 「西って……ザカート港、使えるようになったのか?」

 男たちの汗と埃に(まみ)れた顔が明るくなる。

 「まだまだだよ。俺たちの仕事料、倒した魔獣から回収した素材なんだよな」

 「素材?」

 「灰になっちまったぞ」

 正規兵がぼやいてみせると、三人はバツの悪そうな顔で見上げた。


 「あんたら助けるのに、存在の核を撃ち抜いたから、何も残らねぇんだ。タダ働きってこった。【魔力の水晶】とかも持ってないのか?」

 「すまねぇ」

 「何もないんだ」

 正規兵は大袈裟に溜め息を()き、西の空を振り返った。

 黄昏に染まる雲の下で、間もなく日が沈む。


 「あんたら、今夜どうすんだ?」

 「どっか、その辺の建物で……」

 「防壁壊れてんの見たろ? この辺一帯、雑妖だらけだぞ」

 正規兵は、自信なさそうに答えた男に追い打ちを掛けた。

 「さっきみたいに魔獣もホイホイ入って来る」


 力なき民三人組は、顔色を失って震え上がった。

 「あ、安全なとこに連れてってくんねぇか?」

 「後で絶対、働いて返すから」

 「知り合いに会えたら、借金してでも今回の分、耳揃えて払う」

 正規兵が少し迷うフリをする。


 遣り取りの間にも、日はどんどん傾く。

 東の空が暗くなるに従い、男たちの焦りが募った。


 「た、頼む、助けてくれ!」

 「何でもするから!」

 「一生のお願いだ!」


 懇願されても、つい先程、即バレる嘘を()いた連中の言葉など、微塵も信用できない。正規兵は高度を保ち、手振りでついて来るように促して移動した。

☆“入れ、人の手になる懐生”……「486.急造の捕獲隊」参照

☆レサルーブ古道……「196.森を駆ける道」「283.トラック出発」参照

☆クルブニーカは昨年の空襲で壊滅的な打撃を蒙り……「192.医療産業都市」「216.説得を重ねる」「876.警備員の道程」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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