1128.情報発信開始
「それから、ファーキル君とメールで連絡したよ」
「ファーキル兄ちゃん、何って言ってた?」
クルィーロの報告にエランティスが笑顔を見せる。
「これからは、インターネット上でもよろしくって。今回は取敢えず、俺が端末持ったって連絡だけ。これ、フィアールカさんがこれまでの報告書をみんな入れてくれてるってさ」
「連絡ってここからできるの?」
アマナが、端末に期待の籠もった眼差しを向ける。
「ここからは無理だな。ラクリマリスかアミトスチグマか、ランテルナ島まで行かないと」
「じゃあ、お兄ちゃんが行かなきゃいけないの」
たちまち顔が曇る。クルィーロは明るい声で妹を宥めた。
「危ないとこには行かないし、最近は星の標のテロとかもないし、大丈夫だ」
「絶対、危ないとこ行かないでね」
「うん。強くないからな。そんなとこ、行けないよ」
力ある民と力なき民。
金髪の兄妹は、魔力の有無のせいで可能なこと、行動範囲、身を守る力が大幅に異なる。妹の不安は、湖の民であるセプテントリオーにも伝わり、胸が締め付けられた。
クルィーロが姿勢を正し、口調を改める。
「で、ファーキル君からの連絡。まだ報告書はまとまってないけど、難民がバザーに出店して色々売るのと、難民が出演する慈善コンサートが始まったってさ。どっちも、街に出て神殿にお参りしてもらうのが一番の目的だ」
「どうして?」
パン屋の末妹エランティスが聞く。
「難民キャンプには今、ネモラリス人が何十万人も避難してるんだ。神殿がないから、それだけの人が青琩に繋がる祈りを捧げられなくて、ラキュス湖の水が減ってて……」
「あ、そっか」
「そうよね」
「何十万人も……」
アマナとエランティスは同時に頷き、ピナティフィダが絶句する。
中規模の都市が丸ごとひとつ、アミトスチグマの森に移ったのと同じだ。
改めて数字を出され、呪医セプテントリオーも愕然とした。
ゼルノー市などの立入制限が解除されても、神殿が再建されるまで何年掛かるのか。
シェラタン当主はそれもあって、聖地ラクリマリスの大神殿に籠って出られないのだろうと納得する。
……だが、半世紀の内乱中も、何とか乗り切れたのだ。
現在は、湖東地方にフラクシヌス教を棄てた国が増え、アーテル共和国はラキュス・ラクリマリス共和国から分離・独立し、キルクルス教国家になった。それらの国々では神殿が破壊され、祈る者がなくなった不安を拭えない。
「俺らも神殿があるとこに行ったらお参りしてるけど、これからは回数増やそうと思うんだ」
「そうしましょう」
老漁師アビエースと薬師アウェッラーナ兄妹が頷き、呪医セプテントリオーも湖の民の一人として同意した。
「それとは別に、ラクエウス議員が代表で頼みに行って、ネモラリスの駐アミトスチグマ大使にインターネットを使って情報発信してもらったってさ」
「ネモラリスの……何?」
少年兵モーフの呟きにピナティフィダがそっと答える。
「ネモラリス共和国の役所の偉い人で、アミトスチグマ王国に行って、国同士の話し合いとかして、色んな関係を調整するお仕事してる人」
「お、おうっ……ありがと」
モーフが頬を染めて言うのをメドヴェージがやさしい目で見守る。
「えっと、これが、その画面を複写した奴」
クルィーロがタブレット端末をこちらに向けた。
「SNS……ですか」
セプテントリオーが自信のない声で囁くと、クルィーロは力強く頷いた。
他の面々が二人に注目する。
「ファーキル君が、“真実を探す旅人”って言う呼称で使ってんのと同じサービスで、ネモラリス大使は本国の……臨時政府の判断を待たないで、独自に情報発信を始めたんだ」
「ファーキル兄ちゃんみたいに?」
アマナとエランティスが同時に声を弾ませた。
「そう。ラクエウス議員がファーキル君の指示を伝えて」
「ファーキル君、スゴーい……」
ピナティフィダも瞳を輝かせる。少年兵モーフの頬から赤みが引き、唇を噛んで俯いた。
「他所の国の大使館や、報道機関とかと片っ端から繋がってもらって、今は取敢えず、難民キャンプ関係の当たり障りなさそうな情報を出して、様子見してるってさ」
ネモラリス共和国にはインターネットの設備がない。
レーチカの臨時政府は、次の公式会見で外国の記者から知らされるだろうが、その後どう出るだろう。最悪の場合、現大使が更迭され、本国の意のままに動く人物が送り出されかねない。
「情報収集は、ファーキル君やラゾールニクさん、他にもこの活動に参加してる人たちが協力して、ラクエウス議員とアサコール党首が伝達の窓口になるし、大使には内緒だけど、臨時政府にバレた時の対策も用意してるって」
「対策って、どんな?」
「俺も教えてもらってない」
妹に問われ、クルィーロは肩を竦めた。
「アーテルはインターネットを使えるけど、ネモラリス側は、アーテルに何言われてんのか確認もできないから、嘘でも何でも言いたい放題、垂れ流しにされてるんだ」
「それ、さっき言ってた三倍読まなきゃなんねぇってアレか?」
少年兵モーフが顔を上げて言うと、メドヴェージはにんまり笑った。
「そう言うこった。キルクルス教徒は、共通語喋る国の奴が多い。湖南語で書いたって、バルバツムの奴らとか読めねぇぞ?」
「えッ? 湖南語で書いたって、ないのと一緒なの?」
「ねぇのと一緒のヤツなんか出して、どうすんだよ?」
運転手の指摘にエランティスと少年兵が肝を潰した。
「この辺の人たちには伝わるよ。湖南地方だけでも国が幾つあると思う?」
老漁師アビエースが言うと、二人は少し落ち着きを取り戻した。アマナが、教科書を入れた木箱から地図帳を出して広げる。
「そっか、いっぱいあるんだな」
少年兵モーフが納得したところで、クルィーロが苦笑して話に入った。
「中身一緒だから複写しなかったけど、湖南語に続けて、共通語でも出してたよ」
「なんでぇ。先に言ってく……」
「じゃあ、もう言われっ放しじゃないのね?」
ピナティフィダが明るい声で言うと、モーフは文句の続きを引っ込めた。
「まだ始めたばっかりで、見てる人が少ないから影響力も小さいけど、ファーキル君たちが拡散頑張ってくれてるから、その内、届くんじゃないかな」
インターネットで繋がる世界の人々にとって、ネモラリス共和国は、情報不足の闇に包まれた「得体のしれない不気味な国」であるらしい。
ラクリマリス王国軍の発表で、“魔法生物を兵器に転用した悪しき業を用いる邪悪な魔法使いの巣窟”との印象が強まった。
王国軍は、魔哮砲……清めの闇は、作られた当時の国際条約に照らして、決して違法な存在ではないと伝えてくれたが、先入観の闇に阻まれ、その事実は世界のキルクルス教徒の心に届かなかった。
駐アミトスチグマ大使の発信が、闇を拓く一条の光となれば、一歩でも、半歩でも平和に近付けるのだろうか。
その光は、アーテル共和国がプロパガンダで作り上げた“イメージの闇”を切り裂き、世界の人々の警醒と成り得るのか。
……その声が、どこの誰に届けばよいのだろうな?
呪医セプテントリオーは、旧ラキュス・ラクリマリス王国が共和制へ移行するに際し、「民主主義の政体に於いて、主権は国民に在る」と聞いた。
主権在民ならば、ネモラリスとアーテル両国すべての民に伝え、総ての意を汲まねばならないのか。
セプテントリオー・ラキュス・ネーニアは、途方もない作業を想像し、軽い目眩を覚えた。
☆青琩に繋がる祈りを捧げられなくて、ラキュス湖の水が減ってる
仕組み……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」参照
中心部の様子……「684.ラキュスの核」参照
水位低下の話……「534.女神のご加護」「536.無防備な背中」「585.峠道の訪問者」参照
ラキュス湖の水位グラフの話……「821.ラキュスの水」参照
☆湖東地方にフラクシヌス教を棄てた国が増え……「1086.政治の一手段」「1087.成行きの果て」参照
☆魔哮砲……清めの闇は、作られた当時の国際条約に照らして、決して違法な存在ではない……「581.清めの闇の姿」「726.増殖したモノ」「759.外からの報道」参照
☆セプテントリオー・ラキュス・ネーニア……「683.王都の大神殿」~「685.分家の端くれ」「916.解放軍の将軍」「1127.何を伝えれば」参照
※ 地図は、ラキュス湖地方の信仰分布。話に関係ない区域には、国境線を描いていない。実際の国はもっと多い。




