1127.何を伝えれば
「読むの後回しにして、どんどんコピーしてったんで、どこに保存したか自分でもわかんなくなってきて」
クルィーロはひとつ咳払いして苦笑を引っ込めると、星光新聞アーテル版の独自記事を読み上げた。短い記事ですぐ終わる。
移動放送局プラエテルミッサの一行は、工員クルィーロがタブレット端末に複写して来た敵国の選挙情報について考えた。
戦争反対を訴える候補者は、大統領と国会議員が一人ずつ。
主な支持層は、音楽家団体「安らぎの光」とそのファン層、そして、平和を求める市民団体の連合会だ。票の分散を防ぐ為、今回の選挙では共同戦線を張り、一人ずつ擁立したとある。
この記事には、どちらの団体がどの候補を推したか、記述がない。
ふたつを合わせた規模がどの程度になるのかも、情報がなかった。
「これって、去年、ラジオで言ってたとこよね」
「これって?」
妹の指摘にクルィーロが隣を見る。細い指で画面を示し、アマナは兄に答えた。
「音楽家の団体。ニュースで戦争反対って言ってたって……」
「あぁ! あれか。よく憶えてたな」
クルィーロが妹の頭を撫でると、アマナは兄に残念なものを見る目を向けた。
「だって、アーテルにも『戦争ヤだ』って人が居るってわかった凄いニュースなのに」
忘れる方がどうかしていると言いたげだ。パン屋の娘ピナティフィダが小さく頷き、それを見た少年兵モーフも首を縦に振る。
……子供がこんなニュースを気に掛け、記憶に残すとは。
呪医セプテントリオーは、終戦への糸口を見出せない現状を悲しく思った。
ファーキル少年が、アーテルの選挙関連情報を取りまとめてくれるが、どうしても後になる。
クルィーロが端末を手に入れた今、回線の繋がる所へ【跳躍】すれば、速報性が上がり、移動放送局の報道内容は確実に充実する。
だが、呪医であるセプテントリオーには、どんな情報をどう流せば、両国を話し合いの席に導けるのか、想像もつかない。
旧王国時代は、共同統治者の一方であるラキュス・ネーニア家の遠戚として、軍内では一目置かれたが、末席に名を連ねただけだ。
軍医として常に現場に在り、権力とは無縁の日々を送った。
日常の業務に追われ、国の中枢で誰がどう政を動かすか、気に掛けたことさえなかった。
「お兄ちゃん、その人たちの記事って、それだけ?」
「うん。戦争に反対する人たちの記事は、別にまとめようと思って保存場所を分けたんだ。今日みつけたのは、この一本だけだな」
「じゃあ、たくさんあるんだ?」
アマナが青い瞳を輝かせ、兄の同じ色の目を見る。
「えぇっ? それは、ちょっとわかんないな」
「どうして?」
「何せ、インターネットには数え切れないくらいたくさん情報が溢れてるんだ。フィアールカさんが“情報空間”って言った意味はすぐわかったけど、あんまりにも多過ぎて、どこに何があるかわかんないんだよ」
荷台に残った仲間が思案顔になる。
呪医セプテントリオーは、白衣のポケットから手帳を出し、ファーキルに教わったことを振り返った。
「それって、いっぱいあり過ぎて、お兄ちゃんがみつけられなかっただけじゃなくって、元々誰にもどんなニュースが幾つあるかわかんないってコト?」
「そうです。ニュースはたくさんの国の報道機関がそれぞれの言語で書くので、私たちの湖南語だけでなく、湖東語や共通語、もっと遠くの全く知らない言語など、様々です」
荷台中の様々な色の目が、セプテントリオーに向く。
「その報道機関の属する国や立場などによって視点が異なりますから、同じ出来事あっても、記事の書き方が異なります」
アマナは、呪医セプテントリオーの説明にじっくり耳を傾けて言った。
「呪医、知らないコトバで書いてあったら、ニュースがあるかどうかもわかんないって言うのはわかるんですけど、どうして同じコトを書くのに違うニュースになるんですか?」
「嬢ちゃん、半分はわかったのか。賢いなぁ」
アマナの反対隣からクルィーロの手許を覗くメドヴェージが、端末から顔を上げてニカッと笑った。
「嬢ちゃんと兄ちゃんじゃ、背の高さが違うから、見える景色も違うだろ。棚の上が見える、見えないに分かれる。視点ってなぁそう言うこった」
「ん? うん」
「視点が違やぁ見える範囲も違う。例えば、交通事故があったとする。ニュースの書き方が『爺さんが交通事故に遭った』ってのと、『横断歩道を渡ってた爺さんがトラックに轢かれた』ってんじゃ、何か違うだろ?」
「うん」
メドヴェージのトラック運転手らしい説明は、わかりやすかった。
アマナが素直に頷いて先を促す。
「で、『居眠り運転のトラックが、横断歩道を渡ってた爺さんを轢いた』と『休みなしで夜中までコキ使われて居眠り運転したトラックが、深酒で信号無視して横断歩道を渡ってた酔っ払いの爺さんを轢いた』じゃ、どうだ?」
「えぇー……全然違うー」
アマナの隣でエランティスもコクリと頷いた。
メドヴェージの例え話は、やけに具体的だ。
「最後のは、運転手さんが可哀想だけど、他のは悪者みたい」
「なっ。ひとつの出来事でも、何をどこまで調べてどんな風に書くかで、読んだ奴の判断は大違いだ」
「取材に掛けられる時間や、経費、記者の人数の都合もあって、何から何まで詳しく書くのは無理だからね」
老漁師アビエースが付け加えると、子供たちは神妙に頷いた。
「……あっちのニュースじゃ、俺らネモラリス人は、みんなまとめて“邪悪な魔法使いだ”って書かれてんじゃねぇか?」
「悔しいけど、そんな雰囲気の記事、多かったです」
メドヴェージに言われ、クルィーロが声を落とす。
「坊主、おめぇもそこんとこ気ィ付けて読むんだぞ。文章ってなぁ字ィ読めるだけじゃ本当に読めたとは言えねぇんだ」
「えぇッ? 何だよ、その、ホントに読むって」
急に話を振られ、少年兵モーフが声を裏返らせる。メドヴェージは大袈裟に眉を寄せ、肩を竦めた。
「わかんねぇか?」
「わかんねぇから、聞いてんのに!」
「坊や、メドヴェージさんが言いたいのは、一方の言い分だけ聞くんじゃ足りないから、もう一方の言い分や、中立の立場から見た客観的な意見……大事なことを決める時には、いろんな意見を見比べなきゃいけないって言うことだよ」
老漁師アビエースが、お茶のおかわりを用意しながら助け船を出す。
モーフは神妙に聞き入ったが、項垂れてしまった。
「難しくてよくわかんねぇけど、もっといっぱい、三倍は読まなきゃなんねぇってコト?」
「時間に余裕があるなら、そうした方がいい。例えば新聞」
「新聞は……まだ難しいよ」
モーフが荷台の隅にチラリと目を遣ると、ピナティフィダもつられて見た。
老漁師アビエースがやさしく言う。
「今は焦らなくていいから、読めるようになった時に思い出しておくれ。……地方新聞は地元のニュースを詳しく書いて、外国のニュースは少ないし、湖南経済新聞は同じニュースでも、おカネの方向から書くんだよ」
「カネの方向って?」
「さっきの事故の例で言うと、運送会社と運転手さんとお爺さん、事故の責任が誰にあって、誰が幾ら損害賠償のおカネを払って、誰が受け取って、荷主への送達遅延の賠償や、治療費は誰が出すのかを詳しく書くよ」
「あの新聞って、カネのハナシばっかしてんのかよ」
少年兵モーフが呆れた声を出し、再び振り向く。
「勿論、他のことも載せるけど、経済新聞だからね。おカネの話題は多い」
「世の中には、色々な立場や価値観があるので、物事をひとつの側面から見るだけでは、不充分なのです」
子供たちは、老漁師と呪医の説明にわかったような、わからないような顔で頷いた。
☆敵国の選挙情報……「868.廃屋で留守番」「1022.選挙への影響」参照
☆去年、ラジオで言ってたとこ……「328.あちらの様子」「347.武力に依らず」「371.真の敵を探す」、声明の内容「353.いいニュース」参照
☆主な支持層は、音楽家団体「安らぎの光」とそのファン層、そして、平和を求める市民団体の連合会
安らぎの光……「693.各勢力の情報」「703.同じ光を宿す」「803.行方不明事件」「856.情報交換の席」「868.廃屋で留守番」参照
平和を求める市民団体……「162.アーテルの子」「164.世間の空気感」「371.真の敵を探す」参照
☆その人たちの記事……つい最近、デモが鎮圧された「1120.武器職人の今」参照




