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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十九章 警醒

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1126.癒せない悩み

 ……こんなことなら、もっと【白き片翼】学派もしっかり学ぶのだった。


 村人の治療を終え、一人になった途端、何度目になるかわからない溜め息を()いた。呪医セプテントリオーは、村で唯一の小中一貫校の保健室を臨時診療所にし、魔獣の群と戦った自警団の治療に当たる。


 軽傷者は、薬師(くすし)アウェッラーナが用意してくれた傷薬を使い、尾の蛇に咬まれても毒消しがある。

 懸念した程には、呪医セプテントリオーの負担は重くなかった。


 ……それでも、病はどうにもできない。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、他所へ出掛ける度に解熱剤など対症療法用の薬を少しずつ作り、密かに備えを進めるが、内心、穏やかではないだろう。



 一昨日、臨時政府が、ネモラリス島北東部ミャータ市以東への立入制限を実施した。表向きは「魔獣の群が出現した為」だが、真の理由は、麻疹(はしか)の流行を封じ込める為だ。


 移動放送局プラエテルミッサの一行は、外部の情報を得られたが、地元住民のパニックを防ぐ為、小学生の二人でさえ知らないフリで通す。


 政府軍は、アーテルとの戦争に兵員を取られ、魔獣退治までは手が回らないと説明した。地方の住民は納得した訳ではないが、逆らうことなどできよう筈もなく、粛々と日々の営みを続ける。

 一般の国民にできることなど、ないに等しい。疫病の流行を教えれば、却って不安を煽り、取り返しのつかない事態を招きかねなかった。


 複数の村が相談し、自警団を結成して四眼狼(しがんろう)の群と戦い続ける。

 本職の狩人はほんの数人で、自警団の大半が素人だ。目撃情報を受けて出動しても確実に倒せる訳ではなく、一度に駆除できるのはせいぜい一頭か二頭。毎回出るのは怪我人だけだ。

 何も知らないこの付近の村人たちは、四眼狼の駆除で一喜一憂した。


 ……教えたところで、苦しめるだけだ。


 沈黙の重みが胸を圧迫し、また、溜め息に変わる。



 移動放送局のトラックに戻ると、丁度、地下街チェルノクニージニクに出掛けた薬師(くすし)アウェッラーナと工員クルィーロが帰って来た。

 「おかえりなさい」

 「ただいま。呪医(せんせい)もお疲れ様です」

 互いの無事な姿にホッとする。

 「手に入りました」

 クルィーロが少年のように瞳を輝かせ、タブレット端末をこちらに向ける。


 その声で、アマナが荷台から飛び出した。

 「お兄ちゃん、おかえりなさい!」

 「ただいま。勉強、(はかど)ったか?」

 他愛ない話をしながら、手を繋いで荷台に上がる。


 力ある民と力なき民の三組、葬儀屋アゴーニとレノ店長、アナウンサーのジョールチとパドールリク、DJレーフとソルニャーク隊長は、【跳躍】で遠方に出掛けてまだ戻らない。


 老漁師アビエースが妹の無事な姿に顔を(ほころ)ばせ、みんなにお茶を淹れてくれた。

 「ここじゃインターネットに繋がらないんで、端末にデータ入れて来ました」

 「へぇー、こんなちっせぇモンになぁ」

 メドヴェージが横から覗いて首を傾げた。

 「ん? ファーキル君のと随分、違うな。機種が違うのか?」

 「機種も違いますけど、契約が……新聞とか買えなくて、無料で見られるのを複写して保存したから、表示が違うんです」

 「タダで新聞読ませてもらえンのか?」

 メドヴェージが目を丸くする。

 「少しですけどね。広告の表示が邪魔だし……まぁ、タダで見せてもらって文句言っちゃ悪いですけど」

 「まぁなぁ」

 メドヴェージと老漁師アビエースが同時に苦笑した。


 ……若いだけあって、流石に順応が早いな。


 クルィーロが、運び屋フィアールカからタブレット端末を受け取ったのは今日の筈だが、もうこんなに使いこなし、問題点にも気付いたらしい。

 戦争前は工員で、元々機械に強いのだろう。魔法を使うのは苦手らしいが、端末を手にした彼は水を得た魚のようだ。



 「何か目新しい情報が入りましたか?」

 呪医セプテントリオーが聞くと、クルィーロは端末から顔を上げた。何とも言えない表情だ。

 「アーテルの国内ニュースは、選挙の件が多いですね」

 「選挙ですか。ファーキル君も少し前から集めていますが……」

 「まとめた時に内容が被っても、こっち用にってコトで。今週から不在者投票が始まったとか、候補者の動向と主張、争点に対する意見」

 「お兄ちゃん、そーてんって何?」

 アマナが聞くと、エランティスと少年兵モーフもクルィーロに注目した。


 「えぇっと……みんなが気にしてることだな。今回は国政選挙と大統領予備選だから、その候補者がどんな考えを持ってて、国全体の方針に関することをどうしようと思ってるか……例えば、戦争のことだったら、うん、まぁ……大体がネモラリスを滅ぼせ! みたいなのだったけど、まぁそんなカンジ」


 セプテントリオーは、選挙権を得て数年経つか経たないかの若者が、民主主義の仕組みをきちんと理解していることに驚いた。


 ……共和制移行後に生まれた者は、学校で、国政や選挙に関する教育を受けられたのか。


 自身を振り返り、申し訳なくなる。

 選挙公報が配布されても、表の見方がわからず、中身をじっくり吟味したことがない。

 顔見知りが立候補した年は、気が向けば投票したが、そうでなければ、忙しさを言い訳に投票所へ足を運ばず、時間を作って不在者投票に行くこともなかった。


 子供たちが理解したと見て、セプテントリオーは質問を続けた。

 「そうなのですか。戦争に反対する意見は、ひとつもニュースで取り上げられないのですか?」

 「えーっと、ちょっと待って下さいね。……どこやったっけな?」

 呪医が重ねて質問すると、クルィーロはあぁでもない、こうでもないと端末を撫で回し、目当ての情報を探した。

☆麻疹の流行を封じ込める為/移動放送局プラエテルミッサの一行は、外部の情報を得られた……「1058.ワクチン不足」「1090.行くなの理由」「1117.一対一の対話」「1118.攻めの守りで」参照

☆取り返しのつかない事態……既に発生「1090.行くなの理由」参照

☆葬儀屋アゴーニとレノ店長(中略)【跳躍】で遠方に出掛け……「1116.買い手の視点」参照


☆アーテルの国内ニュースは、選挙の件が多い……「291.歌を広める者」「867.報道しない話」「868.廃屋で留守番」「1022.選挙への影響」参照

※ ネモラリス共和国は、戦争を理由に死亡議員を補充する選挙を行っていない……「378.この歌を作る」「415.非公式の視察」「0983.この国の現状」参照


☆民主主義の仕組み……「370.時代の空気が」「613.熱弁する若者」参照

※ 魔装兵ルベルの選挙への認識も、呪医セプテントリオーと大差ない……「756.軍内の不協和」「0996.議員捕縛命令」参照

※ ゼルノー選挙区の有権者も、割とぬるい反応……「0974.行方不明の子」参照

※ クルィーロの認識……「0983.この国の現状」参照


 ▼「この付近の村」はカーメンシク市とミャータ市の間の地域。

挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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