1125.制作費の支払
針子のアミエーラは、後輩のサロートカが作った衣裳に袖を通した。
あれから自分で【魔除け】と【耐暑】の刺繍を入れ終え、翌日には【編む葦切】学派の縫製職人に術を起動してもらった。
「初めてなのに、スゴイじゃないか」
ふたつの術がきちんと作動し、職人に褒められたのを思い出す。
「君、【歌う鷦鷯】より、こっちの方が向いてんじゃないか?」
「戦争前は、針子の仕事で普通の刺繍をしたから、慣れてるだけですよ。まだ、どちらをちゃんと勉強するか決められなくて……」
「両方やればイイんじゃねぇ?」
「えっ? いいんですか?」
職人がニヤリと笑う。
「そりゃそうさ。迷うってコトはどっちも興味あンだろ。彼氏じゃあんめぇし、無理にどっちか決めなくても、両方やったっていいって言うか、色々知ってた方が便利だぞ」
あの時は、曖昧に笑うしかなかったが、その夜、寝る前に薬師アウェッラーナを思い出して納得した。
湖の民アウェッラーナは、大学で【思考する梟】学派を修めた薬師だが、実家が漁師で、家族から【漁る伽藍鳥】学派も教わり、日常生活で使う【霊性の鳩】学派の術もたくさん使える。
呪医セプテントリオーと同じ【青き片翼】学派の術も少し使え、【白き片翼】学派もわかるらしいのは、病院勤めだったからだろう。
改めて考えると、彼女が学べる機会と必要に応じて、どんどん使える術を増やしたのがわかった。
……私も、そうやって少しずつ勉強すればいいのよね。
そう気付いて以来、ずっと祖母フリザンテーマが残してくれた手帳を肌身離さず持ち歩くようになった。
今日も、衣裳に合うように作ったポシェットに入れてステージに立つ。
今日まで、大伯母カリンドゥラや市民楽団のオラトリックスなど【歌う鷦鷯】学派の術者であり、プロの歌手でもある者たちや、フラクシヌス教の聖歌隊、アーテル出身の平和の花束、難民キャンプの人々……リストヴァー自治区に居た頃には想像もつかなかった者たちと共に歌ってきた。
……だから、今日も大丈夫よ。
神殿の前庭に簡易舞台が設えられ、客席と物販の準備が着々と進む。
今回のチャリティーコンサートで共に歌うのは、ネモラリス難民二十人と、夏の都北神殿聖歌隊の八人だ。今日はここを含め、夏の都内の五カ所とパテンス市内の各五カ所で、同時にチャリティーコンサートが催される。
企画したのは、大伯母カリンドゥラこと歌手のニプトラ・ネウマエを中心とした難民支援者だ。
学校が夏休みの間、八月の各旬に一回ずつ開催し、難民の参加者は毎回、総替えする。歌い手の他、裏方や物販担当も居て、一会場当たり百人前後が難民キャンプから街へ出る。
難民たちは昨日、バスで夏の都に到着し、久し振りにラキュス湖を見て、パニセア・ユニ・フローラの神殿に参拝した。
今日は、内陸部の難民キャンプで会った時とは比べ物にならないくらい活き活きとして、慣れない作業に勤しむ。
作業風景が、控室として用意された集会所の窓から見える。慌ただしくあるが、遣り甲斐があり、充実して見えた。
パイプ椅子の配置が進む中、先に物販の準備が整い、アミトスチグマ人が参拝のついでに立ち寄る。
本当の目的は、難民にアミトスチグマ王国内の土地勘を付けさせ、今後は自力で【跳躍】して参拝させることにある。数十万人の難民に対して、微々たるものだが、今は少しずつ人数を増やすしかなかった。
「よっ! 衣裳、結構似合ってンじゃないか」
不意に声を掛けられて振り向くと、いつの間に来たのか、段ボール箱を抱えたラゾールニクが居た。どう反応したものかと戸惑うアミエーラに構わず、用件を告げる。
「これ、例のCD。増産してもらったから、今日の物販で売ってくれる?」
「えっ?」
「売上はそのまま難民キャンプに持って帰ってくれ。売れ残りは別の日程でまた売るから、この部屋に置いといて」
AMシェリアクの特別番組「花の約束」を丸ごと収録したCDだ。
ジャケットで、平和の花束の四人が可愛らしい衣裳を纏って微笑む。
アミエーラは思い切って聞いてみた。
「アルキオーネちゃんたち、これの売上のこと、気にしてましたよ」
「あれっ? 言ってなかったっけ? 誰か言うと思ったんだけどな」
「誰が説明するか、決めてなかったんですか?」
「報告書には入れてあったんだけど……まぁいいや。製造の経費は作った奴に払って、残りの半分は難民キャンプの支援、もう半分は、半年後にまとめて作詞のルチー・ルヌィさんと、作曲のラクエウス先生、スニェーグさんと君たちに渡すって書いてあるよ。後でファーキル君に見せてもらうといい」
ラゾールニクが段ボールを置いて、タブレット端末を撫でる。
アミエーラは、報告書の題名と送った日付を手帳にメモした。あの時、エレクトラが見たのとは別のファイルだ。
「支払方法もここに書いてあるよ」
「ありがとうございます。半年後……年末頃なんですね」
「普通の三分の一くらいの値段にしたから、あの人数に小銭チマチマ寄越すの面倒なんだよな」
普通は幾らなのか知らないが、その三分の一は、アーテル人に「タダより怖い物はない」と警戒されず、子供の小遣いでも買える価格なのだろう。
「私、殆ど何もしなかったのに、作曲者に入っていいんですか?」
「記録係だったんだろ? ちゃんと働いたんだから、もらっときゃいいんだよ」
「そう言うものなんですか?」
「今日も、チャリティーコンサートで歌うんだろ?」
「は、はい! 頑張ります」
壁の時計を見ると、本番まで残り三十分だ。
パイプ椅子を並べ終えた裏方たちが、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、涼しい控室に入って来る。
「ここの撮影係、俺なんだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
無償で働くボランティアが居る中で、対価を受け取っていいものか、引っ掛かるが、今日は時間がない。ラゾールニクを物販係に引き合せて簡単に紹介すると、リハーサル場所へ急いだ。
☆後輩のサロートカが作った衣裳/刺繍を入れ……衣裳「804.歌う心の準備」、この時点では途中「813.新しい年の光」参照
☆迷うってコトはどっちも興味あンだろ……「252.うっかり告白」「541.女神への祈り」参照
以前は、力ある民として生きるか、信仰を取るかで迷った。
☆祖母フリザンテーマが残してくれた手帳……「0102.時を越える物」「118.ひとりぼっち」「252.うっかり告白」「275.みつかった歌」参照
☆AMシェリアクの特別番組「花の約束」……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆特別番組「花の約束」を丸々収録したCD……「1065.海賊版のCD」参照
☆これの売上をどうするか気にしてた/あの時、エレクトラが見た……「1067.揉め事のタネ」参照
☆作詞のルチー・ルヌィさんと、作曲のラクエウス先生、スニェーグさんと君たち……「0987.作詞作曲の日」参照




