1124.変えたい社会
「購入費用の出所は、原稿料と印税ですから、問題ありませんよ」
スキーヌムは、アウェッラーナたちが聞かないカネの話まで始めた。
「神学校に入学させられてから、実家の家計からは切り離されました。出版社には、全部ウェブマネーの口座に振込んでいただいて、税金とかも自分で処理して、たくさんあっても仕方がないので殆ど寄付して、その残りを時々現金化していました」
「ウチはウェブマネー使えないからね。端末を仮契約して、ネット通販でお買物したのを上の営業所留めで送ってもらって、私が受取ったの」
「これが、その……パソコン? 店長さん、剣と魔法だけじゃなくて、パソコンも使えるんですか?」
クルィーロが、カウンター上の段ボール箱に目を丸くする。
元騎士の【編む葦切】学派の術者は苦笑した。
「無理よ。近所のお店に転売して、タブレット代に換えるのよ」
箱の表示には、共通語で「バルバツム連邦製」とある。
薬師アウェッラーナは、地下街チェルノクニージニクに居ながらにして、アルトン・ガザ大陸の品を取り寄せられるのが不思議だった。
「あれっ? 別に呪符屋でバイトしなくても、生活できるんじゃ……?」
「この街に居場所が欲しかったんです」
クルィーロが気付いた疑問に、意外な答えを返された。
……あのお店が、このコの居場所?
湖の民の職人ゲンティウスが経営する呪符屋だ。
キルクルス教の神学生だったスキーヌムが、魔法の品を扱う店で働く気になった経緯を思うと、気の毒になった。
……本土に戻らないで、ずっとここに住むのに決めたってコトよね。
アーテル共和国内では、彼のように魔力を持つキルクルス教徒の子が、どれだけ産まれただろう。
単に魔法文明国に引越せばいいと言う問題ではない。
ロークとファーキルの報告では、力ある民だと発覚し、身内に殺された子も多いと読んだ。命があるだけマシなどと言えるのは、アーテルのキルクルス教社会で、力ある民として生きる苦しみを知らないからだ。
ラクエウス議員ら、半世紀の内乱前を知る者は、本来のキルクルス教は、魔術の全てを否定するものではないと言った。
……国がひとつに戻れば、このコの苦しみはなくなるのにね。
「端末代の支払いは、今日の分で終わって、本契約になりました」
「いつから持ってたんだ?」
「獅子屋さんでヂオリート君の話を聞いてからです。……あ、ヂオリート君をご存知ですか? あの……えっと」
「ローク君の報告書で読んだよ。裏口入学の件で苦しんでる神学生のコだろ?」
クルィーロが答えると、スキーヌムは複雑な表情で肯定した。
「ヂオリート君のことで悩んで、僕にできることでアーテルを変えたいと思ったんです」
「どうして、そのコのことであなたが悩むの?」
アウェッラーナは、自分のことだけでも大変だろうと思い、話が見えなかった。
「アーテルは、信仰の為に戦って半世紀の内乱で独立を勝ち取りました。でも、その信仰が歪んだから、彼のように不正で苦しむ人が出るのだと思ったからです。僕は、ヂオリート君の話を聞くまで、教団内にそんなことがあるなんて、全く知りませんでした」
「それでも、そのコの話を信じたの?」
薬師アウェッラーナには、スキーヌムがヂオリートの身の上話をすんなり信じたことの方が、信じられなかった。
スキーヌムは、羞恥と悔悟が綯交ぜになった目を潤ませて答える。
「ショックでしたし、すぐには信じられませんでした。そんなハズないと何度も心の中で否定して……でも、ヂオリート君が嘘を吐いたようには見えなくて、それを確めたくて、端末が欲しかったのです」
「インターネットってそんなコトまでわかるの?」
驚いたのは、アウェッラーナだけではない。クルィーロとクロエーニィエ店長も、同じ表情で元神学生を見た。
「真実まではわかりません。でも、SNSには、教団の腐敗に苦しむ人の声がたくさんありました。どうして今まで気付かなかったのかわからないくらい、たくさん……」
ラゾールニク、フィアールカ、クラウストラ……活躍と言うより、暗躍と呼びたいような活動を続ける三人は、いずれも、アーテル人の協力者が居ると言った。
……その人たちの中には、キルクルス教が支配する社会を壊したいとか、教団に仕返ししたいって思ってる人も居るんでしょうね。
「アーテルをどんな風に変えたくて、お話を書いてるの?」
淡い色の瞳が、薬師アウェッラーナの緑の瞳に焦点を結んだ。目を逸らさず答えを待つ。
「魔力の有無や、信仰の違いで差別されない世の中になって欲しいのです。キルクルス教本来の信仰に立ち帰れば、可能な筈ですから」
「それって、昔のラキュス・ラクリマリス王国みたいにするってコトよね?」
長命人種の元騎士クロエーニィエが、カウンターに肘を突いて小首を傾げる。
「僕はその時代を知りません。でも、過去にそんな時代があったのなら、もう一度、実現できると信じて書き続けられます」
元神学生の覆面作家は、祈るように決意を告げた。
☆ウェブマネーの口座/たくさんあっても仕方がない……「324.助けを求める」「333.金さえあれば」参照
※ 審査が緩いところは業者自体がキケンかもしれない。
☆殆ど寄付……「795.謎の覆面作家」参照
☆その残りを時々現金化……参考書代「843.優等生の家出」参照
☆スキーヌムが、魔法の品を扱う店で働く気になった経緯……「801.優等生の帰郷」~「803.行方不明事件」「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」「1068.居たい場所は」参照
☆力ある民だと発覚し、身内に殺された子……「511.歌詞の続きを」「590.プロパガンダ」「753.生贄か英雄か」「795.謎の覆面作家」「809.変質した信仰」「812.SNSの反響」参照
☆ラクエウス議員ら(中略)魔術の全てを否定するものではないと言った。……「857.国を跨ぐ作戦」~「861.動かぬ証拠群」「887.自治区に跳ぶ」~「891.久し振りの人」「0989.ピアノの老人」「0993.会話を組込む」「1092.バザーの準備」参照
☆獅子屋さんでヂオリート君の話を聞いて……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
※ その少し前、アウェッラーナたちと顔を合わせたが、その時点では未購入……「856.情報交換の席」参照
☆アーテル人の協力者が居る……「515.アイドルたち」「567.体操着の調達」「588.掌で踊る手駒」~「590.プロパガンダ」「1000.廃病院の探索」「1001.蠍のブローチ」参照
▼ラキュス湖南地方、地下街チェルノクニージニクはランテルナ島にある。
▼アルトン・ガザ大陸




