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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十九章 警醒

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1123.覆面作家の顔

 薬師(くすし)アウェッラーナと工員クルィーロは、地下街チェルノクニージニクで二泊した。宿に籠って、運び屋フィアールカと契約した「虫下し千回分」を作り、呪符屋へ届けに行く。

 ついでに郭公(カッコウ)の巣に寄った。僅かに開いた扉の隙間から、先客の話声が漏れる。


 「じゃあ、ロークさんには内緒にして下さいね」

 「勿論(もちろん)よ。本人がいいって言わない限り、誰に何を売ったかなんて、フツーは言わないもの」


 呪符屋の店番……元神学生の声だ。

 二人は顔を見合わせ、足を止めた。

 魔法の道具屋は狭い通路の突き当りで静かな分、中の話し声がよく聞こえる。元神学生スキーヌムは、こちらの足音に気付かなかったようだ。


 なんとなく入り(にく)く、息を殺して戸の隙間から窺う。

 カウンターには大きな段ボール箱が置いてあるが、内緒の買物とやらはそれではないらしい。クロエーニィエ店長が戸棚から名刺入れのようなものを出し、一枚だけ抜いてスキーヌムに渡す。


 「有効期限は登録から二カ月。期限内に新しいのを登録すれば、残高が引継がれるから、忘れずに登録しに来てね」

 「はい。またその前に必要な物を教えて下さい」

 スキーヌムのもう一方の手には、タブレット端末があった。

 クルィーロが吸い寄せられるように入店し、止める間もなく声を掛ける。

 「こんにちは。それって日之本帝国製の端末だよね? ちょっとだけ見せてもらっていい? ダメ?」

 アウェッラーナは慌てて中に入った。

 元神学生が、瞳を輝かせた魔法使いに青褪める。顔見知りに怯えられ、クルィーロは肩を落とした。


 クロエーニィエ店長が、取り成すような営業スマイルで迎える。

 「あら、二人ともいらっしゃい。何がご入り用かしら?」

 「こんにちは。私たちが買うんじゃなくて、値段を聞いて来て欲しいって頼まれたんですけど、【耐衝撃】の【護りのリボン】と【守りの手袋】って小麦とか農産物だと、どのくらいで交換してもらえるんですか?」

 「ん? あぁ、村の人が要るのね?」

 「はい。四眼狼(しがんろう)の群と戦ってるんですけど、怪我人が多くて……」

 アウェッラーナが言葉を切ると、クロエーニィエ店長は力強く言った。

 「要は、魔力の負担が軽くて着脱しやすい防具が要るのね? 在庫はたくさんあるから、心配しないで」

 「そうです。盾とかも、あれば欲しいそうなんですけど」

 「盾は……ちゃんとした訓練受けてないと、扱いが難しいのよ」

 「軽くて小さいのでも、ですか?」

 アウェッラーナは意外だった。


 クルィーロの青い眼は、スキーヌムの手にある端末に釘付けだ。


 「それなら【不可視(みえず)の盾】の方がマシね。素人だと攻撃の受け流し方が身に着いてないのに、盾の存在だけで安心しちゃって逃げ遅れたり、盾が邪魔で却って戦い(にく)くなったりするから」

 「そう言うものなんですか……?」

 「物体の盾がなければ、魔獣の攻撃が届く間合いに入らないように気を付けるでしょ?」

 「あぁ……そう言われてみれば、魔法で遠くからどうにかしようとしますね」


 クロエーニィエ店長は、筋肉質な身体をレースやフリルたっぷりのエプロンドレスで包んだ今も、元騎士だけあって戦い方に詳しかった。

 太い指が優雅な動きでメモ用紙に何事か書き付ける。

 「じゃ、これ、交換の相場よ」

 「ありがとうございます」


 アウェッラーナがメモを手帳に挟んでも、クルィーロはまだ動かない。スキーヌムが、か細く震える声で言った。


 「あ、あの、僕が端末を持っていること、ロークさんには内緒にして下さいませんか?」

 淡い色の目が潤む。

 クルィーロが改めて驚いてみせた。

 「えっ? 家出したのに実家から持って来たのか? GPSで居場所」

 「いえ、このお店で買いましたから、それは大丈夫です。でも、ロークさんに叱られるかもしれないので、その……」

 簡単な誘導尋問にあっさり引っ掛かり、余計なことまで口走る。何故、彼がタブレット端末を持つとロークが叱るのか、話が見えない。

 この分なら、近い内に自分から口を滑らせる気がしたが、アウェッラーナは黙っておいた。


 ……色々あるんでしょうね。


 「黙っとく代わりに、それで何するつもりなのか、教えてもらっていいかな? ヤミ端末……しかも日之本帝国製なんて、無茶苦茶高いんじゃないのか?」

 「小説の更新です。多分、この内容では出版できないので、ネットで」

 「小説?」

 三人同時にひ弱な少年の顔を見た。

 「僕にできることで、アーテルを変えたいんです」

 「国を変えるですって? 小説でそんなコトできるの?」

 クロエーニィエ店長が(いぶか)った。元騎士を見詰め返す淡い色の瞳には、強い決意の光が宿る。

 「勿論(もちろん)、今すぐには無理です。でも、読んだ人が、現実の社会の矛盾について、少しでも考えるきっかけになればと思って、ずっと書き続けてきました」

 「あら、書き掛けのがあったの」


 「二十六巻まで出版されて、二十七巻の〆切が近いんですけど、それとは別に無料で公開するウェブ版を……」

 「自費出版?」

 クルィーロの問いは、明らかに「違うのを確める声」だ。

 案の定、スキーヌムが首を横に振る。アウェッラーナは思わず確認した。

 「えっ? 本屋さんで売ってる本なんですか?」

 「はい。三巻まではネットで無料公開していますから、ダウンロードすれば読めますよ」

 「それってどこのサイト?」

 クルィーロがポケットから手帳を出して聞く。スキーヌムは端末を操作して、場所とダウンロードの仕方を説明した。


 ……このコ、プロの小説家ってコトよね? 神学生だったのに?


 スキーヌム少年は、昨年末から「行方不明」だ。親は捜索願を出さなくても、出版社が出したのではないか。

 「私たちが言わなくても、原稿を渡す時、出版社の人に居場所が知られちゃうんじゃありませんか?」

 「お気遣いありがとうございます。打合せなども全部ネットで済ませますから、大丈夫ですよ」

 「会社の人と会わないのに、本が出るんですか?」

 アウェッラーナは本当に驚いた。

 大学生の頃、出版社の担当編集者は、何度も教授の(もと)に通い、二年近く掛けて魔法薬の素材に関する専門書を刊行した。


 ネモラリスとアーテルでは、この三十年で、仕事の進め方まで全く変わったらしい。

 薬師(くすし)アウェラーナは、常命人種にとっての三十年の重みを改めて痛感した。

☆運び屋フィアールカと契約した「虫下し千回分」……「1106.ふたつの契約」参照

☆名刺入れのようなもの……「333.金さえあれば」「334.接続料の補充」参照

※ ネット接続料のプリペイドカード


☆二十六巻まで出版/三巻まではネットで無料公開……「764.ルフスの街並」「794.異端の冒険者」~「796.共通の話題で」参照

☆スキーヌム少年は、昨年末から「行方不明」……「843.優等生の家出」~「847.引受けた依頼」参照

☆親は捜索願を出さなくても……「801.優等生の帰郷」~「803.行方不明事件」「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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