1122.光を乞う祈り
「次の議題は、ルフス光跡教会に派遣されましたレフレクシオ司祭の近況についてです」
司会進行役のヌーベス司祭の一言で、場の空気が引き締まる。
「この件につきましては、一般信徒の方々が動揺するといけませんので、この場限りでお願いします」
マスコミの三人は不服そうな顔をしたが、敢えて聖職者に逆らおうとはしなかった。
建築分野の星道の職人……大工の親方がヌーベス司祭に視線で不安を訴える。東教区のウェンツス司祭が、安心させるような微笑を親方に向け、年若い司祭に向き直った。
「フェレトルム司祭、レフレクシオ司祭のお加減はいかがですか?」
「昨日、ようやくメールが届きまして、まだ退院はできないものの、命に別条はないとのことです」
バンクシア人のフェレトルム司祭の為、そして、一般信者に漏らさない為、この場の会話は全て共通語で交わされる。リストヴァー自治区東教会を話し合いの場に選んだのも、この為だった。
信仰心が篤く、共通語も堪能な自治区民八人が、固唾を飲んで大聖堂から来たエリート司祭の言葉を待つ。
フェレトルム司祭は、アーテルで報道された情報を簡潔に語った。
ルフス光跡教会で、夕べの祈りの最中に魔獣が侵入し、多数の信徒が死傷した。レフレクシオ司祭は、逃げ遅れた信徒を助けようと留まったが、一人の少年に刃物で刺された。
魔獣は、偶然居合わせた特殊部隊の隊員が退治し、少年は駆けつけた警察官に逮捕された。
「レフレクシオ司祭は、現在も入院中ですが、その少年に許しを与えました」
八人が同時に嘆息し、祈りの詞を唱和する。
「レフレクシオ司祭は、私用のメールアドレスを使って私に伝言を託しました」
「しようのめー……えー……何ですか?」
大工の親方が首を傾げる。
自治区民の八人は誰一人として、その方面に詳しくない。バンクシア人の司祭は困惑し、小声で幾つか単語を呟いた後、改めて説明した。
「メールアカウント……例えて言うなら、電話番号のようなものです。会社にある自席の電話番号と、自宅の電話番号の違いのような……固定電話と違って、インターネットの回線さえ繋がればどこからでも送れますし、ウェブメールなら使用する端末が異なっても送れます。……ここまで、ご理解いただけたでしょうか?」
クフシーンカたちは、電話で思い描いて前半は納得できたが、後半はよくわからなかった。
……詳しく聞いても、わからないでしょうね。
共通語は堪能でも、日常会話と信仰に関する分野だけで、高度な科学技術の専門用語まではわからない。
誰からも質問が出ず、フェレトルム司祭は話を続けた。
「レフレクシオ司祭は、私用のウェブメールから連絡して下さいました。個人的に親しく、私的なメールのやりとりもありましたので、個人的な用件だと思ったのですが……違いました」
フェレトルム司祭の広い額に汗と苦悩が滲む。
「通常の端末を使用したのでは、アーテル政府の検閲に引っ掛かって送信できないので、特殊な端末を手に入れて送信したとのことで……」
「レフレクシオ司祭は何を……」
星光新聞リストヴァー支社の社会部編集長が、声を詰まらせた司祭に先を促す。
エリート司祭は大きく深呼吸して、一息に言葉を吐き出した。
「キルクルス教団アーテル支部による不正と腐敗、組織ぐるみの犯罪の証拠を私に託して下さいました」
「えッ?」
「ルフス光跡教会に察知されては、握りつぶされるかもしれないから、と」
八人は言葉もなく、フェレトルム司祭を見詰める。
嘘を言うようには見えなかった。
「レフレクシオ司祭が、彼を刺した少年に許しを与えたのは、少年もまた、腐敗の犠牲者だからです。証拠を得たことを気付かれたら、退院できないかもしれないと危惧しています」
「犯罪の証拠なのでしたら、警察に届ければ、保護してもらえませんの?」
老いた尼僧が震える声で呟くと、国営放送の支局長が首を横に振った。
「逆に危険でしょう」
「何故、そんな……」
「アーテルは、教団と政財界の結びつきが強いのです。以前の自治区で星の標に逆らうような」
「そんな……」
老いた尼僧とクフシーンカが同時に口許を覆う。
東教区のウェンツス司祭が半ば諦めた顔で聞いた。
「何とかして、事件の被害者と、レフレクシオ司祭を助けられませんか?」
フェレトルム司祭が硬く目を閉じ、言葉を絞り出す。
「証拠を見ました。……この三十年余りで、大勢の信徒が腐敗の食い物にされ、孤独と絶望の中で、ある者は加害者を手に掛け、別の者は自ら命を絶ち、或いは警察への告発後、姿を消したそうです」
八人がフェレトルム司祭を凝視する。
……星の標とは別に?
それなら、アーテルのキルクルス教団が、国際テロ組織の存在に目を瞑る筈だ。彼らを異端だと指摘すれば、アーテルの教団支部も、痛い所を突かれるだろう。
アーテル政府と現地の教団が、星の標を容認、或いは放置する理由がわかった。
「レフレクシオ司祭の身に万一のことがあった場合は、被害者と遺族から託された証拠を世界中に向けて開示し、腐敗を暴いて欲しいと頼まれました」
「大聖堂に報告しに戻られないのですか?」
西教区のヌーベス司祭が気を揉む。
「帰国させてもらえない可能性があります。私も説得しましたが、アーテルの聖職者全員が腐敗した訳ではないから、何とか自浄作用を働かせられないものか、努力するとのことでした」
「私たちにできることは……」
クフシーンカの問いが消える。
「今は、祈ることだけです。腐敗の犠牲者の魂に平安を、そして、不正の闇に自浄の光を……」
一同は、ウェンツス司祭に続いて祈りを捧げた。
☆レフレクシオ司祭の近況/特殊な端末を手に入れて送信/組織ぐるみの犯罪の証拠……「1108.深夜の訪問者」~「1110.証拠を託す者」参照
☆夕べの祈りの最中に魔獣が侵入(中略)退治……「1071.ルフスの礼拝」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆少年は警察官に逮捕された……「1104.隠せない腐敗」参照
☆アーテルは、教団と政財界の結びつきが強い……政党の支持母体が宗教団体「858.正しい教えを」「868.廃屋で留守番」「870.要人暗殺事件」「1067.揉め事のタネ」、政財界とのパイプ「1112.曖昧な口約束」参照
☆以前の自治区で星の標に逆らう……「018.警察署の状態」「026.三十年の不満」「551.癒しを望む者」、「560.分断の皺寄せ」「561.命を擲つ覚悟」「591.生の声を発信」「859.自治区民の話」「900.謳えこの歌を」参照
前の司祭は星の標に消された「557.仕立屋の客人」参照
☆国際テロ組織……「560.分断の皺寄せ」、「338.遙か遠い一歩」「369.歴史の教え方」「492.後悔と復讐と」参照




