1116.買い手の視点
レノは代表者として、葬儀屋アゴーニに【跳躍】してもらい、アミトスチグマ王国の夏の都を訪れた。
村人から薬の調達代にもらった農産物が、トラックに収容しきれなくなりつつある。相談の結果、薬の素材や呪符、【魔力の水晶】など、嵩張り難い物に換えると決まったのだ。
「そう言や、あの坊主たちが何か催しモンすんの、今日じゃなかったか?」
「チャリティーバザーでしたっけ?」
数日前、アゴーニたちが持ち帰ったファーキルの手紙と報告書で読んだ気がするが、膨大な量があり、日付までは憶えられなかった。
小麦の大袋をひとつずつ肩に担ぎ、もう一方の手には野菜の袋を提げ、滴る汗を拭うこともできずに市場を歩く。
「よ、旦那。今日はどれにします?」
アゴーニが呪符屋に入ると、すっかり顔馴染みになったらしい店主が愛想良く迎えた。続いて入ったレノにも笑顔を向ける。
葬儀屋がメモを見せ、レノは野菜の袋を丸ごと店主に渡した。
「お、スイカあんのかい。ウチの女房が好きでねぇ。皮まで漬け物にして食うんだよ」
店主は【耐暑符】を一枚オマケしてくれた。
何軒も梯子して必要な物が揃うと、少し身軽になった。
……やっぱ【無尽袋】がないとキツいよな。
小麦の大袋を担いで運ぶのは、どう頑張っても二袋が限度だ。
荷台にはまだまだあって、居場所を圧迫する。トラックの荷台には【耐暑符】を貼ってあり、涼しいハズだ。それでも、背丈以上に積み上がった小麦袋の隙間で身を縮めて眠るのは気分的に暑苦しく、ティスが時々うなされて起きる。
……食べ物を邪魔だなんて思うの、悪いんだけどさ。
荷台で身動きする度に、荷崩れで下敷きになりはしないかと、ビクビク身を縮めて暮らすのは気詰まりだ。
農産物とは別に、千年茸と交換してもらった宝石をウェストポーチに入れて来たが、何軒、魔法の道具屋を巡っても、【無尽袋】の在庫はなかった。
嵩を変えずに中身の重量だけ半分にする【軽量の袋】も品薄だ。
自分たちで作ろうにも【編む葦切】学派の高度な術は使えず、平時には安価だった素材も、今は手に入らない。
「みんな、考えるこたぁ一緒だな。どこ行っても品切れとくらぁ」
葬儀屋アゴーニが苦笑し、レノも笑うしかなかった。
「クロエーニィエさんに頼もうかとも思ったんですけど、材料がないと作れませんもんね」
「糸も染料も、魔獣から採る奴ばっかだからな。素人が手ぇ出していいもんじゃねぇ」
レノは汗を拭って頷いた。
鱗蜘蛛の件で仕入れた戦い用の呪符は、まだある。だが、警備員ジャーニトルたちと鱗蜘蛛の死闘を見守ったクルィーロと薬師アウェッラーナの話を聞いて、移動放送局の一行は震え上がった。
材料が簡単に入手できるなら、こんな品薄にはならない。
「おっ? これじゃねぇか?」
アゴーニが不意に足を止めた。指差すのは町内会の掲示板だ。古紙回収のお知らせと並んで、チャリティーバザーの告知がある。簡単な地図が添えられ、どうやらこの市場の近くらしいとわかった。
通行人に尋ねて歩き、会場の公立中学に迷わず着いた。
校庭に屋根だけの簡易テントが並び、意外と客は多い。髪の色は様々だが、緑髪が半分くらい。大抵の者が魔法の服を纏って涼しい顔だ。
……客層これじゃあ、フツーの布製品って売れないだろうなぁ。
森で採れた食材の方が、まだ売れる可能性は高そうだ。
難民の販売ブースはすぐにみつかった。案の定、みんなの顔が暗い。
ふたつのテントを繋げた下で、十数人の売り子が所在なげに佇む。販売自体が初めてなのか、不安そうに目を泳がせる者ばかりだ。
思わず、葬儀屋アゴーニと顔を見合わせる。
「ま、折角来たんだ。坊主に顔見せてやれよ」
「そうですね」
二人でファーキルを捜す。
視界に入る折り畳み机の上には、色とりどりの手芸品が見栄えよく並ぶ。
手に取って見る者はちょくちょく居ても、すぐ申し訳なさそうな顔で置き直して立ち去った。
人が去る度に難民たちの顔が暗さを増す。
「あのー、ファーキル君って」
「えっ? は、はいッ!」
……あ、何だ。机の下に居たのか。
突然、目の前に現れて面食らったが、気を取り直すと自然に笑みがこぼれた。
「え、えっと、久し振り。元気だった?」
「はい。店長さんもお元気でよかったです。他のみんなは……」
「今日はアゴーニさんと二人なんだ。……みんなも元気だよ」
ただの挨拶ではなく、例の報告を読んで本当に心配してくれたのだと気付き、付け加えた。少年の肩から力が抜け、笑顔が明るさを増す。
「へぇー、結構、色んなモン売ってんだな」
アゴーニが、緑の眉を下げてぎこちない笑みで言うと、難民たちの視線が集まった。全員、陸の民だ。
「さっき、お茶とクッキーが売り切れになって、今はこれだけなんですよ」
予想通りの展開で、レノは少し胃が痛んだが、笑顔を崩さず喜んでみせた。
「へぇー、よかったなぁ。お茶って、森で採れた奴?」
「はい。お茶、こんなに人気あるんなら、もっと持ってくればよかったなって」
「今月、他のとこでも物販するんだろ? 今回が初めてだったら、売れ筋を見極める回って割り切って、次の時に何持って行くか計画を練ればいいんだよ」
「そうですよね」
ファーキルだけでなく、難民たちの顔色もよくなる。
「お知り合いの方ですか?」
「以前、一緒に旅した葬儀屋さんとパン屋の店長さんです」
ファーキルの簡潔な説明で、難民たちの視線が集まった。
若者がレノの前に立ち、机に手をついて身を乗り出した。
「店長さん、厚かましいお願いで恐縮ですが、次回の計画ってどうやって考えればいいか、教えて下さい。なんでしたら、情報料に、売り物を幾つか持ってって下さっても……」
「あぁ、いえ、いいですよ。そんな……ファーキル君とは仲間で、ちょくちょく手紙とかで情報交換してるんで」
レノが恐縮して手を振ると、難民の目がファーキル少年に移った。
「店長さん、いいんですか?」
「だって、売り物だろ?」
「タダで教えてもらうのが気詰まりってんなら、もらってもいいんじゃねぇか? 情報がカネんなるってなぁ、ジョールチさんに散々教えてもらっただろ」
「う~ん……俺、パン屋だから、食品系の商品しかわかりませんけど……」
前置きして思いつきをポツポツ語ると、難民たちはレノが申し訳なくなるくらい熱心にメモを取った。
☆千年茸と交換してもらった宝石……「571.宝石を分ける」参照
☆糸も染料も、魔獣から採る奴……【無尽袋】の素材「342.みんなの報告」「479.千年茸の価値」「855.原材料は魔獣」「0936.報酬の穴埋め」参照
☆鱗蜘蛛の件で仕入れた戦い用の呪符……「857.国を跨ぐ作戦」参照
☆警備員ジャーニトルたちと鱗蜘蛛の死闘……「0931.毒を食らわば」~「0936.報酬の穴埋め」参照




