1115.売り手の悩み
午前十時、澄み切った青空の下、主催者が朝礼台に立つ。視線が集まるのを待って開会宣言し、チャリティーバザーが始まった。
会場は夏の都。公立中学の校庭で、屋根だけのレンタルテントの下に長机とパイプ椅子を並べ、思い思いの品を売る。来場者は、ほぼ地元の家族連れだ。
ファーキルは写真を撮るのを諦め、しばらく売り子に専念して様子を見ることにした。
「たくさん売れるといいんだけどねぇ」
「初めてだし、まぁ……気晴らしになるから、いいんじゃない?」
ネモラリス難民たちが引き攣った笑顔で囁きを交わす。
手芸品や食品は、他所のテントにもあった。
アミトスチグマ人の地元客は、テントの間をのんびり歩いて品定めをし、知り合いのテントをみつけてお喋りに興じる。
出店側は熱心に呼び込みをするところもあれば、本を読む者や隣とのお喋りに夢中な者も居て、温度差が激しい。
……でも、生活懸かってるガチ勢って、ここだけなんだよなぁ。
今、出店テントに居るネモラリス難民は十二人。力ある民は二人だけだ。
難民キャンプ第一区画から第二十五区画で代表を八人ずつ募り、夏の都とパテンス市に振り分けた。
五十人が夏の都に到着したのは昨日で、支援者マリャーナが手配してくれた庶民的な宿に泊まった。パテンス市は難民キャンプに最も近い為、そちらの五十人を乗せたバスは今朝、出発したハズだ。
平野部のテント村は、まだ生活が不安定でそれどころではない。更に森林を伐り拓いて区画を広げなければならないが、その前に戦争が終わると楽観視する者は、一人も居なかった。
……ここは、こんなに平和なのにな。
普通の休日に身を置くのに、自分たちだけが部外者のように感じられ、ファーキルは何となく悲しくなった。平和な日常が目の前にあっても、自分たちのものではなく、どうすればいいかわからないくらい遠い。
難民たちをそっと窺う。
預かった売り物の在庫を調べる者、机に並べた商品を整頓する者、行き交う人々をぼんやり眺める者。
少し緊張はあるが、彼我の違いに悲しむ様子は見られなかった。
何人か、足を止めて机上を見たが、誰もが手に取ることさえせずに離れて行く。
若者の中には、タブレット端末をいじりながら歩く者がちらほら見えるが、子連れの大人は端末を持っているかどうかもわからない。
……アミトスチグマじゃ、まだそんなに普及してないのかな?
SNSの宣伝は数千回以上拡散されたが、地元民に届かなかったかもしれない。
徒労感に漏れそうな溜め息を堪え、ファーキルは思い切って声を出した。
「森の香草で作ったお茶、いかがですかー。お茶請けのお菓子もありますよー」
行き交う人々がチラリとこちらを見た。
緑髪の親子連れが近付き、テント内の緊張が高まった。
「森のお茶って?」
「あぁ、難民キャンプなのか」
ポスターを見て納得する。
ファーキルの隣に立つ若い女性が、ぎこちない笑顔で言う。
「このクッキー、森で採れた木苺をドライフルーツにして混ぜてあるんです」
パテンス市の神殿ボランティアが、バザー用にと他の材料を第一区画に寄付してくれた。売れ残れば、第一区画の子供たちの口に入る。
「湖の民、居ないのに緑青飴でも取引できるの?」
母親が値段表に首を傾げ、クッキーに伸びた小さな手を掴んで幼子を抱き直す。
隣の女性は勢いよく頷いた。
「はい! 今、お参りに行ってますけど、後で交代するんです」
「あぁ、居るの」
「そりゃ、居るでしょ」
いつの間にか足を止める人が増えた。陸の民と湖の民は半々だ。
「じゃ、これとこれちょうだい」
親子連れより後から来た緑髪のおばさんが、香草茶とクッキーを一袋ずつ手に取り、机に緑青飴を一掴み無造作に置く。値段表の交換レートより多いが、おばさんはこれでいいと笑った。
「ありがとうございます。袋、なくてすみません」
「いいよ。持って来たから。頑張ってね」
おばさんが手提げ袋に入れてにっこり笑う。難民女性は目を潤ませ、精いっぱいの笑顔を返して頷いた。
そこからポツポツ売れ始め、呪符と【炉盤】が幾つか出た。
「やっぱ、実用品が人気だよなぁ」
第一陣の交代時には【魔除け】の呪符が完売した。陸の民の青年が嘆息して、隙間に他の呪符を広げて置く。
……袋とか、いっぱいあっても仕方ないもんなぁ。
売れ行きが鈍い物は、移動販売店の頃と重なる。
それでも、無地の袋を買う者が居るのは、素材にするからだろう。
街に来た面々の第一目的は参拝だが、難民キャンプで待つ者たちが、自分の作ったものがひとつも売れなかったと知れば、落ち込みそうだ。
〈ありがとうございます。【魔除け】の呪符、完売です〉
しゃがんでポスターの影に隠れ、SNSに進捗を出す。
ギリギリ嘘にならない言葉で賑いを演出するが、効果の程は定かでない。
……どうやれば、商売として成り立つようにできるんだろうな。
売れない間の難民たちの緊張感を思い、ファーキルは頭を抱えたくなった。
難民キャンプを出て気晴らしするどころか、物販の不振がストレスになったのでは、戻ってからの暮らしが以前よりも辛くなってしまうだろう。
神殿に参拝して、少しでもラキュス湖の水位を回復させるのが主目的と考えるのは、ファーキルたち、大きな視点で見る余裕のある者に限られる。
難民キャンプから小さな旅に出た者たちは、区画の代表者として販売品の製作者への責任を負い、このバザーで少しでも多く売って生活の糧を得ようと、慣れない物販を頑張ってここに立つ。
そして、交代時には、純粋に主神フラクシヌスや、湖の女神パニセア・ユニ・フローラ、岩山の神スツラーシに正式な祈りを心から捧げたいのだ。
パテンス市の方は、神殿ボランティアらが手伝ってくれるらしいが、タブレット端末を持つ者が居ないらしく、検索してもどんな様子か出て来なかった。
☆売れ行きが鈍い物は、移動販売店の頃と重なる……人気商品は傷薬と歌詞カード「218.移動販売の歌」「222.通過するだけ」、布小物は売れない「448.サイトの構築」参照
☆無地の袋を買う者が居るのは、素材にするから……蔓草細工も素材扱いだった「288.どの道を選ぶ」「296.力を得る努力」「425.政治ニュース」参照




