1114.バザーの出店
「結構、拡散されてるのね」
パソコンでSNSの告知を見たタイゲタが微笑む。
八月に入り、アミトスチグマ王国の学校園は全て夏休みになった。アーテル共和国でも同じだ。
ファーキルが祖国を捨てたのは、印暦二一九一年の春で、今は二一九二年の夏。まだ二年も経たないのに遠い昔のように思えた。
「それだけ、関心を持ってくれる人が多いんです。実際、買いに来られるのは、当日、夏の都に居る人くらいだし、場所も公立中学の校庭だから、あんまり期待できないけど」
「効果はともかく、気持ちが嬉しいわよね」
ファーキルは、頷いてタブレット端末に同じ画面を表示させ、拡散を手伝ってくれた礼を書いた。
広告文には、明日の販売物一覧を画像化したものと、代表的な販売物の写真を添付してある。
行けないから通販して欲しいとのコメントも幾つかあるが、個人情報の扱いや決済手段、発送方法や返品対応の送料負担、呪符以外の手作り品は品質にバラつきがあり、同じものがふたつないなど課題が多く、実現は難しそうだ。
……作ったの、難民の人たちなのに俺名義の口座に振込んでもらうのは、何か違うよな。
審査の緩いウェブマネー口座で、ある日突然、業者が行方を晦ますかもしれないのだ。
ユアキャストの広告収入はここに振込まれるが、すぐに引き出して医薬品などの救援物資を買い、残高を置く期間はなるべく短くなるよう気を配る。
「私は行けないけど、頑張ってね」
「うん」
ファーキルは明日、会場で販売の手伝いをする。まさか、こんなところでも移動販売店の経験を活かせるとは思わなかった。
普通にネットが繋がるので、SNSで商品の紹介や、在庫情報の発信などもする予定だ。
「校庭って暑いんじゃないの? 大丈夫?」
「日除けのテントあるし、【耐暑】のリボンと【魔力の水晶】持ってくから大丈夫ですよ」
よかったと微笑を向けるタイゲタは可愛い。
アイドルなだけあって、何気ない仕草や表情のひとつひとつが魅力的だ。
……成程なぁ。
中学の同級生たちが夢中になる理由が今更わかったが、誰が一番可愛いかで揉める気持ちは、まだわからない。
「歌だけじゃなくて、こう言うの作ったりできるってスゴイですよね」
明日、販売ブースに貼るポスターも、タイゲタが作ってくれた。フォントの選び方や写真と文字の配置が見易く、しかも全体の雰囲気が可愛い。
作成者のタイゲタは、ほんのり頬を染めて笑った。
「私ね、美術の授業、好きだったの。仕事であんまり出席できなかったけど」
「そうなんだ。俺は美術苦手だったから、こう言うのできるってスゴイって思いますよ、ホント」
タイゲタはくすぐったそうに笑って席を立ち、手差しトレイにA3のポスター用紙をセットした。
天気予報の通り快晴で、今日も一日暑くなりそうだ。
ファーキルは、難民キャンプ代表に割り当てられたテントにポスターを貼ると、数歩離れて写真を撮った。SNSに投稿し、一言だけ添える。
〈このポスターは、平和の花束のタイゲタさんに作ってもらいました〉
瞬く間に拡散される。
湖南語が通じ、ユアキャストを普通に視聴できる国々では、真実を探す旅人のアカウントを通じて知り、瞬く星っ娘時代を知らない者が大半だ。
その内、誰かがコメントを共通語に翻訳して再拡散するだろうが、今回はあまり関係ない。
長机の上に手芸品や香草茶、乾物の野菜や果実、クッキーなどと共に呪符、【炉盤】【保温の鍋敷き】など、素材が比較的安く手に入る魔法の品も並ぶ。
アミエーラたちが作ってくれた【軽量】の袋は数が少ない為、バザーの運搬に使うことになった。
ファーキルは人の顔を写さないよう、慎重に撮って設営作業も公開した。
ケチを付けるコメントもあるが、大半は好意的だ。通販して欲しいとのコメントも増えた。
〈今は色々ハードルが高くて無理です。
他会場、別日程もあるので、ご都合のよろしい機会にお願いします。
他の国のチャリティーコンサートで物販させてもらえる可能性があります。
今のところは未定ですが、決定次第、お知らせします。
みなさんの支援のお気持ちが有難く、とても心強いです〉
真実を探す旅人のアナウンスが拡散されるが、こちらは写真付きの記事より動きが鈍い。
……通販ったって、支払方法が限られるとか、個人情報晒さなきゃいけない方法じゃ、買ってもらえないんだろうし。
そもそも、チャリティーバザーの計画は、難民たちにアミトスチグマ領内のフラクシヌス教の神殿へ参拝してもらうのが主な目的で、物販の収入は二の次、三の次なのだ。
なるべく多くの力ある民に土地勘を付けてもらい、自主的に参拝に行く難民を増やし、湖水の減少を食い止めるのが狙いだ。
今回は、支援者マリャーナが大型バスを手配してくれたお陰で、夏の都とパテンス市に五十人ずつ送ってもらえた。
班分けし、物販、参拝、買出し、休憩で人を回す。
それぞれの街の案内は、秦皮の枝党のクラピーフニク議員と、両輪の軸党の議員たち、それに地元の神殿ボランティアが引受けてくれた。
〈設営、完了しました〉
写真付きで出す。好意的な反応は多いが、会場の校庭にはまだそれ程、一般来場者は多くない。
保護者会や地元のボランティア団体、フラクシヌス教の信徒会、趣味の集まりやママさんグループなど、設営作業を終えて手の隙いた者が他所の様子を見て回るのが大半だ。
……あんまりリアルタイムで書き込むと、身バレしそうで怖いんだよな。
真実を探す旅人をフリージャーナリストだと信じて閲覧する人々が、騙されたと腹を立てるかもしれない。
ファーキル自身はそう名乗った覚えがないが、いつの間にか世間のイメージはそれで定着してしまった。
☆ファーキルが祖国を捨てたのは、印暦二一九一年の春……「173.暮しを捨てる」~「176.運び屋の忠告」参照
☆審査の緩いウェブマネー口座/ユアキャストの広告収入はここに振込まれる……「324.助けを求める」「412.運び屋と契約」参照
☆すぐに引き出して医薬品などの救援物資を買い……「863.武器を手放す」参照
☆中学の同級生たちが夢中……「210.パン屋合唱団」参照
☆比較的安く手に入る魔法の品……「1092.バザーの準備」参照
☆自主的に参拝に行く難民を増やし、湖水の減少を食い止めるのが狙い……「1091.夏休みの計画」参照
ラキュス湖の水位……「534.女神のご加護」「536.無防備な背中」「684.ラキュスの核」参照
参拝と水位の関係……「821.ラキュスの水」「831.解放軍の兵士」「874.湖水減少の害」参照
☆真実を探す旅人をフリージャーナリストだと信じて閲覧する人々……「188.真実を伝える」「290.平和を謳う声」「1007.大聖堂の司祭」参照




