1109.腐敗を語る声
「私たちは、このラキュス湖周辺地域に平和を取り戻したい者の集まりです。半世紀の内乱前は、フラクシヌス教徒とキルクルス教徒は、平和に共存できたそうですから、無理なハナシじゃないと思います」
「はい。キルクルス教本来の教えは、決して、魔法使いの方々と対立するものではありません」
レフレクシオ司祭は、名も知らぬ黒髪の魔女に深く頷いた。
「その端末、誰にもみつからないように気を付けて下さいね。万が一、みつかった時の為に」
「証拠はクラウドに上げてあります」
クラウストラが微笑を見せると、レフレクシオ司祭もどことなくわかり合ったような表情で言った。
「あなた方がどのような手段を用いたか、お尋ねしません。事実が揉み消されないよう、助けて下さってありがとうございました」
「あなたを刺したのは、ルフス神学校、聖職者クラス二年生のヂオリートと言う神学生です」
ロークは【癒しの風】の詠唱をとちらずに終えられ、ホッとして話に加わった。彼とポーチカの事情を手短に説明すると、司祭は小声で祈った。
「それでは、あの魔獣……女性はそのポーチカさんで、男性はネモラリス人のテロリスト。あの時の声は、復讐の闇に囚われた二人の魂の声だったのですね」
「そうです」
二人が同時に頷くと、司祭は再び彼らの魂の平安を祈って言った。
「わかりました。証言致します」
「公表の時期は、司祭様が亡くなった時か、行方不明になった時。或いは、退院後に状況が変わった時です」
「お任せします」
クラウストラが、ポシェットから細身の三脚を取り出して、端末を固定する。
ロークは司祭が座り直すのを手伝って、壁際に下がった。腕時計が、次の巡回まで残り二時間だと告げる。
……協力的でよかった。
司祭が、ほぼ初対面の魔法使いを信じ、騒がなかったのが意外だ。
クラウストラが身振りで合図し、レフレクシオ司祭は端末を見詰めて語った。
「私は、大聖堂からアーテル共和国の信仰を導く一筋の光となるべく、ルフス光跡教会に派遣されたレフレクシオです。当地で知ったことを嘘偽りなくお話しいたします」
キルクルス教の聖職者特有の名乗り方だ。
「もしかすると、みなさんがこの映像をご覧になった時には、私は聖なる星の道に旅立った後かもしれません。どうか、発言者の地位や身分、立場や外見、態度などの要素に惑わされることなく、その者が何を言い、何を為し、これから何を為そうとするのか、言葉と行動の中身に気を付けて判断して下さい」
前置きの後半は、恐らく、礼拝で同じことを言う彼独自の決まり文句だろう。
レフレクシオ司祭は一呼吸置いて、ルフス光跡教会に派遣されて目の当たりにした「キルクルス教団アーテル支部の腐敗」について語った。
ある日の礼拝後、政府や大企業への口利きを断られた人々が、不公平だと不満を漏らすのを耳にしたのが調査の始まりだった。
事ある毎に行われる金品や何らかの利権などの利益供与。
ルフス神学校への裏口入学の見返りに受領した金品やオンナをルフス光跡教会でプールして共用すること、女性信者らへの犯罪行為や、その動画や写真を使って口止めすること。
アーテルの政財界だけでなく、星の標とも濃密な接触があること。
被害に遭った少女が、勇気を振り絞ってレフレクシオ司祭に手紙を手渡し、その後、自ら命を絶ったこと。所々インクが滲む手書きの手紙には、被害に遭ったことよりも、両親も誰もそれを信じてくれなくて、ずっと孤独の闇に置き去りにされたことの方が辛かった、と震える文字で認めてあった。
地方の教会で裏口入学の口利きを依頼し、先に半額払ったにも関わらず入学できなかったばかりか、返却を求めても受領の事実はなかったと突っぱねられた挙句、そんなことは知らないの一点張りで、こちらだけが聖なる星の道を踏み外して悪事を働いたかのように上から目線で諭されたこと。
警察に行っても、全く取り合ってもらえなかったことを切々と訴えられた。
大聖堂の司祭なら、ルフス光跡教会……キルクルス教団アーテル支部の腐敗を正してくれると信じた人々が、証拠のデータを託したことなどをわかりやすく、理路整然と語った。
……打合せ全然なし、ぶっつけ本番でこれだけ語れるって、やっぱりエリートなんだなぁ。
もしくは、ずっとこの件について考え、大聖堂に報告する言葉を練り続けたからか。
レフレクシオ司祭は、キルクルス教団に裏切られ、傷付けられた信者たちの怨嗟と期待を一身に背負い、タブレット端末に向かって証言を続ける。
「ルフス光跡教会を襲った魔獣は、ネモラリス人のテロリストと、ルフス光跡教会に賄賂として差し出された女性を捕食し、その怨念を頭部に示した個体でした。現場に居合わせた方々は、二人の魂の声を聞き、共にその傷と苦しみを分かち合いました」
司祭は目を伏せ、静かな声で死者たちの魂の平安を祈ると、教団にとって不都合な話を続けた。
「アーテル共和国内で発生した連続殺人の内、少なくともルフス光跡教会の聖職者が殺害された件については、彼女の手による報復です。誰が、彼女を責められるでしょうか?」
……言い切ったよ、この人!
「ネモラリス人のテロリストも、そうです。アーテル・ラニスタ連合軍による空爆で、すべてを奪われなければ、彼がテロリズムに走ることはありませんでした。復讐の闇に囚われた二人の魂の為、共に平安を祈りませんか?」
暫し瞑目し、レフレクシオ司祭は証言を続けた。
「信仰とは本来、闇の中で苦しむ人々に光を掲げ、幸いへと導くものです。欲で教えを歪め、腐敗した宗教家とその組織、彼らが権勢を揮う社会は、信仰そのものが苦しみを生み出します」
教えを曲解して悪事を為した上、正当化する者、得てはならない利を貪る者、教えを根拠に自らを「一方的に苦しめられる弱者」と喧伝し、他者に苦痛を与え、或いは無理な要求を押し通す者。
このような者たちが、正しいことをするかのような顔で、のうのうと暮らすこと自体が、世の闇を深くするのだとレフレクシオ司祭は言う。
ロークは、ヂオリートとポーチカを思い、何度も頷いて聞いた。
周囲のキルクルス教徒に悩みを打ち明けられたなら、嘘吐き呼ばわりされず、信じてもらえたなら、事情を知った上で、心を支えてくれる者が一人でも居たなら、結果は違っただろう。
世俗の者には無理でも、聖職者にはそれが求められる。
……その為の聖職者なのにな。
ロークは、短期間ではあったが、ルフス神学校で学んだ。
裏口入学が罷り通るなど、腐敗した側面はあっても、少なくとも教育課程や内容はきちんとしていた。
……それで、何でこんなコトになってんだろうな。
「腐敗に苦しめられた末、無明の闇に囚われて罪に手を染めた人々と、腐敗して自ら罪を作り出し、それを正当化する者は、世俗の法では罪人として一括りにされますが、信仰上は分けて考えねばなりません」
……世俗の法だって、止むを得なかった人は情状酌量されるけどな。
ロークは動画の撮影中だと思い出し、声には出さなかった。
☆彼とポーチカの事情……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
☆あの魔獣……「1013.噴き出す不満」「1069.双頭狼の噂話」「1074.侵入した怨念」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆礼拝で同じことを言う彼独自の決まり文句……「1073.立ち止まろう」参照
☆星の標とも濃密な接触がある……「811.教団と星の標」参照
☆アーテル共和国内で発生した連続殺人……「870.要人暗殺事件」「0952.復讐に歩く涙」「0998.デートのフリ」参照




