1103.ルフス再調査
通勤通学ラッシュの時間を過ぎ、首都ルフスの中心街へ向かう路線バスはガラガラだ。並んで座り、タブレット端末をつついて遣り取りする。
ヂオリートに刺されたレフレクシオ司祭は、他の負傷者と同じルフス中央病院に入院した。意識ははっきりして命に別条ないが、面会はできない。
病院への立入りも制限され、見舞いを望む信徒や報道陣は締め出された。現場のルフス光跡教会も同様で、敷地内には教団関係者と警察しか立入れない。
二人はルフス光跡教会前で降りた。
規制線が張られ、多数の警察官が目を光らせる。献花台には花が溢れ、犠牲者の魂の平安と負傷者の平癒を祈る信徒が絶え間なく足を運ぶ。
教会から締め出されたマスコミが、祈りを捧げる人々や野次馬にインタビューして回る。
「教会に魔獣が入るなんて、今でも信じられません」
「その魔獣、どうなったんですか?」
逆に報道関係者に質問する顔には、不安が溢れる。
「軍の発表では、偶然、礼拝に居合わせた特殊部隊の隊員が駆除したので、心配ないとのことです」
「そうだったんですか。道がひととき闇にあろうとも、月と星々の導きを見失わずば、夜明けに至る。お怪我なさった方々が早く元気になりますように」
記者と都民のそんな遣り取りが、あちこちで交わされる。
タブレット端末で確認すると、ポータルサイトのトップページはこのニュースで埋め尽くされ、ニュースコーナーも新着情報は八割方これだ。
残りは選挙関連の記事が多いが、大したアクセスは望めないだろう。
「前から目撃情報がいっぱい出てたのに……」
「さっさと駆除しないからこんなコトになったんだ!」
「軍の怠慢じゃないか!」
「ネモラリスと戦争してる場合じゃないよねぇ」
クラウストラが野次馬の話に頷き、聞えよがしに言った。
ロークも話に加わる。
「戦争で魔獣対策が手薄になったせいで、こんな酷いコトになったのに、まだやんのかな?」
二人とも【化粧】の首飾りで顔を変え、事件当日とは別人の姿だ。
「でも、悪しき業で作った兵器って、まだ壊せてないんでしょ?」
「アクイロー基地だって魔獣に襲われてあんなになったのに、戦争なんかしてたら、もっと国民を守るどころじゃなくなるじゃないか」
「あー……イグニカーンス基地も事故で燃えちゃったし……」
「なっ? カクタケアみたいな特殊部隊ってそんな人数居ないし、ネモラリスなんか相手にして戦死されたら、誰が国民を守るんだってハナシだよ」
「あー……フツーの兵隊さんとか警察じゃ、ムリそうー」
二人の遣り取りに触発され、囁きの波紋が広がる。
野次馬の何割かは、ネット上でもこの話をするだろう。SNSなどに出す話のネタとして、わざわざ訪れる者も居るらしく、敷地外から捜査の様子を撮る姿があちこちで見られた。
彼らは祈りに来た「良識ある信徒」に眉を顰められても、素知らぬ顔だ。
二人は、献花台の傍で繰り返してバスに乗り、同じ話を他の乗客に聞かせた。
ルフス神学校のひとつ手前のバス停で降りる。花屋で献花用の白い花束を買い、残りは歩いた。
アーテル共和国の各学校も、ネモラリス共和国同様、八月一日から夏休みだ。門は開け放たれ、未だに献花台を訪れる信徒が絶えない。ロークとクラウストラも、夏休みを機に献花しに来た高校生を装って敷地に立ち入った。
礼拝堂の瓦礫は撤去されたが、立入禁止のロープが巡らされ、警備員が立つ。残った床材の幾つかに力ある言葉の断片が見えた。
献花台で祈る人の群に元同級生の姿をみつけ、端末をつついてクラウストラに知らせる。
――比較的軽症で済んだ神学生が退院して、そこに居ます。
――可能なら、他の神学生とヂオリートがどうなったか聞き出して欲しい。
退院した神学生ファーキル・ラティ・フォリウスの袖からは包帯が見えた。
もう一人のファーキル……ファーキル・パークシルスは重傷で、命が助かったとしても、退院はまだまだ先になるだろう。
「ヂオリート君、まだ退院できないのかな?」
「おうちの人の連絡先、知らないの?」
「カクタケアファンとして知り合ったんだよ? 神学生なのに読んでるのバレたら、不道徳なって叱られるから、内緒だって言ってたよ」
ロークが話を振ると、クラウストラは上手く転がしてくれた。
「流石に病院じゃ、端末使わせてもらえないよねぇ」
「死亡者リストには名前なかったけど、そんなに重傷だったのかな?」
「重傷者のリストには載ってたの?」
「それもなかったんだけど、テロから連絡つかなくなっちゃったし……」
神学生ファーキルが振り向き、ロークの顔をまじまじと見る。【化粧】の首飾りで変えられるのは、髪の色少しと顔立ちだけだ。今のロークは、元の顔とは似ても似つかない。
目顔で問うと、神学生ファーキルは、気マズそうにぺこりと頭を下げた。
「失礼しました。声が、知り合いによく似ていたのもですから」
「そうなんですか」
「どっちの声が似てたの?」
クラウストラが屈託のない笑顔で聞くと、女子に免疫のない神学生は頬を染めて答えた。
「そちらの彼です。同級生の声にそっくりで驚いてしまって……あなたは、ヂオリート君のお知り合いなんですね?」
「知り合いって言うか、カクタケアのファンフォーラムで仲良くなって、本名は教えてもらえたけど、リアルでは会ったコトがないんです。ヂオリート君、神学生だって言ってたんで、もしかしてって……思い切って来てみたんですけど」
「この声って、ヂオリート君に似てるんですか?」
クラウストラが聞くと、神学生ファーキルは申し訳なさそうに首を振った。
「神学校の留学生に似てるんです」
「えっ? じゃあ、あなたも神学生なんですね? すごーい!」
女子高生に扮した魔女が目を輝かせると、神学生ファーキルは耳まで赤くなる。少し迷う素振りを見せたが、周囲に視線を走らせ、他に神学生の姿がないのを確認すると小声で告げた。
「ヂオリート君はテロの前から行方不明なんです」
「えっ? じゃあ、ルフス光跡教会を襲ったあの魔獣に食べられたとか?」
神学生は小さく首を振ると、警備員から離れた所に移動して手招きした。
「その、ルフス光跡教会に魔獣が出たって大騒ぎは、ご存知なんですね」
「えぇ。ニュース、そればっかりですよね」
神学生ファーキルに合わせて、クラウストラも声を落とした。
「あれ、どうやらヂオリート君が、レフレクシオ司祭を刺したのが真相らしいんです」
……ん? どうなってんだ?
ロークが首を傾げてみせると、神学生は更に声を潜めた。
☆ヂオリートに刺されたレフレクシオ司祭……「1075.犠牲者と戦う」参照
☆ルフス中央病院……「907.同級生の被害」参照
☆その魔獣、どうなった……攻撃したのはルベルとラズートチク少尉、トドメを刺したのはクラウストラ「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆前から目撃情報がいっぱい出てた……「1013.噴き出す不満」「1069.双頭狼の噂話」参照
☆アクイロー基地だって魔獣に襲われてあんなになった
アーテル軍の公式発表では魔獣の襲撃……「519.呪符屋の来客」「520.事情通の情報」参照
アーテル人の中では魔獣の襲撃と言う認識……「849.八方塞の地方」「908.生存した級友」参照
実際は、ネモラリス人ゲリラの仕業……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆イグニカーンス基地も事故で燃えちゃった……情報統制で事故扱い「822.未確認の情報」、爆発の真相「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」参照
☆カクタケアみたいな特殊部隊……「794.異端の冒険者」参照
☆神学校の門は開け放たれ、未だに献花台を訪れる信徒……「0954.献花台の言葉」参照
☆比較的軽症で済んだ神学生……「910.身を以て知る」、入院の理由「869.復讐派のテロ」参照




