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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十九章 警醒

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1102.定着した目的

 翌朝、ロークたちが呪符屋に出勤すると、運び屋フィアールカが待っていた。


 「災難だったわね。これ、【魔除け】と【耐衝撃】の肌着と【魔力の水晶】よ」

 新品の【化粧】の首飾りと【魔力の水晶】付きの首飾り、呪文と呪印が入った半袖シャツを渡された。


 「あっあんなッ、あんな大怪我ッ! ロークさん、死にかけたのに! どうしてまた行かせるんですかッ!」

 スキーヌムの取り乱した声は、ほぼ悲鳴だ。

 ロークは今朝もそうしたようにもう一度、シャツを(めく)って胸を見せた。

 「アウェッラーナさんのお陰ですっかり治りましたから、大丈夫です。怪我したのが嘘みたいに」

 「嘘じゃありません! また魔獣に、あんなッ、ダメです!」

 涙目で叫ばれ、ロークはどうしたものかとフィアールカに視線で助けを求めた。


 ……こんなの、アクイロー基地の作戦に比べたら大したことないのに。


 あの時は、魔法使いのゲリラたちに守られ、ほぼ無傷で拠点に戻れたが、危険度で言えば、あの作戦の方が遙かに上だ。


 呪符屋の店主ゲンティウスが、奥の作業部屋から顔を出した。

 「おい、スキーヌム! うだうだ言ってねぇでとっとと店番しろ!」

 「で、でも、店長さん、ロークさんが心配じゃないんですか?」

 スキーヌムが袖で涙を拭う。

 「ロークは俺だけじゃなくて、フィアールカにも雇われてんだ。俺の一存でどうこうできるモンじゃねぇ」

 「このコは坊やと違って、覚悟を決めて祖国の……いえ、このラキュス湖の(ほとり)全体を平和にする為に自分の意志で行動してるの」

 「でも、あなたの依頼で……」

 「私の活動と重なる部分が多いから、色々提供して手伝ってもらってるけど、私が何も言わなくても、このコはアーテル領で活動したでしょうよ」


 ロークは深く頷いた。


 「フィアールカさんがくれた道具やおカネのお陰で、安全に活動できるんです」

 「で、でも、ルフス光跡教会で魔獣が!」

 「俺は去年、ゲリラの一員として戦闘訓練を受けて、アーテル軍の基地を潰す作戦に参加しました。武器があれば、魔獣でも正規兵でも」

 「そんな……そんなのって……!」

 スキーヌムはロークにしがみついて泣きじゃくる。


 ゲンティウス店長が鎮花茶を淹れ、カウンターにカップを置いた。

 ロークは、スキーヌムの手をそっと剥がし、衣服を整えて言う。


 「殺す覚悟も、殺される覚悟もできています。嘘で(ゆが)んだ信仰のせいで起きた戦いを終わりにできるなら、自分の命なんて惜しくないんです」


 スキーヌムは、ロークに信じられないものを見る目を向け、蒼白な唇を震わせたが、息が漏れるだけで言葉にならなかった。

 ローク自身は、これまで漠然と抱き続けた想いを明確な言葉にしたことで、心と意識にはっきりと生きる目的が定着するのを感じ、微笑がこぼれた。


 ……そうだ。俺はこの為にみんなと別れて行動するって決めたんだ。


 ネモラリス共和国で暮らした頃は、隠れキルクルス教徒として、信仰や生活のすべてを偽り続けた。

 偽りの仮面を捨て去り、本当の人生を歩むと決めたのだ。


 もう、あの冬の日のように闇雲に行動して失敗する訳にはゆかなかった。



 「無駄に命を捨てたいワケじゃないから、できる限り命を守って行動しますよ」

 スキーヌムは、鎮花茶の効力で泣き止んだものの、ロークに納得のゆかない目を向ける。


 「スキーヌム、命を懸けてでもやりてぇコトがある奴の足引っ張ンじゃねぇ」

 「でも……」

 「坊やは何の権限があって、このコを止めようって言うの?」

 「だって、二人とも、ロークさんが心配じゃないんですか?」

 元神学生スキーヌムが、ゲンティウス店長と運び屋フィアールカに向き直る。

 ロークは半歩、扉に近付いた。


 「俺ぁ、家を捨てたお前さんらに帰る場所と仕事を提供した」

 「私は情報と活動資金と道具を提供して、安全に活動できるようにしたし、別にこのコを殺したくて指示を出すワケじゃないわ」

 「でも……」

 スキーヌムは、湖の民二人に食い下がる。

 「力なき陸の民で、キルクルス教の信仰と社会がどんなものか、詳しく知ってる彼でなければできないコトだから、頼むのよ」

 ロークは頷いて、二人に感謝を籠めた視線を送った。


 「アーテルは、もうすぐ大統領予備選と国政選挙が始まります」

 「アーテルの選挙……? それと、ロークさんに何の関係が?」

 元神学生スキーヌムが、斜め後ろに移動したロークに向き直る。


 「国会議員の半数が入れ換わります。どうにかして、平和を望むアーテル人を増やして、ネモラリスと対話するって言ってる候補者を当選させたいんです」

 「その為には、情報が必要なのよ。わかったら、邪魔しないで」


 スキーヌムは唇を噛み、半ば項垂(うなだ)れて頷いた。



 ロークは宿に戻り、魔法の刺繍入りの肌着と、二本の首飾りを身に着けた。

 クラウストラとの待合わせ場所は、カルダフストヴォー市の西門だ。前回の轍を踏まないよう、【守りの手袋】はズボンのポケットに捻じ込む。

 腕時計をチラりと見て、地上の街へ急いだ。



 「あの薬師(くすし)、なかなか腕がいいな」

 「内乱中、かなり苦労したみたいですよ」

 「そうか。護身用にこれを」

 銀色の細い紐を渡された。端に金具で【魔力の水晶】が付けられ、魔法の品らしいとわかったが、どう使うかわからない。

 「【呪条(じゅじょう)】だ。【水晶】を握って念じれば、その通りに動く。細いが、少しは時間稼ぎになるだろう」

 「ありがとうございます」

 反対のポケットに入れ、クラウストラと手を繋ぐ。【跳躍】する先は、先日の隠れ家だ。


 寝室の他は狭い台所と風呂、トイレしかないが、造りは頑丈で、半世紀の内乱終結前から建つ物件らしい。一フロア三軒だが、表札を出す家はなかった。

 「ルフス南東部、首都では最も内陸にある街区だ」

 低層の雑居ビルとマンションが混じり、所々個人商店が建つ。



 路線バスでルフス光跡教会に移動した。

☆新品の【化粧】の首飾り……壊れた「1076.復讐の果てに」参照

☆アクイロー基地の作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照

☆信仰や生活のすべてを偽り……「0034.高校生の嘆き」~「0036.義勇軍の計画」参照

☆あの冬の日のように闇雲に行動……「0048.決意と実行と」「0052.隠れ家に突入」参照

☆アーテルは、もうすぐ大統領予備選と国政選挙……「868.廃屋で留守番」「0998.デートのフリ」「1022.選挙への影響」参照

☆前回の轍……「1074.侵入した怨念」参照

☆先日の隠れ家……「1081.隠れ家で待つ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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