1102.定着した目的
翌朝、ロークたちが呪符屋に出勤すると、運び屋フィアールカが待っていた。
「災難だったわね。これ、【魔除け】と【耐衝撃】の肌着と【魔力の水晶】よ」
新品の【化粧】の首飾りと【魔力の水晶】付きの首飾り、呪文と呪印が入った半袖シャツを渡された。
「あっあんなッ、あんな大怪我ッ! ロークさん、死にかけたのに! どうしてまた行かせるんですかッ!」
スキーヌムの取り乱した声は、ほぼ悲鳴だ。
ロークは今朝もそうしたようにもう一度、シャツを捲って胸を見せた。
「アウェッラーナさんのお陰ですっかり治りましたから、大丈夫です。怪我したのが嘘みたいに」
「嘘じゃありません! また魔獣に、あんなッ、ダメです!」
涙目で叫ばれ、ロークはどうしたものかとフィアールカに視線で助けを求めた。
……こんなの、アクイロー基地の作戦に比べたら大したことないのに。
あの時は、魔法使いのゲリラたちに守られ、ほぼ無傷で拠点に戻れたが、危険度で言えば、あの作戦の方が遙かに上だ。
呪符屋の店主ゲンティウスが、奥の作業部屋から顔を出した。
「おい、スキーヌム! うだうだ言ってねぇでとっとと店番しろ!」
「で、でも、店長さん、ロークさんが心配じゃないんですか?」
スキーヌムが袖で涙を拭う。
「ロークは俺だけじゃなくて、フィアールカにも雇われてんだ。俺の一存でどうこうできるモンじゃねぇ」
「このコは坊やと違って、覚悟を決めて祖国の……いえ、このラキュス湖の畔全体を平和にする為に自分の意志で行動してるの」
「でも、あなたの依頼で……」
「私の活動と重なる部分が多いから、色々提供して手伝ってもらってるけど、私が何も言わなくても、このコはアーテル領で活動したでしょうよ」
ロークは深く頷いた。
「フィアールカさんがくれた道具やおカネのお陰で、安全に活動できるんです」
「で、でも、ルフス光跡教会で魔獣が!」
「俺は去年、ゲリラの一員として戦闘訓練を受けて、アーテル軍の基地を潰す作戦に参加しました。武器があれば、魔獣でも正規兵でも」
「そんな……そんなのって……!」
スキーヌムはロークにしがみついて泣きじゃくる。
ゲンティウス店長が鎮花茶を淹れ、カウンターにカップを置いた。
ロークは、スキーヌムの手をそっと剥がし、衣服を整えて言う。
「殺す覚悟も、殺される覚悟もできています。嘘で歪んだ信仰のせいで起きた戦いを終わりにできるなら、自分の命なんて惜しくないんです」
スキーヌムは、ロークに信じられないものを見る目を向け、蒼白な唇を震わせたが、息が漏れるだけで言葉にならなかった。
ローク自身は、これまで漠然と抱き続けた想いを明確な言葉にしたことで、心と意識にはっきりと生きる目的が定着するのを感じ、微笑がこぼれた。
……そうだ。俺はこの為にみんなと別れて行動するって決めたんだ。
ネモラリス共和国で暮らした頃は、隠れキルクルス教徒として、信仰や生活のすべてを偽り続けた。
偽りの仮面を捨て去り、本当の人生を歩むと決めたのだ。
もう、あの冬の日のように闇雲に行動して失敗する訳にはゆかなかった。
「無駄に命を捨てたいワケじゃないから、できる限り命を守って行動しますよ」
スキーヌムは、鎮花茶の効力で泣き止んだものの、ロークに納得のゆかない目を向ける。
「スキーヌム、命を懸けてでもやりてぇコトがある奴の足引っ張ンじゃねぇ」
「でも……」
「坊やは何の権限があって、このコを止めようって言うの?」
「だって、二人とも、ロークさんが心配じゃないんですか?」
元神学生スキーヌムが、ゲンティウス店長と運び屋フィアールカに向き直る。
ロークは半歩、扉に近付いた。
「俺ぁ、家を捨てたお前さんらに帰る場所と仕事を提供した」
「私は情報と活動資金と道具を提供して、安全に活動できるようにしたし、別にこのコを殺したくて指示を出すワケじゃないわ」
「でも……」
スキーヌムは、湖の民二人に食い下がる。
「力なき陸の民で、キルクルス教の信仰と社会がどんなものか、詳しく知ってる彼でなければできないコトだから、頼むのよ」
ロークは頷いて、二人に感謝を籠めた視線を送った。
「アーテルは、もうすぐ大統領予備選と国政選挙が始まります」
「アーテルの選挙……? それと、ロークさんに何の関係が?」
元神学生スキーヌムが、斜め後ろに移動したロークに向き直る。
「国会議員の半数が入れ換わります。どうにかして、平和を望むアーテル人を増やして、ネモラリスと対話するって言ってる候補者を当選させたいんです」
「その為には、情報が必要なのよ。わかったら、邪魔しないで」
スキーヌムは唇を噛み、半ば項垂れて頷いた。
ロークは宿に戻り、魔法の刺繍入りの肌着と、二本の首飾りを身に着けた。
クラウストラとの待合わせ場所は、カルダフストヴォー市の西門だ。前回の轍を踏まないよう、【守りの手袋】はズボンのポケットに捻じ込む。
腕時計をチラりと見て、地上の街へ急いだ。
「あの薬師、なかなか腕がいいな」
「内乱中、かなり苦労したみたいですよ」
「そうか。護身用にこれを」
銀色の細い紐を渡された。端に金具で【魔力の水晶】が付けられ、魔法の品らしいとわかったが、どう使うかわからない。
「【呪条】だ。【水晶】を握って念じれば、その通りに動く。細いが、少しは時間稼ぎになるだろう」
「ありがとうございます」
反対のポケットに入れ、クラウストラと手を繋ぐ。【跳躍】する先は、先日の隠れ家だ。
寝室の他は狭い台所と風呂、トイレしかないが、造りは頑丈で、半世紀の内乱終結前から建つ物件らしい。一フロア三軒だが、表札を出す家はなかった。
「ルフス南東部、首都では最も内陸にある街区だ」
低層の雑居ビルとマンションが混じり、所々個人商店が建つ。
路線バスでルフス光跡教会に移動した。
☆新品の【化粧】の首飾り……壊れた「1076.復讐の果てに」参照
☆アクイロー基地の作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆信仰や生活のすべてを偽り……「0034.高校生の嘆き」~「0036.義勇軍の計画」参照
☆あの冬の日のように闇雲に行動……「0048.決意と実行と」「0052.隠れ家に突入」参照
☆アーテルは、もうすぐ大統領予備選と国政選挙……「868.廃屋で留守番」「0998.デートのフリ」「1022.選挙への影響」参照
☆前回の轍……「1074.侵入した怨念」参照
☆先日の隠れ家……「1081.隠れ家で待つ」参照




