1099.その罪の行方
薬師アウェッラーナは、葬儀屋アゴーニ、負傷したローク、そして黒髪の少女と共に地下街チェルノクニージニクの宿に移動した。
ロークとスキーヌムが取った部屋に入り、傷を庇ってベッドに寝かせる。
「私はクラウストラって呼んで下さい。ラゾールニクさんの紹介で、ロークさんのお手伝いをしてます」
……ラゾールニクさんの知り合い?
アウェッラーナは胡散臭いと思ったが、顔には出さず、簡潔に自己紹介した。葬儀屋は呼称だけ名乗る。
「あ、そうだ。フィアールカさんに連絡、まだだった」
ロークが横たわったまま鞄を探り、タブレット端末を取り出した。
「フィアールカさんにもらったんです。スキーヌム君はあんな調子なんで、俺が持ってること自体、内緒にしてます」
「そうなんですか」
驚きのあまり、そう言うだけでやっとだ。
ロークが端末をつつく間、クラウストラが説明する。
「ロークさんがフィアールカさんから頼まれて、大聖堂からルフス光跡教会に派遣されたレフレクシオ司祭の説教について、調べに行ったんです」
「インターネットに出てないんですか?」
つい先日、ファーキルがまとめてくれた分厚い報告書の中に、その聖職者の宣言があるとジョールチたちから聞いたばかりだ。
「インターネットには公式動画とか、日々の礼拝全部は載ってなくて、礼拝に参加した信者の断片的な情報しかないんです」
「そう言うものなんですか」
……フィアールカさん、そんな危ない調査を力なき民のコにさせるなんて。
アウェッラーナは憤りを感じたが、力ある民のクラウストラが同行したのを思い出し、何も言わずにロークを見た。こんなにすぐ顔色がよくなったのは、精神的に安定したからだろう。
……ロークさんって、強いのねぇ。
「大聖堂から来たレフレクシオ司祭は、かなりラクエウス議員に近い考えみたいで、キルクルス教団の過去の過ちも、正すべきだって主張していました」
「えっ? じゃあ、その司祭が、アーテルでキルクルス教本来の教えを広めてくれたら……」
「どさくさに紛れて刺されたの」
クラウストラの一言で、アウェッラーナの淡い期待は打ち砕かれた。
アゴーニが吐き捨てる。
「また星の標の奴らか」
「いえ……神学生です」
ロークが端末を枕元に置いて言い、目を閉じた。
「えっ? 神学生が『そんなの嘘だ!』って刺したんですか? わざわざ刃物とか用意して?」
「その学生さんは裏口入学だけど、本人は知らされなくて、賄賂としてお姉さんがルフス光跡教会に差し出されたんです」
「そんなコトまで調べ上げたってのか」
クラウストラがアウェッラーナの驚きに答え、アゴーニが緑の目を丸くする。
「ロークさんの同級生で、神学校爆破テロの少し後、この街で偶然再会した時に自分から事情を話してくれたんです。勿論、後でウラを取りましたけど」
「でも、大聖堂の司祭は最近来たばかりだし、関係ないんじゃ……?」
「キルクルス教の聖職者なら、誰でもよかったんじゃないんですか?」
「腐ってやがんなぁ」
アゴーニの言葉は、どちらに向けられたものかわからないが、アウェッラーナも同感だった。
「その……司祭と神学生は今……?」
「わかりません。報道陣も教会の敷地に入れなくて、ニュースは病院に搬送された負傷者の呼称と容態しか言ってません」
クラウストラの説明にロークが目を開けた。
「SNSでは、礼拝堂内の写真が出回ってて、星の標の犯行だって噂が広まってます」
「星の標はどうしてるんです?」
「まだ何も」
「ウチじゃありません! なんて言ったら火に油だから、真犯人が捕まるの待ってるんじゃないかなー? ……なぁんて」
クラウストラが明るく軽く言う。
話し方は外見相応に可愛らしいが、内容は女子高生が語るものではない。
「警察が犯人の神学生を捕まえても、ホントのコト発表するとは限ンねぇ」
「どうしてですか?」
ロークとアウェッラーナが同時に聞くと、葬儀屋は腕組みして言った。
「ルフス神学校ってなぁエリートの集まりなんだろ?」
「アーテルの中ではそうですね」
ロークの顔は少しイヤそうに見えた。
「エリート神学生サマが聖職者を刺した。しかも、理由が理由だ。教会と神学校は絶対、世間に知られたくねぇんじゃねぇか?」
「あっ……じゃあ、黙ってるのをいいことに、噂を本当のコトにしちゃうってコトですか?」
ロークが眉を顰めた。
「そっちの線はねぇだろ。異端っつっても、アーテルの連中は自治区と違って、キルクルス教の聖職者を襲ったコトねぇし、支持者も多いんだろ?」
「そうですね。聖職者の襲撃記録はありません。アーテル党との繋がりも、確かに強固です」
アゴーニの確認にクラウストラが即答する。
「で、お前さんが魔法使って逃げるとこを見た奴が大勢いる」
「えっ? それじゃあ、ネモラリス憂撃隊とかの仕業にされちゃうってコトですか?」
ロークの声が呆れと罪悪感を含んで揺れる。
クラウストラが、端末に動画を表示させた。
「この人たち、何者かわかんないけど、魔法で魔獣を攻撃して、あのコのナイフ持ってっちゃったから、異端って言っても同じキルクルス教徒に罪をなすりつけるより、やりやすいんじゃないかな?」
可愛い声でさらりと怖いことを言う。
手帳大の画面で、男性二人が逃げ惑う人の流れに逆らう。人間頭部をつけた双頭狼に近付き、【紫電の網】と【光の槍】を放つ様子が鮮明に映し出された。
「この動画……ユアなんとかに?」
「録っただけでまだ出してません」
アウェッラーナはホッとしかけたが、あの混乱の中で、人が魔獣に食い殺される様子を冷静に撮影した少女を恐ろしいと思った。
「こないだの神学校爆破の件もあるからなぁ。ネモラリス人のせいにした方が、アーテルの世間は納得しやすいだろうよ」
「これを公表するかどうか、アーテルの動きを見て決めるね。魔獣に取り込まれた賄賂のお姉さんの名誉や、神学生のコの将来の件もあるし」
クラウストラの声音は面白がる風だ。
アウェッラーナには到底、キルクルス教会と神学校の腐敗で犠牲になった二人を慮るようには聞こえなかった。
☆負傷したローク/チェルノクニージニクの宿に移動……「1095.本格的な治療」参照
☆ファーキルがまとめてくれた分厚い報告書の中に、その聖職者の宣言がある……「1012.信仰エリート」「1013.噴き出す不満」参照
☆ラクエウス議員に近い考え……「295.潜伏する議員」「330.合同の演奏会」「858.正しい教えを」~「861.動かぬ証拠群」参照
☆キルクルス教団の過去の過ちも正すべきだと主張……「1073.立ち止まろう」参照
☆神学校爆破テロ……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」参照
☆この街で偶然再会した時に自分から事情を話してくれた……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
☆自治区と違って……リストヴァー自治区西教区の司祭は星の標に消された「557.仕立屋の客人」参照
☆異端っつっても(中略)支持者も多い
市民に受け入れられている……「810.魔女を焼く炎」「811.教団と星の標」「0953.怪しい黒い影」「0954.献花台の言葉」参照
アーテル党の支持母体……「858.正しい教えを」参照
☆この人たち、何者かわかんないけど、魔法で魔獣を攻撃して、あのコのナイフ持ってっちゃった……「1071.ルフスの礼拝」~「1077.涸れ果てた涙」「1078.交渉材料確保」参照




