1094.知識を伝える
「魔法薬よりずっと効果が弱くて遅いけど……あぁ、勿論、副作用がキツいのとか、使う量の調整が難しいのは、危ないから教えませんけど」
「じゃあ、原稿書いてくれたら、入力して印刷しますよ」
ファーキルの申し出に恐縮する。
「いいの? 催し物の用意で忙しいんじゃ……」
「大丈夫です。そっちはタイゲタさんが手伝ってくれたお陰で、もうすぐ終わりますから」
……このコ、ホントにしっかりしてるわ。
「作り方、難民キャンプでも配ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
急いで残りを食べ、ファーキル、タイゲタと呼ばれた眼鏡の少女と三人で、パソコンの部屋に移動した。
ここでも、ドーシチ市での経験が役に立った。
薬師候補生に教えたお陰で、どう説明すればわかりやすいか悩まず、説明文はすぐに書ける。時間が掛かったのは、薬草の見分け方の説明で、植物の絵を描いたところくらいなものだ。
薬師アウェッラーナが説明書を手書きする間、ファーキルとタイゲタは、バザーとチャリティーコンサート用の入力作業を終わらせた。
「お待たせしました」
「アウェッラーナさんって、字、キレイですよね」
ファーキルにしみじみ言われ、少し照れ臭くなった。
「仕事柄、どうしてもね。カルテや処方箋はお医者さんが書くけど、その続きの指示書とかは私たち薬師や科学の薬剤師が書くから」
「続きの作業する人に読み間違えられたら大変?」
「そう。ネモラリスの書類はみんな手書きだから。こう言うのだったら、字の上手下手を気にしなくていいけど、お医者さんの字が崩れて読めない時は確認しなくちゃいけませんし」
タイゲタが苦笑した。
「俺の字が汚いってのか! ……って、怒る人居そう」
アウェッラーナは苦笑で応え、それ以上は言わないでおいた。
ファーキルが、よくわからない機械に手書きの説明書を挟んで何かすると、パソコンの画面にアウェッラーナの書いた物がそっくりそのまま表示された。彼は画面の表示を見詰め、手許を見ずに凄い速さで打鍵する。
中学生の少年に心底、尊敬の目を向けた。
……このコ、ネモラリスに行けば、今すぐにでもタイピストとして雇ってもらえるのね。
タイゲタの画面にも同じ物が表示され、彼女が何かすると、絵の線が濃く鮮明になった。別の画面を起ち上げて何かすると、画面いっぱいに薬草の小さい写真がずらりと並んだ。
「似たようなの、いっぱいあるんですね。どれがこの薬草ですか?」
「えっと……」
画面に目を凝らして幾つか指差すと、少女が写真を大きく表示し直した。
「あ、これ、フリー素材だ」
タイゲタは呟いて、別の画面に切替えた。目まぐるしく変わる表示についてゆけない。
「これは?」
「フリー素材サイト……えっと、著作権、とやかく言わないで、タダで写真使わせてくれるサイトです」
「ボランティアの写真家さんなの?」
「商売ですよ。小さいのはタダだけど、大きいのは値段ついてます。ほら」
写真の下に並ぶ数字の意味がわかり、アウェッラーナは感心した。
……色んな商売があるのねぇ。
「あ、写真があるなら、私の下手な絵なんていらなかったね」
「そんなコトないですよ。このサイズだと、印刷したら形が潰れてわかんなくなるんで。葉っぱの細かいギザギザとか特に。写真は色の参考で、絵は形の見分け方用。どっちも必要なんです」
「そう言うものなの」
便利なようでいて、案外不便だ。
タイゲタは説明しながら、絵に添えた手書きの文字をパソコンの文字に置き換える。彼女が何かして少しすると、ファーキルの画面に編集済みの絵と、無料で分けてもらった薬草の写真が表示された。
……どう言う仕組かわからないけど、便利ねぇ。
「じゃあ、確認お願いします」
ファーキルに促され、アウェッラーナは入力済みの文章を音読した。あんな速さで入力したにも関わらず、ミスは二カ所だけだった。絵と写真を追加し、もう一度読み上げて印刷する。
「今回は、力なき民にも作れる傷薬です。使い過ぎても勿体ない以外の害はありません」
「そんなのあるんですね」
「効き目は弱くて、せいぜい、怪我や火傷の痕が残らなくなって、治りが一日二日早くなる程度ですよ」
「それでも、あるのとないのじゃ大違いですよ」
ファーキルが刷り上がった一枚を手渡す。もう一度、読み返して、絵に付けた文字の入力間違いを修正し、大量に印刷した。
「そっちの村でどのくらい要るかわかんないんで、取敢えず五十枚。足りなかったらまた言って下さい」
アウェッラーナが二人に何度も礼を言って食堂に戻ると、葬儀屋アゴーニは一人で封筒の中身を読んでいた。
……みんな忙しいのね。
「お待たせしました」
「じゃ、俺らも急ごう」
二人は完成した薬の袋に大判封筒を押し込み、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに【跳躍】した。
……すっかり遅くなっちゃった。
元々泊まる予定だったが、お茶の時間も過ぎ、煉瓦敷きの通路が夕飯の買出しで混雑する
「こんにちは。お願いしいてた分、揃いました?」
声を掛けながら、竜胆の看板付きの扉を開けたが、呪符屋は無人だった。カウンターには店番の神学生の姿もない。
奥の作業室から、人の声が漏れ聞こえた。
☆ドーシチ市での経験……「266.初めての授業」参照
☆お願いしいてた分、揃いました?……「1063.思考の切替え」「1064.職場内の訓練」参照




