1092.バザーの準備
針子のアミエーラは、呪歌の練習がない時間、針仕事をして過ごした。
チャリティーバザーに出品する布小物を作る。
【編む葦切】学派の職人が【軽量】の刺繍を入れた買物袋の型紙をくれた。
中身の重さが半分くらいになるものだ。単なる布袋より高く売れるし、残れば難民キャンプでの生活がかなり楽になるだろう。
……魔法って便利よねぇ。
使えるのと使えないのでは、生活の質と経済状態に大きな格差が出て当然だ、と改めて思い知らされた。
マリャーナ宅の一室を借りて、アルキオーネとタイゲタが古着を解き、エレクトラが型紙通りに裁ち、アミエーラが魔法の刺繍を施し、アステローペとサロートカが袋の形に縫い上げる。
古着の糸を外し終え、タイゲタが眼鏡を掛け直して立ち上がった。
「パソコンの部屋に行くね」
「何の調べ物?」
アルキオーネの質問に首を振ってドアノブに手を掛ける。
「ファーキルさん、議員のお兄さんに色々頼まれて大変そうだから、そっちも手伝いに行くの」
「タイゲタちゃんってパソコン使えたっけ?」
エレクトラが裁ち鋏を止めずに聞く。
「量は多いけど、そんな難しくないから、私でも手伝えるよ」
タイゲタはさっさと出て行く。
足音が遠ざかると、エレクトラとアステローペが顔を見合わせた。
「これは、もしかしちゃうのかな?」
「もーっ。エレクトラちゃんったら、すーぐそっちにハナシ持ってくんだから」
そう言うアステローペの声も笑いを含む。
アミエーラは、特殊な染料で着色された糸を刺繍針に通しながら、そっちがどっちなのか考えた。
「あんたたち、本人が自分から言うまで、ちょっかい出すんじゃないのよ」
「はーい」
アルキオーネの言い方はキツかったが、顔は半笑いだ。
真顔に戻ってアミエーラに聞く。
「この刺繍って、力なき民でもいいんだっけ?」
「うん。後で起動の呪文を唱える時に魔力を籠めるから、使う糸と図柄を間違えなければ、誰がしてもいいって言ってた」
「じゃ、こっち手伝うね」
一緒に作業する五人の中で、力ある民はアミエーラ一人だ。
他の四人はキルクルス教徒だが、聖典の真実を知ってからは、【歌う鷦鷯】学派の呪歌、【踊る雀】学派の魔踊、【編む葦切】学派の刺繍について、前にも増して練習や手伝いに力を入れるようになった。
これらの学派は、力なき民でも【魔力の水晶】があれば使える術や、魔力を籠めるのが別人でもいい作業が多い。
……これができるようになるだけでも、就職先がうんと増えるし、少しは自力で身を守れるようになるのに。
アルトン・ガザ大陸ではどうか知らないが、このラキュス湖周辺地域に於いて、キルクルス教の教義は、人々の可能性を狭めて苦しみを増やす歪な枷にしかならなかった。
聖典本来の教え通りに伝道されたならば、半世紀の内乱や湖東地方で勃発したたくさんの内戦が起きることもなかっただろう。
星の標など、一切の魔術を否定する異端者が原理主義を名乗り、大勢の人を苦しめることもなかった筈だ。
……単に戦争を終わらせるだけじゃダメなのよね。
キルクルス教団が何の目的で、聖典の一部の記述を信徒に教えず、教会が魔術を使うことを隠したのか。
理由を詳らかにして、それを取り除き、間違いを正さない限り、ここだけでなく、後でまた世界のどこでも、キルクルス教と魔法文明の接触がある場所で、同じ種類の苦しみが生まれてしまう。
「ねぇ、アルキオーネちゃん、報告書にあった大聖堂の司祭様たちって、どう思う?」
「私は別にタイプじゃないわね」
「アミエーラちゃんって、年上趣味?」
アルキオーネの素っ気ない返事にエレクトラの弾んだ声が被さった。エレクトラだけでなく、アステローペまで瞳を輝かせ、サロートカも針を止めて先輩を見詰める。
……ん? あれっ? ……あッ!
「あー! 違う、違うの! そう言う意味じゃなくって、すっごくハッキリ星の標を異端だって言ったり、今まで教団が内緒にしてたコト、バラしちゃったりとかそう言うの、どう思う?」
みんなにがっかりされ、アミエーラは微妙な気持ちになった。
エレクトラが引き攣った笑みを浮かべて答える。
「私は、勇気があってカッコいいと思うよ。だって、今までルフス光跡教会の大司教様でも、あの人たちに何も言えなかったのに」
「テロのニュース、ネットに出なくなったよね」
アステローペも頷く。
「あの人たち、おカネ持ってるからね。大聖堂の司祭様に否定されたから、記事書かないようにマスコミに圧力掛けて揉消したり、ネモラリス人のゲリラになすりつけたりできるんじゃないの? 情報操作」
アルキオーネも物言いは辛辣だが、可能性としては大いにあり得る。
……ラゾールニクさんたちも、記事書いてもらったみたいなコト、言ってたらしいし。
「あー、そう言われてみれば、選挙で忙しくなるらしいから、今はテロしてるヒマないかもね」
「エレクトラちゃん、よくそんなの知ってるわね?」
アステローペが目を丸くする。
「ファーキル君に教えてもらっただけよ。レプス大統領補佐官みたいに政治家と仲良い人、多いし」
「あー、そう言われてみれば、そうね」
アルキオーネの悲観的な予想を覆せる材料が見当たらない。
サロートカが、針先を見詰めて言った。
「でも、この間から、魔獣だか殺人鬼だかわかんないのが、アーテルの偉い人とか司祭様を……」
「有名な政治家、何人もやられてたね、そう言えば」
アルキオーネが重々しく頷く。
「みんなのファンに戦争やめようって言ってる人に投票してもらえないか、お願いするのってできないのかな?」
「うーん……私たちのファンって未成年が多いからね」
アミエーラの思いつきに、リーダーのアルキオーネが渋い顔でダメ出しする。
「それに、ハッキリ政治色出しちゃうと、白けてファンが離れちゃうかもしれないのよね」
「そう言うものなの……」
アルキオーネが、アミエーラの落とした肩をポンと叩いて笑う。
「でも、いいアイデアだと思う。さりげなく呼び掛けるPV作れないか、後でラクエウス先生たちに相談してみるわ」
アミエーラは、アイドルユニット平和の花束の自信に満ちた笑顔に勇気づけられ、呪印を縫う針を進めた。
☆報告書にあった大聖堂の司祭様たち……「1012.信仰エリート」「1013.噴き出す不満」「1024.ロークの情報」参照
☆ラゾールニクさんたちも、記事書いてもらった……情報工作「285.諜報員の負傷」→効果「440.経済的な攻撃」参照
☆有名な政治家、何人もやられてた……「0957.緊急ニュース」「0998.デートのフリ」参照
☆戦争やめようって言ってる人……「868.廃屋で留守番」「1011.情報の海原へ」参照




