0112.みんなで掃除
放送局前の歩道に荷物を置き、湖の民の薬師が言った。
「お掃除する間、魚獲りに行ってきます。ついでにお水も汲みますから、お水で掃除の仕上げをして、それから荷物を入れましょう」
「なんだよ。掃くだけじゃ、足りないってのか?」
モーフは箒を手に、思わずキツイ口調になる。
力なき民の自分にもできる作業を、否定された気がして癪に障った。
「坊主、何カッカしてんだ?」
メドヴェージが笑って少年兵の鼻を小突く。モーフは急に恥ずかしくなり、小声で誤魔化した。
「べ……別に……怒ってなんか……」
「……大きな破片は箒で取れますけど、細かいガラス片は、取り難いですし、危険ですから」
薬師のねーちゃんが落ち着いた声で説明した。モーフの反応を待たず、荷物の中から買物袋を取り出す。
モーフは顔を合わせ辛くなり、さっさと中に入って床を掃き始めた。
メドヴェージが、薬師と顔を見合わせて苦笑する。
ソルニャーク隊長の指示で、メドヴェージと高校生のロークが薬師のねーちゃんと共に運河へ向かった。
少年兵モーフは、ついでなので廊下の奥から順に掃いた。あっという間に、チリトリがいっぱいになる。
外へ捨てに行こうとしたところへ、ピナに声を掛けられた。
「私、捨てに行きますよ」
「箒……奥の階段のとこにもっとあるぞ」
モーフはチリトリを渡さず、それだけ言って外へ出た。
ソルニャーク隊長とレノが、テーブルと長椅子を外に出す。
レノがモーフに気付き、先回りして説明した。
「掃除する間、邪魔になるから」
モーフは黙って頷き、中に戻った。
モーフに女の子たちも加わり、箒三本とモップ二本で、せっせと掃除を進める。
掃除用具が足りないので、レノが給湯室、隊長とクルィーロが窓が無事な三部屋を物色する。
一通り廊下と玄関ホールの掃除が終わり、モーフたちも探索に加わった。
モーフはこれで充分な気がしたが、見る角度を変えると、床がキラキラして見えた。悔しいが、湖の民が言う通り、細かい破片が取れないのだろう。
「取敢えず、これ、荷物と一緒に置いといて」
事務室を覗くと、クルィーロがアマナに紙袋を渡していた。アマナはこくりと頷いて紙袋を抱えると、ぱたぱた走って行った。
隊長も、大きな封筒に何かを拾って入れる。
「隊長、それ、なんスか? 俺も探しましょうか?」
「鋏やカッターなどの刃物だ。あれば、色々使えるからな」
武器としてだけでなく、調理や木片の加工など刃物の用途は幅広い。あればそれだけ生存率も上がる。
モーフも隊長に倣い、事務机の抽斗を物色した。
「あ、お菓子!」
不意にピナの妹が言い、モーフが開けた抽斗に横から手が伸びた。呆気に取られる内に小さな手が何かを掴んで引っ込む。
どこから見つけたのか、花柄の紙袋へ大事そうに入れた。
ピナの妹は、モーフと目が合うと屈託なく笑った。
「後でみんなで分けっこするから、今はダメなの」
「お……おう……そうか」
親の仇に笑顔を向けた少女の意図が読めず、モーフは首を傾げて自分の作業に戻った。
一番手前の部屋が終わり、中央の部屋を漁る所へ薬師たちが無事に戻った。
クルィーロが水塊を受け取り、術で玄関ホールと廊下を洗浄する。
「みんな、ちょっと来て。身体も洗おう」
クルィーロの声でぞろぞろ外へ出た。
魔法使い二人が水塊を分けて待つ。ゴミを排出した水は澄み切り、陽を透かして輝く。
まず、アウェッラーナがローク、クルィーロがアマナを洗う。
二人とも意外に汚れており、あっという間に清水が灰色に濁った。水の汚れを捨て、クルィーロが言う。
「焚火の煤とかだな」
モーフも丸洗いされた。
人肌より少し熱い湯が、冷え切った身体に心地よい。
順繰りに仲間の衣服と身体を洗い、最後に術者二人が自分を洗う。
掃除用具入れにあったバケツに水を入れ、残りは放送局前の歩道を洗い流して捨てた。
先に洗ったのか、テーブルと長椅子もすっかりキレイだ。
「さぁ、中に運ぼう」
隊長の声で、まず、窓が無事な部屋から事務机を運び出し、玄関ホールの応接スペースの壁沿いに並べる。
それから、外に出した応接セットを搬入する。
長椅子は、二脚を向かい合わせにピッタリくっつけ、机に沿って並べる。
元々あった間仕切りの衝立は、ガラスを失った窓の前に立て、風除けにした。
トタンは窓の外側に並べ、瓦礫で押さえる。少し隙間風は入るが、衝立が和らげてくれるだろう。
応接テーブルは、受付カウンターの前に並べた。
長椅子のベッドが三組。そこに二人ずつ寝る。
長椅子は、壁と机に沿って三方に並べてある。中央の空間にも事務机を一台置き、机の下へ頭を入れて寝るように、断熱シートを敷いた。
これなら、万一、天井が崩れても、壁沿いと真ん中に並べた机と、長椅子の背もたれで多少は支えられるだろう。
ここ数日で、一番居心地のいい寝床が完成した。
自然と頬が緩む。見合わせた顔はみんな笑顔だ。
……なんで、こんなに笑えるんだろう?
モーフは不思議な気持ちになった。
ほんの数日前まで、自治区外の住人には憎悪しか感じなかったのに。
「そろそろ、メシにするか」
クルィーロに促され、外に出る。
作業に夢中で気付かなかったが、影がすっかり短くなっていた。




