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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0112.みんなで掃除

 放送局前の歩道に荷物を置き、湖の民の薬師(くすし)が言った。

 「お掃除する間、魚獲りに行ってきます。ついでにお水も汲みますから、お水で掃除の仕上げをして、それから荷物を入れましょう」


 「なんだよ。()くだけじゃ、足りないってのか?」

 モーフは(ほうき)を手に、思わずキツイ口調になる。

 力なき民の自分にもできる作業を、否定された気がして(しゃく)(さわ)った。


 「坊主、何カッカしてんだ?」

 メドヴェージが笑って少年兵の鼻を小突く。モーフは急に恥ずかしくなり、小声で誤魔化した。

 「べ……別に……怒ってなんか……」


 「……大きな破片は箒で取れますけど、細かいガラス片は、取り(にく)いですし、危険ですから」

 薬師のねーちゃんが落ち着いた声で説明した。モーフの反応を待たず、荷物の中から買物袋を取り出す。


 モーフは顔を合わせ(づら)くなり、さっさと中に入って床を掃き始めた。

 メドヴェージが、薬師と顔を見合わせて苦笑する。


 ソルニャーク隊長の指示で、メドヴェージと高校生のロークが薬師(くすし)のねーちゃんと共に運河へ向かった。

 少年兵モーフは、ついでなので廊下の奥から順に掃いた。あっという間に、チリトリがいっぱいになる。


 外へ捨てに行こうとしたところへ、ピナに声を掛けられた。

 「私、捨てに行きますよ」

 「箒……奥の階段のとこにもっとあるぞ」

 モーフはチリトリを渡さず、それだけ言って外へ出た。


 ソルニャーク隊長とレノが、テーブルと長椅子を外に出す。

 レノがモーフに気付き、先回りして説明した。

 「掃除する間、邪魔になるから」

 モーフは黙って頷き、中に戻った。



 モーフに女の子たちも加わり、箒三本とモップ二本で、せっせと掃除を進める。

 掃除用具が足りないので、レノが給湯室、隊長とクルィーロが窓が無事な三部屋を物色する。


 一通り廊下と玄関ホールの掃除が終わり、モーフたちも探索に加わった。

 モーフはこれで充分な気がしたが、見る角度を変えると、床がキラキラして見えた。悔しいが、湖の民が言う通り、細かい破片が取れないのだろう。


 「取敢(とりあ)えず、これ、荷物と一緒に置いといて」

 事務室を(のぞ)くと、クルィーロがアマナに紙袋を渡していた。アマナはこくりと(うなず)いて紙袋を抱えると、ぱたぱた走って行った。


 隊長も、大きな封筒に何かを拾って入れる。

 「隊長、それ、なんスか? 俺も探しましょうか?」

 「(はさみ)やカッターなどの刃物だ。あれば、色々使えるからな」

 武器としてだけでなく、調理や木片の加工など刃物の用途は幅広い。あればそれだけ生存率も上がる。


 モーフも隊長に(なら)い、事務机の抽斗(ひきだし)を物色した。


 「あ、お菓子!」

 不意にピナの妹が言い、モーフが開けた抽斗に横から手が伸びた。呆気に取られる内に小さな手が何かを掴んで引っ込む。

 どこから見つけたのか、花柄の紙袋へ大事そうに入れた。


 ピナの妹は、モーフと目が合うと屈託なく笑った。

 「後でみんなで分けっこするから、今はダメなの」

 「お……おう……そうか」

 親の(かたき)に笑顔を向けた少女の意図が読めず、モーフは首を傾げて自分の作業に戻った。



 一番手前の部屋が終わり、中央の部屋を(あさ)る所へ薬師たちが無事に戻った。

 クルィーロが水塊を受け取り、術で玄関ホールと廊下を洗浄する。


 「みんな、ちょっと来て。身体も洗おう」

 クルィーロの声でぞろぞろ外へ出た。

 魔法使い二人が水塊を分けて待つ。ゴミを排出した水は澄み切り、陽を()かして輝く。


 まず、アウェッラーナがローク、クルィーロがアマナを洗う。

 二人とも意外に汚れており、あっという間に清水が灰色に濁った。水の汚れを捨て、クルィーロが言う。

 「焚火の(すす)とかだな」


 モーフも丸洗いされた。

 人肌より少し熱い湯が、冷え切った身体に心地よい。

 順繰りに仲間の衣服と身体を洗い、最後に術者二人が自分を洗う。


 掃除用具入れにあったバケツに水を入れ、残りは放送局前の歩道を洗い流して捨てた。

 先に洗ったのか、テーブルと長椅子もすっかりキレイだ。



 「さぁ、中に運ぼう」

 隊長の声で、まず、窓が無事な部屋から事務机を運び出し、玄関ホールの応接スペースの壁沿いに並べる。

 それから、外に出した応接セットを搬入する。


 長椅子は、二脚を向かい合わせにピッタリくっつけ、机に沿って並べる。

 元々あった間仕切りの衝立(ついたて)は、ガラスを失った窓の前に立て、風除(かぜよ)けにした。


 トタンは窓の外側に並べ、瓦礫で押さえる。少し隙間風は入るが、衝立が和らげてくれるだろう。

 応接テーブルは、受付カウンターの前に並べた。


 長椅子のベッドが三組。そこに二人ずつ寝る。

 長椅子は、壁と机に沿って三方に並べてある。中央の空間にも事務机を一台置き、机の下へ頭を入れて寝るように、断熱シートを敷いた。

 これなら、万一、天井が崩れても、壁沿いと真ん中に並べた机と、長椅子の背もたれで多少は支えられるだろう。


 ここ数日で、一番居心地のいい寝床が完成した。

 自然と頬が緩む。見合わせた顔はみんな笑顔だ。


 ……なんで、こんなに笑えるんだろう?


 モーフは不思議な気持ちになった。

 ほんの数日前まで、自治区外の住人には憎悪しか感じなかったのに。


 「そろそろ、メシにするか」

 クルィーロに促され、外に出る。

 作業に夢中で気付かなかったが、影がすっかり短くなっていた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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