1089.誰が伝えるか
移動放送局プラエテルミッサの面々は、夕飯を食べながら呪医セプテントリオーの話に耳を傾ける。
重傷のコルチャークと付添いのメーラが無事に入院できたことは、同行して先に戻った村長の息子から聞いた。
呪医は、運び屋フィアールカと偶然出会い、歌手ニプトラ・ネウマエ主宰の「音楽仲間の趣味の集まり」と称する非公式会合に参加して遅くなったと言う。
「話し合いの結果、AMシェリアクで、特別番組『花の約束』の続編を放送することが決まりました。」
「じゃ、俺もアミトスチグマかラクリマリスに行って、打合せした方がいいッスね?」
DJレーフが勢い込んで言うと、呪医セプテントリオーは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。
「費用の問題がありますからね。ラクエウス先生とラゾールニクさんが会議の報告書をまとめて、マリャーナさんに会社と交渉していただくそうです」
「あぁ、やっぱ、そうなりますよね」
総合商社パルンビナ株式会社の取締役会で、放送枠の買取り許可が出なければ、次の行動には移れない。
少し先になるとみて、クルィーロは言った。
「こっちも色々話し合って、カピヨー支部長にワクチンの件、相談するコトになったんですよ」
「どなたが行かれるのですか?」
DJレーフが湖の民の呪医に答える。
「医療の話なんで、呪医かアウェッラーナさんと、支部長に気に入られちゃった俺かクルィーロ君が、一緒に行くのがいいかなって思うんですけどね」
「妹は葬儀屋さんと二人で、アミトスチグマとチェルノクニージニクに行って、今夜はあちらに泊まって、明日の夕方、戻る予定なんですよ」
老漁師アビエースが、申し訳なさそうに説明する。
「四眼狼の群を狩るのに怪我人が多くて、毒消しの薬がたくさん欲しいって頼まれましてね」
呪医セプテントリオーが修めた【青き片翼】学派では、解毒や完全に壊死した部分は、対応できない。コルチャークの足がどうなったか、村長の口から広まり、自警団が怖気付いて魔獣狩りが滞ってしまったと言う。
アナウンサーのジョールチが呪医に言った。
「アウェッラーナさんの帰りを待って改めて話し合うか、まだその辺りも決まっていませんが、取敢えず、誰かが行くことだけが決まりました」
「呪医が行くとしたら、魔獣に襲われたらどうしようって心配があるんですけどね」
クルィーロ自身、自分が行くことに抵抗はないが、アマナは何とも言えない顔で兄を見詰め、今日はこの話が出てから一言も口をきいてくれない。父が賛成したのも気に入らないのだろう。
……心配してくれるのはいいけど、何て言い聞かせりゃいいんだろうな。
ラクエウス議員たちが、星の標の支部に聖職者用の聖典を送りつけて以来、爆弾テロと呪符泥棒が激減して、前よりずっと安全になったのだ。
「どんなとこに気を付けて話せばいいか、教えてもらえたら、俺とクルィーロ君で行っても大丈夫だと思いますけど」
「彼らがどの程度、情報を把握したかも聞き出したいのでな。なるべく早い方がいいのだが……」
ソルニャーク隊長が、空いた食器を重ねながら言う。
「私は、感染症や公衆衛生に関して、そんなに詳しくないのですよ」
意外に思ったのは、クルィーロだけではないらしい。呪医がみんなの視線を受けて付け加える。
「アウェッラーナさんは内乱後、大学に進学されたそうですから、新しい知見を総合的に学んで、私よりずっと詳しいですよ」
呪医セプテントリオーは、何百年も前に【青き片翼】学派の術を専門的に学び、軍医として勤めた後は、公立病院の実務の中で公衆衛生などを学んだと言う。
彼が申し訳なさそうに食器を置くと、ピナティフィダが言った。
「今日も呪医が三人と【跳躍】した後、村の人たちが落ち着かなくなって、【結界】があって大丈夫な畑でも、行けなくなった人が居たんですよ」
「あまり頼られ過ぎても困るのですが……」
呪医が苦笑する。
この分では、魔獣退治が完全に終わるまで、解放してもらえないかもしれない。
老漁師アビエースが食後のお茶を淹れ、レノがみんなに配りながら言った。
「でも、解放軍に魔獣退治を頼むの、何かヤなんですよね」
「命の恩人だってんで、あいつらの共鳴者が増えンのは困るしよ」
メドヴェージが言うと、少年兵モーフが頷いた。
「村の奴らでも、ちょっとずつやっつけられンだし、ねーちゃんの薬がありゃ、その内なんとかなるって」
呪医セプテントリオーが、自治区民二人の話にそれもそうだと頷いた。
朝食後、移動放送局のみんなが村の門まで見送りに来てくれた。アマナは父と手を繋ぎ、下唇を噛んでクルィーロを見上げる。
「お兄さんたち、どちらへ?」
畑へ行く村の男性たちが、不安な面持ちで聞いて呪医を見た。
「少し遠くの偉い人の所です。この地域の状況をお知らせして、相談に行くのですよ」
国営放送アナウンサーのジョールチが説明すると、村人たちは明るい顔で何度も礼を言った。
DJレーフが苦笑交じりに釘を刺す。
「遠いとこの人だし、自分の地元が最優先だから、必ず頼みを聞いてもらえる訳じゃありませんよ」
「九割方、断られるつもりで行くんで、期待しないで下さい」
クルィーロがダメ押ししたが、村人たちは更に礼を言った。
「ここのことが他所に伝わるだけでも有難いです」
「話が伝われば、何かの拍子に、どこか別の所から助けていただけるかもしれませんからね」
「大したお礼はできませんが、よろしくお願いします」
クルィーロとDJレーフは、レノたちパン屋の兄姉妹が焼いてくれたクッキーを手土産にクリュークウァ市へ【跳躍】した




