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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0111.給湯室の収穫

 左手側の部屋は、窓ガラスが無事だ。

 机や棚は幾つか倒れたが、右手の部屋に比べれば、かなりマシだった。


 「あ、こっちの机の方がいいかも」

 「水汲みの手間が省けたな」

 「玄関のガラスを()けたいんで、やっぱり水汲みは行きますよ」

 「そうか? (ほうき)でもあれば、我々でも片付けられるがな」

 「掃除用具を探すんッスか?」

 モーフが聞くと、隊長は苦笑した。


 「ついででいいぞ。主な目的は、魔物や害のある人間が潜んでいないか、建物に危険な箇所がないかの点検だ」

 勢い込んだモーフは、少しがっかりしたが、気を取り直して探索を続けた。


 ……俺でも、役に立てると思ったのになぁ。ま、いっか。


 左右にそれぞれ三部屋ずつあった。

 どれも似たり寄ったりの惨状。戸口から声を掛け、応答がなければ次へ進んだ。


 廊下の突き当りは、階段室だった。

 ここの窓も割れ、ガラス片が散らばる。隅に掃除用具入れがあった。

 モーフは(ほうき)とチリトリをひとつずつ手に取った。


 「では、掃除は後で我々がしよう」

 隊長の言葉に、クルィーロとモーフは頷いた。

 「お願いします。見た範囲は、今のところ魔力が循環してるんで、いきなり崩れたりは、多分、ないと思います」



 階段は上だけでなく、下もある。下は光が届かず、よく見えなかった。

 魔力を節約する為、今は【灯】の術を使わず、後回しにする。


 階段の手前の小部屋はトイレと給湯室だ。

 給湯室の戸を開けると、プラスチックのコップが床に散らばっていた。


 クルィーロが黄色い紙箱を拾い上げる。

 モーフには箱の表示が読めない。隊長が横から覗いて呟いた。

 「紅茶か……」


 「これ、持って行ったら火事場泥棒だよなぁ」

 クルィーロが今更なことを言って箱を戻そうとする。

 モーフは思わず、その手を掴んだ。

 「どうせ持ち主は戻ってこねーよ。食いモンだったら、ネズミに食わせるより俺らが食った方がいいって」

 「……そうか。そうだな。じゃあ、薬罐(やかん)とコップも拾って、一旦みんなのとこに戻ろうか」


 コップを人数分拾って廊下に出し、倒れた棚を起こす。棚の下は陶器の破片だらけだ。

 隊長が念の為、流し台の蛇口を(ひね)ってみたが、水は出なかった。


 床に転がった湯沸かしポットは、モーフが工場で組立てたことのある機種だ。落下の衝撃で壊れたらしい。そもそも、電気がない。


 破片を箒で隅に掃き寄せ、棚の下段に並ぶ抽斗(ひきだし)を開ける。紙皿と紙コップ、使い捨てフォークの束だ。一緒にあったビニール袋に入れ、これも持って行く。

 薬罐(やかん)は見つからなかったので諦めた。



 中央分離帯に戻ると、アマナが泣きそうな顔で駆け寄り、兄に抱きついた。

 クルィーロは妹をあやすのに忙しく、モーフにはよくわからない。

 隊長が代表で報告する。


 隊長が話し終えると、パン屋のレノが質問した。

 「お茶って、これだけですか? 紅茶だったら、スティックシュガーやミルクもあると思いますよ」

 「お砂糖……甘くてカロリー高くて、濡らさなければ長い間保存できますし、あれば助かりますね」

 少年兵モーフは、薬師のねーちゃんの言葉に胸が高鳴った。



 運河の(ほとり)で炎に囲まれた時、避難民の中年女性が「あめちゃん」と言う物を配った。「子供だから」と言う理由で、テロリストとして捕縛されたモーフにも無償で与えられた。

 他の子供を(うかが)い、見様見真似(みようみまね)で見たことのない包みを外して口に入れると、ずっと前にリストヴァー自治区の教会でもらったアレを思い出した。自治区のものよりうんと甘い。


 ……あぁ、これ、あめ。あれもアメ。そうか。飴だ。


 それまで、日常的に口に入る甘い物は、シーニー緑地で吸う花の蜜だけだった。蝶や蜂、他の子供たちより先に、咲いてすぐの花を摘めなければ、味わえない。

 (わず)かな甘味より青臭さが際立つが、バラック地帯の子供たちにとって貴重なおやつだ。


 モーフはあの時、生まれて初めてこんなに甘い飴を口にして、夢のような甘さに頭の芯が痺れた。



 「すてぃっくしゅがー」とやらが、どんなものかわからないが、湖の民の薬師(くすし)が言うくらいだから、栄養があって甘いのだろう。

 是非とも手に入れなければならない。


 隊長とクルィーロが顔を見合せた。

 「あぁ、抽斗(ひきだし)は一番下しか開けなかったな。他の段に入っているのだろう」

 「階段室の扉を閉めて【鍵】を掛ければ、警戒するのは外から来る奴だけでよくなるからな。みんなで行って、掃除して今夜の寝床の用意をしよう」

 クルィーロの提案で荷物をまとめ、放送局のビルへ移動した。

☆運河の(ほとり)で炎に囲まれた時、避難民の中年女性が「あめちゃん」と言う物を配った……「0068.即席魔法使い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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