0111.給湯室の収穫
左手側の部屋は、窓ガラスが無事だ。
机や棚は幾つか倒れたが、右手の部屋に比べれば、かなりマシだった。
「あ、こっちの机の方がいいかも」
「水汲みの手間が省けたな」
「玄関のガラスを除けたいんで、やっぱり水汲みは行きますよ」
「そうか? 箒でもあれば、我々でも片付けられるがな」
「掃除用具を探すんッスか?」
モーフが聞くと、隊長は苦笑した。
「ついででいいぞ。主な目的は、魔物や害のある人間が潜んでいないか、建物に危険な箇所がないかの点検だ」
勢い込んだモーフは、少しがっかりしたが、気を取り直して探索を続けた。
……俺でも、役に立てると思ったのになぁ。ま、いっか。
左右にそれぞれ三部屋ずつあった。
どれも似たり寄ったりの惨状。戸口から声を掛け、応答がなければ次へ進んだ。
廊下の突き当りは、階段室だった。
ここの窓も割れ、ガラス片が散らばる。隅に掃除用具入れがあった。
モーフは箒とチリトリをひとつずつ手に取った。
「では、掃除は後で我々がしよう」
隊長の言葉に、クルィーロとモーフは頷いた。
「お願いします。見た範囲は、今のところ魔力が循環してるんで、いきなり崩れたりは、多分、ないと思います」
階段は上だけでなく、下もある。下は光が届かず、よく見えなかった。
魔力を節約する為、今は【灯】の術を使わず、後回しにする。
階段の手前の小部屋はトイレと給湯室だ。
給湯室の戸を開けると、プラスチックのコップが床に散らばっていた。
クルィーロが黄色い紙箱を拾い上げる。
モーフには箱の表示が読めない。隊長が横から覗いて呟いた。
「紅茶か……」
「これ、持って行ったら火事場泥棒だよなぁ」
クルィーロが今更なことを言って箱を戻そうとする。
モーフは思わず、その手を掴んだ。
「どうせ持ち主は戻ってこねーよ。食いモンだったら、ネズミに食わせるより俺らが食った方がいいって」
「……そうか。そうだな。じゃあ、薬罐とコップも拾って、一旦みんなのとこに戻ろうか」
コップを人数分拾って廊下に出し、倒れた棚を起こす。棚の下は陶器の破片だらけだ。
隊長が念の為、流し台の蛇口を捻ってみたが、水は出なかった。
床に転がった湯沸かしポットは、モーフが工場で組立てたことのある機種だ。落下の衝撃で壊れたらしい。そもそも、電気がない。
破片を箒で隅に掃き寄せ、棚の下段に並ぶ抽斗を開ける。紙皿と紙コップ、使い捨てフォークの束だ。一緒にあったビニール袋に入れ、これも持って行く。
薬罐は見つからなかったので諦めた。
中央分離帯に戻ると、アマナが泣きそうな顔で駆け寄り、兄に抱きついた。
クルィーロは妹をあやすのに忙しく、モーフにはよくわからない。
隊長が代表で報告する。
隊長が話し終えると、パン屋のレノが質問した。
「お茶って、これだけですか? 紅茶だったら、スティックシュガーやミルクもあると思いますよ」
「お砂糖……甘くてカロリー高くて、濡らさなければ長い間保存できますし、あれば助かりますね」
少年兵モーフは、薬師のねーちゃんの言葉に胸が高鳴った。
運河の畔で炎に囲まれた時、避難民の中年女性が「あめちゃん」と言う物を配った。「子供だから」と言う理由で、テロリストとして捕縛されたモーフにも無償で与えられた。
他の子供を窺い、見様見真似で見たことのない包みを外して口に入れると、ずっと前にリストヴァー自治区の教会でもらったアレを思い出した。自治区のものよりうんと甘い。
……あぁ、これ、あめ。あれもアメ。そうか。飴だ。
それまで、日常的に口に入る甘い物は、シーニー緑地で吸う花の蜜だけだった。蝶や蜂、他の子供たちより先に、咲いてすぐの花を摘めなければ、味わえない。
僅かな甘味より青臭さが際立つが、バラック地帯の子供たちにとって貴重なおやつだ。
モーフはあの時、生まれて初めてこんなに甘い飴を口にして、夢のような甘さに頭の芯が痺れた。
「すてぃっくしゅがー」とやらが、どんなものかわからないが、湖の民の薬師が言うくらいだから、栄養があって甘いのだろう。
是非とも手に入れなければならない。
隊長とクルィーロが顔を見合せた。
「あぁ、抽斗は一番下しか開けなかったな。他の段に入っているのだろう」
「階段室の扉を閉めて【鍵】を掛ければ、警戒するのは外から来る奴だけでよくなるからな。みんなで行って、掃除して今夜の寝床の用意をしよう」
クルィーロの提案で荷物をまとめ、放送局のビルへ移動した。
☆運河の畔で炎に囲まれた時、避難民の中年女性が「あめちゃん」と言う物を配った……「0068.即席魔法使い」参照




