表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十八章 理趣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1106/3510

1078.交渉材料確保

 黒髪の少女が、説教壇の脇で傷を押さえて(うずくま)る少年の肩に手を置き、【跳躍】を使った。


 二人の姿がルフス光跡教会の礼拝堂から消えた途端、魔装兵ルベルは脇腹を小突かれた。

 「いつまで呆けておる気だ。確保するぞ」

 「は、はい!」


 ラズートチク少尉は堂々と通路を歩き、【魔道士の涙】の記憶と悲しみに囚われて涙を流すパジョーモク議員に近付いた。議員の手から銀の燭台を取り上げ、長椅子の列に放り投げる。

 甲高い金属音で、レフレクシオ司祭が血の気の失せた顔を上げた。

 「ありがとうございます。あなた方は……」

 少尉は司祭を無視して礼拝堂の奥へ進んだ。ルベルも応えず、パジョーモク議員の手首を掴んで強引に歩かせる。


 たくさんのサイレンが近付いて来た。


 議員が振り(ほど)こうともがくが、魔装兵ルベルにとっては、そんな抵抗はないに等しい。

 ラズートチク少尉は、立派な椅子の横で放心するシストスの肩を抱き、【跳躍】を唱えた。

 二人の姿が消えたのを見届け、ルベルは足下を確認した。説教壇の周囲には【消魔の石盤】がない。ひとつ深呼吸して行き先を思い浮かべると、いつもよりゆっくり【跳躍】の呪文を唱えた。


 「鵬程(ほうてい)を越え、此地(このち)から彼地(かのち)へ駆ける。

  大逵(たいき)手繰(たぐ)り、折り重ね、一足(ひとあし)に跳ぶ。この身を其処(そこ)に」



 「何だ君たちはッ? ここはどこだッ?」

 魔装兵ルベルが手を離した途端、パジョーモク議員がわめいた。

 教えていいものかわからず、先に跳んだラズートチク少尉を窺う。少尉は穏やかな微笑で答えた。

 「ここはネーニア島のネモラリス領ですよ。パジョーモク先生」

 「何ッ?」

 「アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で焼き払われて、市民は残ってませんがね」


 シストスが、蒼白な顔で殺風景な部屋を見回し、窓に飛びついた。ガラスは全て爆風で砕けたが、鉄格子は健在だ。ラクリマリス人の政策秘書が、がっくり膝を落として床に座り込む。



 この雑居ビルは、ネモラリス政府軍が接収し、【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の工兵が応急修理した。北ザカート市東部に位置し、レサルーブの森での魔獣狩りや素材採取の拠点として活用中だ。

 倒壊せずに済んだ周辺のビルも、民間の魔獣駆除業者などが住み着いた。同様に軍用素材の調達拠点にし、政府軍に協力を惜しまない。


 現在の北ザカート市は、ルベルが思った以上に人が多かった。

 ただ、電気、ガス、水道、電話は復旧しておらず、ネモラリス憂撃隊の拠点を壊滅させた後は、力なきは一人も居ないと考えていいだろう。



 ラズートチク少尉が、怯える二人にやさしく声を掛ける。

 「危険ですから、建物の外へは出ないで下さいね」

 パジョーモク議員が、家具も瓦礫もない部屋を怯えた目で見回した。唯一の出入口は、大柄で強面のルベルが塞ぐ。議員は項垂(うなだ)れた。


 ……そんな怖がらなくてもいいのに。


 何故か【化粧】の首飾りで変えた顔も強面だった。ルベルは内心傷付いたが、表情には出さず、二人を見詰める。


 「我々をどうするつもりだ? 君たちは何者で、何の目的があって、こんな真似を? 私の名をどこで知った?」

 「ひとつずつお答えしましょう。まず、先生のお顔とお名前は、新聞や選挙ポスターで拝見しましたし、演説も何度か拝聴させていただきましたよ」

 「俺も、リャビーナで演説、見ましたよ」

 ルベルも、何か言った方がいいかと思って言い添えたが、誰も反応しない。


 ラズートチク少尉が続ける。

 「我々は勿論(もちろん)、お二方の命の恩人ですよ」

 「ふざけるな! 何の目的が……誰の差し金だッ?」


 魔装兵ルベルとラズートチク少尉は陸の民だ。

 今は【化粧】の首飾りで顔を変え、外からは「普通の夏服」に見えるよう呪印を隠した【鎧】を纏う。

 少なくとも、ウヌク・エルハイア将軍率いるネミュス解放軍だとは思わなかったようだ。陸の民の勢力は、政府軍の他にも色々あって、絞り切れない。



 ラズートチク少尉が気の毒そうな声音を作る。

 「恐ろしい目に遭ったばかりで、気が立っておいでのようですね。ご覧の通り、何もないところですが、建物の中でしたら安全です。空襲で街の防壁が失われて危険ですから、くれぐれも、この建物から出ないで下さい」


 政策秘書シストスが窓に貼りついたまま振り向く。

 「私は、ラクリマリス人なんです」

 「そうですか。それでは【跳躍】でご自宅に帰れますね」

 少尉がとぼけると、シストスは無言で(かぶり)を振った。


 「ここは魔獣狩りの拠点なんですよ。後で水と食料、毛布をお持ちします」

 ラズートチク少尉が一息に距離を詰め、パジョーモク議員の肩を親しげに抱いて【制約】を唱えた。呪文に織り込んだ禁止事項は「この建物から出ること」だ。

 シストスが息を呑み、頭を抱えてへたり込む。

 パジョーモク議員は少尉を突き飛ばし、両手で自分の身体を撫で回した。異常がないとわかると、大きく息を吐いて聞く。

 「何をした?」

 「どうやら、信用されていないご様子でしたので、安全の為、この建物の外へお出掛けにならないようにさせていただきました。何せ、空襲のせいで防壁がないものですから、日中でもこの近くまで魔獣が来ることがあるのですよ」

 「放置された瓦礫の影に昼間でも雑妖や魔物が居て、力なき民の人が出歩くの、ホント危ないんですよ」

 ルベルの言葉で、シストスが観念したように項垂(うなだ)れた。



 少尉は政策秘書にも【制約】を掛け、思い出したように答えを与える。

 「そうそう、我々の目的でしたね。あなた方が何故、アーテル領の教会で礼拝の手伝いをしていたのか、知りたいだけですよ」

 「知ってどうする気だ?」

 「内容次第ですね。妙な気を起こしても無駄ですよ。我々魔法使いは、あなた方の言う“()しき(わざ)”で、死体からでも情報収集できますからね」


 魔獣に捕食され、死体が残らなければ【(ただ)しき燭台(しょくだい)】は使えない。


 ラズートチク少尉が愛想良く言う。

 「建物の中は自由にお使いいただいて構いません。魔獣狩りはむさ苦しいおっさんばかりですが、みんな気のいい連中ですよ。話し相手くらいにはなるでしょう」



 魔装兵ルベルは、少尉に促されて廊下に出た。二人並んで階段を降りる。

 この雑居ビルは三階建てで、二人を置き去りにした部屋は二階だ。


 一階の奥に入る。

 数人の魔装兵が武器の手入れをしながら雑談していたが、少尉に気付いて敬礼した。全員、民間業者の【鎧】姿だ。


 「予定通り、二人を確保した。私は本部へ報告に行く。手筈通り、民間業者のフリで話を合わせよ」

 「はッ!」

 陸の民の魔装兵は、背筋を伸ばして敬礼した。

 「お前はここから憂撃隊の拠点を監視して待て」

 「了解!」

 ルベルも敬礼し、ラズートチク少尉の【跳躍】を見送った。

☆大柄で強面のルベル……「393.新たな任務へ」参照

☆ネモラリス憂撃隊の拠点を壊滅させた……「911.復讐派を殲滅」参照

☆放置された瓦礫の影に昼間でも雑妖や魔物が居て……嘘ではない「367.廃墟の拠点で」参照

☆憂撃隊の拠点を監視……こっちはまだある「840.本拠地の移転」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ