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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1076.復讐の果てに

 「司祭様、しっかり!」

 パジョーモク議員が、マイクスタンドをかなぐり捨ててレフレクシオ司祭に駆け寄る。


 司祭を刺した人物は、まだあどけなさが残る黒髪の少年だ。血まみれのナイフを逆手に持ち替え、一気に振り下ろす。

 黒髪の少女が連れと繋いだ手を振り(ほど)き、その手を蹴り上げた。

 「司祭様に何てコトすんのよッ!」

 「ヂオリート君?」

 少女の連れの少年が呆然と呟いた声は、二列離れた通路の魔装兵ルベルにも届いた。


 ナイフを手にした少年が、名を呼んだ少年を見上げる。少女がその頭に蹴りを浴びせ、衣に血を滲ませた司祭と少年の間に割り込んだ。

 「あんた、星の(しるべ)?」

 「私に構わず、早く逃げなさい」


 レフレクシオ司祭は、苦しい息を吐きながら避難を促した。片手を突いて身を起こし、大きく息を吐いてヂオリートと呼ばれた少年に向き直る。衣の赤い領域が広がったが、微笑を浮かべて言った。


 「私は、君を許します。早く魔獣から逃げなさい」

 「司祭様!」

 パジョーモク議員が(かたわ)らに(ひざまず)いて司祭を支えた。

 ヂオリートが、深緑の目を大きく見開いて司祭を見る。振り上げたナイフをゆっくりと下ろしながら、視線を双頭狼(そうとうろう)に向け、蹴られて切れた唇に薄く笑みを浮かべた。

 「姉さん、ここに居たんだね。ずっと……ずっと捜してたんだよ」


 ……犠牲者の弟……?


 「あッ!」

 魔装兵ルベルは、ナイフの少年が何者か思い出した。地下街チェルノクニージニクで同じ宿に逗留する少年だ。

 双頭狼(そうとうろう)に食われ、魔獣の身に怨念を浮かび上がらせたのが、彼が捜し続けた姉なのだろう。

 その怨念は、生きたまま喰われた苦痛によるものなのか、それとも、「偉い人の愛人にされた」件のせいなのか。

 だが、この深い怨みの念がなければ、姉弟が再会を果たせなかったのだ。

 いつ喰われたか不明だが、これではどれだけ捜しても、みつかる筈がない。魔装兵ルベルは、アーテル人の姉弟が気の毒になった。



 ヂオリートの手がゆっくり持ち上がる。

 「姉さん……でも、やっぱり、僕じゃダメみたい。だから、僕を食べて力をつけて、教会に復讐して」

 刃が自らの喉元へ向かう。

 双頭狼(そうとうろう)が、呆然と立つ少年の脇をすり抜け、少女を避けてヂオリートに飛びついた。パジョーモク議員が手探りで銀の燭台を拾い、片手で支えた司祭を庇って身構える。


 姉の怨念を貼り付けた狼の口が、少年の細い首に向かったが、ルベルは動けなかった。

 上官も無言で成り行きを見守る。

 恐慌に陥った信者の悲鳴がやけに遠く聞こえた。

 魔獣が首を横に大きく振る。


 輝く何かがルベルたちの方へ飛んで来た。

 硬い音を立て、手前の長椅子に何かが突き立つ。

 ナイフだ。

 ラズートチク少尉が、長椅子を一脚乗り越えて回収した。刃に呪印がある。


 ……チェルノクニージニクで買ったのか。


 双頭狼(そうとうろう)は身を翻し、もう一人の少年に躍り掛かった。少年は(かわ)そうと身を(よじ)ったが、狼の牙が胸元をかすめた。夏物の服が何の抵抗もなく破れ、血と共に細い鎖が飛び散る。

 「傷は浅い! 逃げるよ!」

 少女が、床に腰を落とした少年の腕を引いて立ち上がらせる。少年は、千切れたペンダントを拾いながら腰を上げた。

 「き、君たちッ、早く逃げなさい!」

 パジョーモク議員が、銀の燭台を手に立ち上がり、少年少女を背に魔獣と対峙する。


 「身の程知らずめが」

 ラズートチク少尉は小声で毒吐(どくづ)き、長椅子をもう一脚乗り越えた。


 「霹靂(かむとけ)の (あめ)()りたる (いかづち)は 魔縁(まえん)絡めて 魔魅(まみ)捕る網ぞ」


 ヂオリートのナイフから雷の網が伸び、狙い(あやま)たず魔獣の身を絡め取る。

 少女に手を引かれた少年が、魔獣の甲高い悲鳴に振り向き、ルベルは息を呑んだ。驚きに強張った顔は、先程とは全く別人だ。


 ……えっ? じゃあ、あれは【化粧】の首飾り?


 その素顔にも見覚えがある気がしたが、いつ、どこで会ったのか思い出せない。

 「何をしているッ? 【光の槍】を撃て!」

 ラズートチク少尉に一喝され、魔装兵ルベルは現在の状況を思い出した。【急降下する(ワシ)】学派の術はあまり得意ではないが、最低限、パジョーモク議員にだけは当てないよう、意識を集中する。


 「想い()ぎ 光鋭(ひかりするど)き槍と成せ!」


 輝く魔力の槍は【紫電の網】に絡まって暴れる魔獣の胸部を貫き、床に触れて消えた。双頭狼(そうとうろう)は苦痛の声を上げ、暴れ続ける。


 少女が説教壇の前で足を止め、ルベルと同じ呪文を唱えた。【光の槍】は弾道を曲げ、進路上の人間を避けて双頭狼(そうとうろう)の尾に命中した。

 「あの女、お前より腕がいいな」

 ラズートチク少尉が、ナイフを(もてあそ)びながら通路に出る。その向こうで双頭狼(そうとうろう)が動きを止め、【紫電の網】が消えた。


 砕けた【魔道士の涙】が散らばりながら最期の輝きを放つ。



 <シルヴァさん、俺に死に場所をくれてありがとう>

 <あらあら、お礼を言うのはまだ早いんじゃなくて? メドソースさん>



 ここで言葉を交わすかのように、脳裡(のうり)に人の声が響いた。

 魔装兵ルベルは激しい悲しみに襲われ、涙がこぼれそうなのを(こら)えて礼拝堂内を見回すが、それらしい男と老女は見当たらない。


 信者の泣き叫ぶ声が止み、取り残された人々が嗚咽を上げながら、礼拝堂内に視線を巡らせた。

☆犠牲者の弟/地下街チェルノクニージニクで同じ宿に逗留する少年/「偉い人の愛人にされた」件……「0945.食下がる少年」「1004.敵の敵は味方」参照

☆教会に復讐……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照

☆その素顔にも見覚えがある……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照

☆【急降下する鷲】学派の術はあまり得意ではない……別の物に当たった「609.膨らむ四眼狼」、狙っても当たらない「705.見張りの憂鬱」~「707.奪われたもの」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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