0110.廃墟を調べる
「俺、行きますよ。魔法使いが居れば、建物に魔力を補充できていいんで」
クルィーロの申し出にソルニャーク隊長が小さく顎を引いた。
アマナが驚いた顔で兄を見上げる。
クルィーロは妹の金髪を撫で、「すぐ戻るから」とやさしく声を掛けた。
妹は兄にしがみつき、何も言わない。
「そうだな……モーフ、お前も来い。取敢えず、この三人で行こう」
隊長に呼ばれ、少年兵モーフは背筋を伸ばした。
「アマナ、すぐ戻るから、いい子にしてるんだぞ」
兄が妹の肩を軽く叩いてあやし、言い聞かせる。アマナは表情を変えず、微かに瞳を揺らした。
クルィーロはアマナの背を軽く押して、パン屋の青年に声を掛けた。
「じゃあ、レノ。アマナを頼む」
「わかった。気を付けろよ」
「わかってるって」
レノがアマナの肩に手を添えると、クルィーロは白い歯を見せて笑った。
それを見届け、ソルニャーク隊長が号令する。
「それでは、みんなは道路の中央で待機。我々は一階を見て、一旦戻る」
放送局前には、四車線道路が走る。
中央分離帯の植え込みに荷物を置き、改めて周囲の状況を確認した。
人っ子一人居ない。
日当たりがいいので、道には雑妖が居ない。
あまり建物に近付くと、影伝いに雑妖が来るかも知れなかった。
中央分離帯の柵にトタン板を立て掛け、荷物を置いて風除けを作る。
「じゃ、ご安全に」
メドヴェージが、軽い調子でソルニャーク隊長に声を掛けた。
「旨いモン、持って帰って下さいよ」
「ははっ。残っていればな」
アマナはピナにしがみつき、無言でクルィーロを見送った。
ソルニャーク隊長、魔法使いの工員クルィーロ、少年兵モーフの順で、放送局のビルに侵入する。
武器も持ち物も何もない。
全くの手ぶらだ。
一歩足を踏み入れると、空気がひやりとして、モーフは思わず身震いした。
扉の横にあった大きな窓は、爆風で吹き飛んで枠だけ残り、靴底の下でガラス片がパリパリと音を立てた。
入ってすぐの部屋は、トラック三台分くらいの広さだ。左手にカウンター、右手には低いテーブルと立派な椅子、仕切りの衝立が転がる。
「玄関ホールって奴だな。大丈夫そうなら、今日はここに泊まりませんか?」
クルィーロが、ソルニャーク隊長に提案する。
隊長は倒れた椅子を一脚だけ起こし、天井を見上げて答えた。
「そうだな。ここなら、万一の場合も、すぐに脱出できるだろう」
建物を守る魔法が有効なら、ここは安全な筈だ。だが、モーフには、それをどうやって確めればいいかわからない。
……こんなスゲー椅子、初めて見た。
モーフは、こんなふかふかの長椅子で寝られたら最高だろうと思った。
低いテーブル一台に対して、長椅子は二脚ずつある。それが三セット。
見張りは別で、子供を二人ずつ寝かせれば、丁度人数分ある。
二人が廊下の奥へ進んだのに気付き、モーフは慌てて後を追った。
二人は、天井と壁を見回しながら慎重に進む。
モーフは、雑妖や他の人間が潜んでいないか、周囲に気を配ってついて行った。
……建物の中なのに、こんな広い道、通ってんだな。
五人くらい並んで歩けそうなゆったりした廊下だ。
こんな広い通路は、バラック街にはなかった。
廊下にはガラス片がなく、内装材の細かい破片が散らばるだけだ。天井の石膏ボードが落ち、配線などが剥き出しになって一部が垂れ下がる。
隊長が、右手の部屋を覗いた。
窓だったところから光が射し、砕けたガラスがキラキラ輝く。
爆風で吹き飛んで、金属製の事務机が廊下側に寄り、室内はかき混ぜられたように様々な物が散乱する。
「机をホールに並べたら……」
「天井が落ちてきても、支えられるな」
クルィーロが言い掛けた言葉を受け、ソルニャーク隊長が頷く。
少年兵モーフは、隊長の指示で机を起こした。
机の中身がガタガタ動き、意外に重い。抽斗を開けると、モーフの知らない物がたくさんあった。
「あ、でも、やっぱ、素手は危ないな。水があれば流せるんだけど……」
クルィーロは、手近な机をひとつだけ起こして手を止めた。
「そうか? では、後で魚を獲るついでに水を運んでもらっていいか?」
「いいッスよ。取敢えず、先に一階全部見て回りましょう」
モーフたちは、たくさんの書類や文房具などが散らばる部屋を後にした。




