0011.街の被害状況
湖の民の男性が、同胞の少女に問われ、見聞きしたことを語る。
「奴らは、大型トラックに分乗して、国道を南から北へ襲って来たんだ。最初の一台は、機関銃か何かで武装した連中が、荷台から歩道を撃ちまくってた」
アウェッラーナが目を見開く。
男性は吐き捨てるように続けた。
「俺は、その時に撃たれてこのザマだ。二台目は、手榴弾か何か、爆弾を大量に積んでた。そいつを次々、国道沿いの家や店に投げてた」
「三台目は、灯油だかガソリンだか……何せ、油を撒きながら走ってて、それに火が点いて、こんなんなってんだ」
火傷の男性も説明に加わる。
「あいつら、笑いながら火焔瓶投げてたんだ」
「俺は最初、近所の病院に行ったんだが、そこはもう火が回ってダメだった」
「死人と怪我人が多いし、家も店も爆破されたり放火されたりで、スゲー混乱してて、火を消すのが全然追い付かないんだよ」
通りに面した防火水槽から水を起ち上げた者は、銃で撃たれた。
「私一人なら、跳んで逃げられるけど、子供たちをみんな連れて、一遍に跳ぶだけの魔力はないから……」
おばさんが膝を抱えて俯いた。服も白髪交じりの緑の髪も、煤だらけだ。
この病室には、子供の姿は見当たらない。
「大通りがやられてるもんだから、西の丘へ上がる細い道を通ったら、銃を持った奴らが待ち伏せしてて……」
若者が血の滲むズボンを押え、声を絞り出して説明した。
年配の男性が、拳を固く握って空を睨む。
「死人から水を抜いて、それで火を防ぎながら、やっと逃げて来たんだ」
「親戚んちに跳んだけど、そこも火の海で、もうどこへ跳べばいいかわからなくて……」
「みんなが行く方へついてったんだ」
爆音で話が途切れる。
激しい振動に、思わず身を伏せた。
一階から断続的に銃声が響く。
「大体、あんなたくさん、武器やらガソリンやら、どっから手に入れたんだ?」
「軍隊は……治安部隊は、どうしたの?」
避難民が、小声で不安を口にする。
湖の民の一人が顔を上げ、その声に答えた。
「俺、見たんだ……あいつら【消魔符】を持ってやがった」
「何言ってんだ。呪符ったって、魔法じゃないか」
「キルクルス教徒の奴らが、そんなもん、触るワケないだろ」
「俺に言うなよ。俺はただ、兵隊さんの術が、呪符で消されんの見ただけだ」
問い詰められた湖の民が、半ベソで答えた。
「兵隊さん……その後、どうしてたんだ?」
「知らねぇ。俺、怖くなって跳んで逃げたから……」
戸口に座る女性が壁を背に立ち上がり、扉に【鍵】を掛けた。
男性たちが、徘徊する老人のベッドを三人掛かりで戸口に寄せ、横倒しにして立て掛ける。若者が、冷蔵庫のコンセントを抜き、その前に引きずって行く。
負傷者は窓際へ身を寄せ、寝たきりの老人だけがベッドの上に残った。
悲鳴に混じり、口汚く罵る声が次第に大きくなる。
戦線が、階段を上ってくる。
窓の外は相変わらず、火焔と黒煙。
アウェッラーナは父の手を握った。
皺だらけで節くれだった手は、あたたかい。
……アガート病院、まだ無事かな?
傷薬を大量に作り、何度も跳んで、アウェッラーナも疲れていた。
自分一人なら、まだ跳べるかもしれないが、父を連れて跳べる自信がない。そもそも、どこへ跳べばいいのかわからなかった。
……あれっ? 【跳躍】……できてた……?
先程は動転して気が回らなかったが、病院の建物にも、泥棒などの侵入防止の為に【跳躍】避けの結界が張ってある。院内での移動にも当然、術は使えない。
一階の調剤室から、二階の病室へ跳べたと言うことは、それが失われたことを意味する。
銃声と悲鳴、爆発音が近付いてくる。
握った手に冷や汗が滲む。
轟音。
隣室の壁が吹き飛んだ。
壁際の負傷者が、生き埋めになる。
埃と煙で隣室の様子はわからない。
外の炎が赤く照らす。
開口部に人影が差した。
父が手を振り解き、アウェッラーナを突き飛ばした。受け身も取れず、床に転がる。
連続する軽い銃声。
ベッドの柵に当たった弾が跳ね、目の前を掠める。
火傷の男性が、小声で呪文を唱えた。




