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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
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0011.街の被害状況

 湖の民の男性が、同胞の少女に問われ、見聞きしたことを語る。

 「奴らは、大型トラックに分乗して、国道を南から北へ襲って来たんだ。最初の一台は、機関銃か何かで武装した連中が、荷台から歩道を撃ちまくってた」

 アウェッラーナが目を見開く。


 男性は吐き捨てるように続けた。

 「俺は、その時に撃たれてこのザマだ。二台目は、手榴弾か何か、爆弾を大量に積んでた。そいつを次々、国道沿いの家や店に投げてた」

 「三台目は、灯油だかガソリンだか……何せ、油を撒きながら走ってて、それに火が()いて、こんなんなってんだ」

 火傷の男性も説明に加わる。

 「あいつら、笑いながら火焔瓶(かえんびん)投げてたんだ」


 「俺は最初、近所の病院に行ったんだが、そこはもう火が回ってダメだった」

 「死人と怪我人が多いし、家も店も爆破されたり放火されたりで、スゲー混乱してて、火を消すのが全然追い付かないんだよ」

 通りに面した防火水槽から水を起ち上げた者は、銃で撃たれた。


 「私一人なら、跳んで逃げられるけど、子供たちをみんな連れて、一遍(いっぺん)に跳ぶだけの魔力はないから……」

 おばさんが膝を抱えて(うつむ)いた。服も白髪交じりの緑の髪も、(すす)だらけだ。

 この病室には、子供の姿は見当たらない。


 「大通りがやられてるもんだから、西の丘へ上がる細い道を通ったら、銃を持った奴らが待ち伏せしてて……」

 若者が血の(にじ)むズボンを押え、声を絞り出して説明した。

 年配の男性が、拳を固く握って空を(にら)む。

 「死人から水を抜いて、それで火を防ぎながら、やっと逃げて来たんだ」

 「親戚んちに跳んだけど、そこも火の海で、もうどこへ跳べばいいかわからなくて……」

 「みんなが行く方へついてったんだ」

 爆音で話が途切れる。 

 激しい振動に、思わず身を伏せた。


 一階から断続的に銃声が響く。

 「大体、あんなたくさん、武器やらガソリンやら、どっから手に入れたんだ?」

 「軍隊は……治安部隊は、どうしたの?」

 避難民が、小声で不安を口にする。


 湖の民の一人が顔を上げ、その声に答えた。

 「俺、見たんだ……あいつら【消魔符(しょうまふ)】を持ってやがった」

 「何言ってんだ。呪符ったって、魔法じゃないか」

 「キルクルス教徒の奴らが、そんなもん、触るワケないだろ」

 「俺に言うなよ。俺はただ、兵隊さんの術が、呪符で消されんの見ただけだ」

 問い詰められた湖の民が、半ベソで答えた。

 「兵隊さん……その後、どうしてたんだ?」

 「知らねぇ。俺、怖くなって跳んで逃げたから……」


 戸口に座る女性が壁を背に立ち上がり、扉に【鍵】を掛けた。

 男性たちが、徘徊する老人のベッドを三人掛かりで戸口に寄せ、横倒しにして立て掛ける。若者が、冷蔵庫のコンセントを抜き、その前に引きずって行く。

 負傷者は窓際へ身を寄せ、寝たきりの老人だけがベッドの上に残った。


 悲鳴に混じり、口汚く罵る声が次第に大きくなる。

 戦線が、階段を上ってくる。

 窓の外は相変わらず、火焔と黒煙。

 アウェッラーナは父の手を握った。

 皺だらけで節くれだった手は、あたたかい。


 ……アガート病院、まだ無事かな?


 傷薬を大量に作り、何度も跳んで、アウェッラーナも疲れていた。

 自分一人なら、まだ跳べるかもしれないが、父を連れて跳べる自信がない。そもそも、どこへ跳べばいいのかわからなかった。


 ……あれっ? 【跳躍】……できてた……?


 先程は動転して気が回らなかったが、病院の建物にも、泥棒などの侵入防止の為に【跳躍】避けの結界が張ってある。院内での移動にも当然、術は使えない。

 一階の調剤室から、二階の病室へ跳べたと言うことは、それが失われたことを意味する。


 銃声と悲鳴、爆発音が近付いてくる。

 握った手に冷や汗が滲む。

 轟音。

 隣室の壁が吹き飛んだ。

 壁際の負傷者が、生き埋めになる。

 埃と煙で隣室の様子はわからない。


 外の炎が赤く照らす。

 開口部に人影が差した。

 父が手を振り(ほど)き、アウェッラーナを突き飛ばした。受け身も取れず、床に転がる。


 連続する軽い銃声。

 ベッドの柵に当たった弾が跳ね、目の前を(かす)める。

 火傷の男性が、小声で呪文を唱えた。

▼ゼルノー市概略図。

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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