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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1072.中途半端な事

 「無原罪の清き魂が、聖なる星の道を見失いませんよう、()しき(わざ)に手を染め、道を誤った者たちが正しき道に気付きますよう、迷い出た獣が在るべき場所へ還る道を辿りますように……聖者キルクルス・ラクテウス様、知の(ともしび)の清き光で、闇に在る我らと彼らの道を照らし、お導き下さい」

 「知の(ともしび)の光をお与え下さい」


 一際(ひときわ)豪華な衣装を纏う聖職者が、説教壇で祈りの(ことば)を唱え、礼拝堂に詰め掛けたキルクルス教徒たちが短く唱和した。

 礼拝堂内は空調が効き、力なき民ばかりの信者たちは、すっかり汗が引いて顔色がいい。



 魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、ルフス光跡教会の礼拝堂に首尾よく紛れ込んだ。見様見真似で場をやり過ごしながら、捕縛対象を観察する。

 長椅子の列と壁に挟まれた両脇の通路だけでなく、大扉前の通路も立ち見の信者でぎっしり埋め尽くされ、立錐(りっすい)の余地もなかった。

 ルベルたちは椅子に座れず、扉を入って右端の通路に立って「夕べの祈り」とやらを眺める。



 捕縛対象者の一人、ラクリマリス人の政策秘書シストスは、老人を手洗いに案内し、開始直前で礼拝堂に戻った。

 今はルベルたちの対角線上、礼拝堂の前方左端の通路に立って、皆と一緒に祈りを捧げる。


 ……似顔絵、頑張ってよかった。


 人々より頭ひとつ分、背が高いルベルは、色とりどりの頭越しに礼拝堂内の様子を見渡せた。これだけ人が居ても、ただ一色、湖の民の緑髪だけがない。


 もう一人の捕縛対象、ネモラリス人のパジョーモク議員は、説教壇の脇でマイクを手に堂々と司会進行役を務める。

 ルベルは先程から、声もなく呆れ続けた。


 彼らが聖歌と称して歌ったのは、【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の呪歌【空の()(うた)】だ。力ある言葉ではなく、共通語で力なき民が歌ったのでは、何の意味もない。

 ラズートチク少尉は、事前調査と練習をしっかり重ねたようで、堂々と歌い上げたが、勿論(もちろん)、共通語なので何の効果も現れなかった。

 そもそも先に呪歌【道守り】で範囲を指定しなければならない。キルクルス教徒は知らないのか、それもしていないのだ。


 礼拝堂の壁面や柱の彫刻に目を()らせば、装飾に紛れて力ある言葉があった。

 丹念に拾ってみると、どうやら【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の【結界】や【頑強】らしいが、ルベルたちが居るにも関わらず、効力が発動しない。


 ……建ててから一回も、起動の呪文を唱えてないのか。


 もしかすると、半世紀の内乱中に敵対する力ある民の勢力のいずれかが侵入し、術を解除してしまったのかもしれない。

 魔術を「()しき(わざ)」呼ばわりする割にあちこちに取り入れ、まともに使わない。何故、こんな中途半端なのか、首を傾げたくなった。



 「ご着席下さい」

 豪華な衣装の聖職者が説教壇を降り、シストスの近くに置かれた立派な椅子に腰を降ろす。パジョーモク議員が促すと、信者らは緊張を解き、木製の簡素な長椅子に座った。

 ルベルたち立ち見組は、壁にもたれて様子を見守る。


 「続きまして、レフレクシオ司祭によるお話です」

 最初に来て分厚い聖典を説教台に置いた若い司祭が、一礼して壇上に立つ。ステンドグラスの光を背にした姿は、神々しく見えた。


 ……あの二人、外の行列整理には出なかったみたいだな。


 ルベルは礼拝堂をもう一度見回し、どうすれば捕縛対象に接触できるか考えた。

 礼拝堂に入る際は、整列させられるので無理だろう。ここには【跳躍】()けの結界はないが、人が多過ぎて対象外のアーテル人を巻き込んでしまう。


 ……やっぱ、出る時かな? トイレに行きたいって案内させて。


 「みなさん、こんばんは。本日は『平和を導く智恵の光』と題しまして、お話しさせていただきます」

 ルベルとそう変わらない歳の司祭は、大勢の信者を前に堂々としたものだ。相当な場数を踏んだか、自分に自信があるのだろう。

 何となく、インターネットでみたポデレス大統領の演説を思い出し、苛立ちを覚えた。


 ……何が平和を導くだ。戦争吹っ掛けて来たの、アーテルの癖に。


 無意識にベルトのポーチを撫でる。

 魔哮砲は【従魔(じゅうま)(おり)】に収まり、あのやわらかなぬくもりはなかった。


 「聖典の光跡記(こうせきき)、第三節、第一章の末尾をご覧下さい。“かくて、魔術に依る国々は滅び、新たなる光の国(おこ)る”」

 大聖堂から派遣された若きエリート司祭が共通語で暗誦すると、信者たちは聖典の該当箇所を開いて音読した。

 ルベルの手許には勿論(もちろん)、キルクルス教の聖典などない。

 気マズくなって周りを窺った。

 意外にも、聖典を持たない信者が多く、彼らは説教壇のレフレクシオ司祭を見詰めて微動だにしない。


 「この“魔術に依る国々”とは、遙かな昔、アルトン・ガザ大陸に存在した国々を指します。彼らは()しき(わざ)によって三界の魔物を作り出しました。その(わざわい)は世界を覆い、地形を変える程の猛威を(ふる)い、人間だけでなく、多くの生命が喪われました」

 信者たちが、レフレクシオ司祭の解説に深く頷いて理解を示す。


 ……この辺の認識は、俺たちと一緒なんだな。


 「三界の魔物はアルトン・ガザ大陸に端を発した人間同士の戦争の為に作り出され、制御を離れてしまった生物兵器なのです。生物兵器群と人々の戦いは、数千年の長きに(わた)って続きました」

 信者たちの顔が強張る。

 椅子に座った高位の聖職者と、後ろに控えた他の聖職者や聖歌隊は、顔色ひとつ変えない。

 レフレクシオ司祭はたっぷり一呼吸置いて、信者たちに言葉の意味が浸透するのを待った。

 ルベルは信者の反応に内心、首を捻った。


 「人々の努力と協力により、生物兵器“三界の魔物”は一頭、また一頭と駆除されました。そしてついに、その最後にして最大最古の一頭が封印されました。聖典巻末にございます地図をご覧下さい」

 聖典を持参した人々が素直にページを(めく)り、持って来なかった付近の者たちに示した。

☆礼拝堂の壁面や柱の彫刻に目を凝らせば、装飾に紛れて力ある言葉……「432.人集めの仕組」参照

☆起動の呪文……「896.聖者のご加護」参照

☆聖典の光跡記、第三節第一章の末尾……「557.仕立屋の客人」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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