1070.二人の行く先
「パジョーモク議員とシストスの所在がわかった」
「シストス……?」
ラズートチク少尉は、魔装兵ルベルが思わず漏らした呟きに苦笑した。
「なんだ、もう忘れたのか? ラクリマリス人の力なき民だ」
「……恐れ入ります。思い出しました。国会議員の政策秘書で、隠れキルクルス教徒でしたね」
「そうだ」
少尉は顎を引いて、ルベルにタブレット端末を向けた。
金髪の中年男性だ。集合写真の一部を切抜いたらしく、正面を見詰める無表情な彼の両脇に背広姿の肩が並ぶ。
これと言って際立った特徴のない凡庸な顔で、写真から目を離した途端、忘れてしまいそうだ。
「憶えられないなら、手帳に似顔絵を描け」
「えッ? ……あ、あの、絵心は皆目……」
ルベルの困惑に同調したのか、魔哮砲が不定形の身を震わせた。先程、給餌を終えたばかりで、機嫌は悪くないらしい。
「似顔絵そのものを見て捜すワケではない」
「写真の代わりに控えるのではないのですか?」
意外な答えに困惑が深まる。
「違う。単に憶えようと思って写真を眺めても、なかなか記憶に留められるものではない。だが、その顔をそっくりそのまま描き写す為に見れば、どうだ?」
「あッ……!」
「画力はともかく、正確に描く為、じっくり観察した上で手を動かせば、記憶に残りやすくなる」
「頑張ります」
ルベルは背筋を伸ばした。
ラズートチク少尉が、廃屋に残された食卓に端末を置いて続ける。
「姿を消したのは同時期だが、先にシストスがこちらに渡り、ルフス光跡教会に身を寄せた」
「何か伝手があったんですか?」
「捕えてみなければわからん。パジョーモク議員の方は、星の標と接点があり、その伝手を使ったようだが、行き先は同じ教会だ」
「パジョーモク議員の繋がりで、シストスも星の標の手を借りてルフスに渡れたんですか?」
「それも、捕えてみねばわからん。司祭館に部屋を与えられたようだが、私はまだ、潜入できておらん。本人たちは一切、外出せん」
二人に霊視力があるなら、魔法による防護がないアーテル共和国の街は、恐ろしくて昼間でも出歩く気になれないだろう。
その上、人の頭部を持つ双頭狼らしき魔獣の騒動だ。
「最近は、礼拝の手伝いをしに教会へ出るようになったが、司祭館とは渡り廊下で繋がっておるからな」
少尉は端末をつついて地図を表示させた。
ルフス光跡教会とその周辺を航空写真に切替える。教会敷地内の建物の配置が一目でわかり、他人事ながら、ルベルは防犯上の懸念を抱いた。
「流石にタダで居候するのは気マズくなったんですね?」
「どうだろうな? 大聖堂から司祭が派遣されて以来、参拝者が大幅に増えたからな。教会の者から頼まれたのかもしれん」
「大司教たちが殺されて、人手が足りなくなったんですか? でも、そんな現場にわざわざ一般の信者が?」
普通に考えれば、穢れが祓われたとわかるまで近付かないだろう。だが、この国には力ある民が少なく、【退魔】などで場を清められる人材がほぼ居ない筈だ。
魔装兵ルベルには、身を守る術のないアーテル人が、あんな凄惨な事件の現場に足を運ぶ理由がわからなかった。
「礼拝は一日三度、朝と昼と夕方だ。いずれも礼拝堂内に入り切れない程、信徒が押し寄せる」
「そんなにですか?」
「そうだ。まずは明日、信徒のフリで潜入し、二人の仕事ぶりや警備体制などを観察し、その情報を基に身柄確保の計画を立てる。お前も来い」
「よろしいんですか?」
特徴的な赤毛と大柄のルベルは、潜入調査には不向きな外見だ。
「キルクルス教徒の信仰がどんなものか、一度、直に触れた方がいい」
ラズートチク少尉が、夏物ジャケットの懐に手を入れる。ルベルは【化粧】の首飾りを受取った。
午後になって、ラズートチク少尉は端末を置いて情報収集に出掛けた。
魔装兵ルベルは、首都ルフスの廃屋で魔哮砲と待機する。
言われた通り、手帳に政策秘書シストスの似顔絵を描くが、これと言った特徴のない「普通の顔」は、予想以上に難易度が高かった。
手帳に現れた線は、どうにか人間に見えたが、写真とは似ても似つかない。
……画力よりも観察が足りてないんだろうな。
ルベルは窓辺のソファに移動し、少尉の端末を充電しながら二枚目に取り掛かった。魔哮砲がルベルの膝に乗り、端末を覗く。
「お前が見たってしょうがないだろ。ハイ、退いて」
程良い弾力のある黒い塊を掌で押し下げ、むにむに撫でる。魔哮砲は背もたれに伸び上がって、ルベルの左半身に貼り付いた。描き難いが、明日にはまた【従魔の檻】に閉じ込められる使い魔のしたいようにさせ、続きを描く。
夕方、ラズートチク少尉が戻る頃、十ページ以上費やして、どうにかそれらしく見える代物が完成した。
「どの時間帯も混むが、夕べの礼拝は比較的マシだ」
そんな訳で今日、魔装兵ルベルとラズートチク少尉は【化粧】の首飾りで顔を変え、礼拝の順番を行儀よく待つキルクルス教徒の列に加わった。
彼らは慣れたもので、誰もが日傘や帽子、水筒などを持参して、力なき民として精いっぱいの暑さ対策を講じる。
ルベルと少尉は、夏服の見えない部分に仕込まれた各種防禦の術で、七月の暑さなど微塵も堪えないが、怪しまれないよう、ハンカチで顔や首筋を拭い、暑がるフリをして過ごした。
☆パジョーモク議員とシストスの所在……「0997.居場所なき者」参照
☆パジョーモク議員の方は、星の標と接点……所在不明「0977.贈られた聖典」、星の標と接点「0975.ふたつの支部」「0978.食前のお祈り」「0979.聖職者用聖典」参照
☆魔法による防護がないアーテル共和国の街は、恐ろしくて昼間でも出歩く気になれない……「797.対岸を眺める」参照
☆大聖堂から司祭が派遣されて以来、参拝者が大幅に増えた……大聖堂から司祭が派遣「1012.信仰エリート」「1013.噴き出す不満」、参拝者が大幅に増えた「1024.ロークの情報」参照
☆大司教たちが殺され/あんな凄惨な事件……「870.要人暗殺事件」、「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」「0952.復讐に歩く涙」「0967.市役所の地下」「0998.デートのフリ」参照




