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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1070.二人の行く先

 「パジョーモク議員とシストスの所在がわかった」

 「シストス……?」

 ラズートチク少尉は、魔装兵ルベルが思わず漏らした呟きに苦笑した。


 「なんだ、もう忘れたのか? ラクリマリス人の力なき民だ」

 「……恐れ入ります。思い出しました。国会議員の政策秘書で、隠れキルクルス教徒でしたね」

 「そうだ」

 少尉は顎を引いて、ルベルにタブレット端末を向けた。


 金髪の中年男性だ。集合写真の一部を切抜いたらしく、正面を見詰める無表情な彼の両脇に背広姿の肩が並ぶ。

 これと言って際立った特徴のない凡庸な顔で、写真から目を離した途端、忘れてしまいそうだ。


 「憶えられないなら、手帳に似顔絵を描け」

 「えッ? ……あ、あの、絵心は皆目(かいもく)……」

 ルベルの困惑に同調したのか、魔哮砲が不定形の身を震わせた。先程、給餌を終えたばかりで、機嫌は悪くないらしい。

 「似顔絵そのものを見て捜すワケではない」

 「写真の代わりに控えるのではないのですか?」

 意外な答えに困惑が深まる。


 「違う。単に憶えようと思って写真を眺めても、なかなか記憶に留められるものではない。だが、その顔をそっくりそのまま描き写す為に見れば、どうだ?」

 「あッ……!」

 「画力はともかく、正確に描く為、じっくり観察した上で手を動かせば、記憶に残りやすくなる」

 「頑張ります」

 ルベルは背筋を伸ばした。



 ラズートチク少尉が、廃屋に残された食卓に端末を置いて続ける。

 「姿を消したのは同時期だが、先にシストスがこちらに渡り、ルフス光跡教会に身を寄せた」

 「何か伝手(つて)があったんですか?」

 「捕えてみなければわからん。パジョーモク議員の方は、星の(しるべ)と接点があり、その伝手を使ったようだが、行き先は同じ教会だ」

 「パジョーモク議員の繋がりで、シストスも星の(しるべ)の手を借りてルフスに渡れたんですか?」

 「それも、捕えてみねばわからん。司祭館に部屋を与えられたようだが、私はまだ、潜入できておらん。本人たちは一切、外出せん」


 二人に霊視力があるなら、魔法による防護がないアーテル共和国の街は、恐ろしくて昼間でも出歩く気になれないだろう。

 その上、人の頭部を持つ双頭狼(そうとうろう)らしき魔獣の騒動だ。


 「最近は、礼拝の手伝いをしに教会へ出るようになったが、司祭館とは渡り廊下で繋がっておるからな」

 少尉は端末をつついて地図を表示させた。

 ルフス光跡教会とその周辺を航空写真に切替える。教会敷地内の建物の配置が一目でわかり、他人事(ひとごと)ながら、ルベルは防犯上の懸念を抱いた。


 「流石にタダで居候するのは気マズくなったんですね?」

 「どうだろうな? 大聖堂から司祭が派遣されて以来、参拝者が大幅に増えたからな。教会の者から頼まれたのかもしれん」

 「大司教たちが殺されて、人手が足りなくなったんですか? でも、そんな現場にわざわざ一般の信者が?」


 普通に考えれば、穢れが祓われたとわかるまで近付かないだろう。だが、この国には力ある民が少なく、【退魔】などで場を清められる人材がほぼ居ない筈だ。

 魔装兵ルベルには、身を守る(すべ)のないアーテル人が、あんな凄惨な事件の現場に足を運ぶ理由がわからなかった。


 「礼拝は一日三度、朝と昼と夕方だ。いずれも礼拝堂内に入り切れない程、信徒が押し寄せる」

 「そんなにですか?」

 「そうだ。まずは明日、信徒のフリで潜入し、二人の仕事ぶりや警備体制などを観察し、その情報を基に身柄確保の計画を立てる。お前も来い」

 「よろしいんですか?」

 特徴的な赤毛と大柄のルベルは、潜入調査には不向きな外見だ。

 「キルクルス教徒の信仰がどんなものか、一度、直に触れた方がいい」


 ラズートチク少尉が、夏物ジャケットの懐に手を入れる。ルベルは【化粧】の首飾りを受取った。



 午後になって、ラズートチク少尉は端末を置いて情報収集に出掛けた。


 魔装兵ルベルは、首都ルフスの廃屋で魔哮砲と待機する。

 言われた通り、手帳に政策秘書シストスの似顔絵を描くが、これと言った特徴のない「普通の顔」は、予想以上に難易度が高かった。

 手帳に現れた線は、どうにか人間に見えたが、写真とは似ても似つかない。


 ……画力よりも観察が足りてないんだろうな。


 ルベルは窓辺のソファに移動し、少尉の端末を充電しながら二枚目に取り掛かった。魔哮砲がルベルの膝に乗り、端末を覗く。

 「お前が見たってしょうがないだろ。ハイ、退()いて」

 程良い弾力のある黒い塊を掌で押し下げ、むにむに撫でる。魔哮砲は背もたれに伸び上がって、ルベルの左半身に貼り付いた。描き難いが、明日にはまた【従魔(じゅうま)の檻】に閉じ込められる使い魔のしたいようにさせ、続きを描く。


 夕方、ラズートチク少尉が戻る頃、十ページ以上費やして、どうにかそれらしく見える代物が完成した。

 「どの時間帯も混むが、夕べの礼拝は比較的マシだ」



 そんな訳で今日、魔装兵ルベルとラズートチク少尉は【化粧】の首飾りで顔を変え、礼拝の順番を行儀よく待つキルクルス教徒の列に加わった。

 彼らは慣れたもので、誰もが日傘や帽子、水筒などを持参して、力なき民として精いっぱいの暑さ対策を講じる。

 ルベルと少尉は、夏服の見えない部分に仕込まれた各種防禦の術で、七月の暑さなど微塵も(こた)えないが、怪しまれないよう、ハンカチで顔や首筋を拭い、暑がるフリをして過ごした。

☆パジョーモク議員とシストスの所在……「0997.居場所なき者」参照

☆パジョーモク議員の方は、星の(しるべ)と接点……所在不明「0977.贈られた聖典」、星の(しるべ)と接点「0975.ふたつの支部」「0978.食前のお祈り」「0979.聖職者用聖典」参照

☆魔法による防護がないアーテル共和国の街は、恐ろしくて昼間でも出歩く気になれない……「797.対岸を眺める」参照

☆大聖堂から司祭が派遣されて以来、参拝者が大幅に増えた……大聖堂から司祭が派遣「1012.信仰エリート」「1013.噴き出す不満」、参拝者が大幅に増えた「1024.ロークの情報」参照

☆大司教たちが殺され/あんな凄惨な事件……「870.要人暗殺事件」、「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」「0952.復讐に歩く涙」「0967.市役所の地下」「0998.デートのフリ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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