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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1095/3511

1068.居たい場所は

 ロークは、運び屋フィアールカからクラウストラの伝言を受け、ゲンティウス店長に数日留守にしていいか聞いた。


 「俺は別に構わんが、危ねぇ真似すんじゃねぇぞ」

 「はい。それは大丈夫です」

 スキーヌムは心細そうな目でロークを見たが、何も言わなかった。


 ……そう言や、一人で泊まんのって初めてなんだな。


 ロークはスキーヌムの不安に気付いたが、彼が何も言わないので気付かぬフリで通した。

 「じゃ、決まりね。これ、預かったバス券。指定席だから遅刻しちゃダメよ」

 「はい」

 フィアールカから、イグニカーンス発ルフス着の長距離バス乗車券を受取る。明日の早朝の便だ。


 「坊や、お茶、ちゃんと淹れられるようになったのね。ご馳走様」

 フィアールカが席を立ち、ひらひら手を振って店を出る。スキーヌムは淡い色の目を見開き、緑髪の後ろ姿を見送った。

 「ありがとうございました!」

 ロークがギリギリで礼を言ったが、フィアールカは小さく肩を(すく)めただけで、振り向かずに行ってしまった。残さず飲み干された茶器を小卓から下げ、まだ呆然とするスキーヌムに小言を言う。


 「上達したって気が付いて、わざわざ褒めてくれたんだから、お礼くらい言わないと」

 「あ……ッ!」

 スキーヌムは夢から醒めたような顔で戸を見たが、勿論(もちろん)、緑髪の魔女はとっくに居ない。

 「あ、あの、まさか僕なんかが褒められるなんて思わなかったので、聞き間違いか幻聴だと思って……ロークさんにも聞こえたんですね?」


 ……自己評価低過ぎィ!


 スキーヌムの家庭環境を思えば仕方がない。ロークは努めて表情を変えずに言った。

 「はっきり聞こえましたよ。今度来た時、忘れないようにお礼を伝えて下さい」

 「はい! 一生忘れません!」

 泣きそうな笑顔を向けられ、ロークは胸が痛んだ。



 翌朝、ロークが目を覚ますと、スキーヌムは先に起きて、着替えまで済ませていた。

 「出勤まで、まだ二時間以上ありますよ?」

 「あの、バス停までお見送りさせていただいてもいいですか?」

 ロークは頭を掻きながらベッドに身を起こした。

 「明後日の夕方には戻……まぁ、現地の状況にもよりますけど」

 「いけませんか?」

 「遅刻しないなら、好きにしてくれて構いませんけど……」

 泣きそうな目で言われ、ロークは続きを飲み込んだ。


 ……まさか、こんなに依存されるなんてな。


 呪符屋のゲンティウス店長はぶっきらぼうだが、何かと親切にしてくれる。

 スキーヌムも懐いたと思ったが、そうでもなかったようだ。まだ、フラクシヌス教徒の湖の民……魔法使いに対して、心を許せないのだろう。

 元キルクルス教徒で力なき陸の民であるロークは、スキーヌムの事情を承知することもあって特別らしい。



 昨日の帰りに買っておいた堅パンで朝食を済ませ、地上の街カルダフストヴォーに出る。スキーヌムは、【化粧】の首飾りで顔を変えたロークに黙ってついて来た。


 七月の朝はすっかり明けて、雀たちが賑やかに囀る。

 始発までまだ少しあり、ロータリーでは運転手が最終点検に余念がない。蝉の声はするが、湖上を渡る風はひんやり涼しかった。


 南ヴィエートフィ大橋が朝靄(あさもや)(かす)み、対岸のイグニカーンス市は見えない。

 スキーヌムはロークではなく、乳白色に溶け込む橋を見詰める。二人は言葉を交わすことなく発車時刻を待った。



 運転手が席に着き、エンジンを始動する。大型バスがぶるりと身を震わせ、排気ガスを吐き出した。

 「じゃ、行ってきます」

 「……お気を付けて」

 スキーヌムが、何をしに来たか思い出したように小さく手を振る。ロークは義務的に振り返してバスに乗った。

 始発の客はロークだけらしく、バス停には見送りのスキーヌムしか居ない。


 ……帰りたいのか? 殺す勢いで受け容れてくれない場所に?


 扉が閉まり、バスは疑問を置き去りにして走りだした。



 対岸で降り、長距離バスの乗り場でタブレット端末の電源を入れる。

 クラウストラからのメールは、今日の顔写真とルフスのターミナルで待つと言う簡潔な連絡事項だけがあった。

 ロークは腕を伸ばして自分を撮り、予定通りにイグニカーンスのバスターミナルに着いた旨を返信する。もうすっかり端末の扱いに慣れ、顔写真も忘れずに添付できた。


 売店で紙の新聞を買い、いつものように車内で目を通すが、スキーヌムの泣きそうな顔がチラついて集中できない。


 彼をランテルナ島に連れ出して半年以上経つが、まだ一度も呪符を作る手伝いをせず、力ある言葉を学ぼうともしなかった。

 商品の呪符は、棚の位置と呪印などを絵として暗記したらしく、今のところ、売り間違いはやらかさずにいる。

 (かたく)なに【魔力の水晶】に触れないのは、心的外傷(トラウマ)のせいなので仕方がないが、力ある民なのに、いつまでも魔力の制御方法を学ぼうとしないのは、いかがなものかと思った。


 ……あんな家に帰ったって、心を殺されるだけだし、神学校に戻ったって、信者に嘘吐(ウソつ)いて「特別な司祭」とやらをしなきゃなんないのに?


 特別な司祭になれば、魔法を修得させられる。

 ランテルナ島でも本土でも、彼が「力ある陸の民スキーヌム・ファンドゥム」である限り、魔法からは逃れられないのだ。

 呪符屋の店番としては、仕事を覚えようと懸命だが、まだまだ覚束ない。薬師(くすし)アウェッラーナは結局、数日後に出直す羽目になった。


 ロークがいきなり連れて来て他に選択肢がないから、仕方なく居るだけで、本心では魔法使いの店なんかで働くのはイヤで(たま)らないのかもしれない。


 ……じゃあ、他にどうやって生きて行く気だ?


 地下街チェルノクニージニクにも、服屋や電器屋など、魔法の品がひとつもない店や、経営者が力なき民の店はたくさんある。

 通路ではちょくちょく求人の貼り紙を見掛けるが、スキーヌムが転職の準備をする気配はなかった。

☆お茶、ちゃんと淹れられるようになった……前は不味かった「0995.貼り紙の依頼」参照

☆スキーヌムの家庭環境……「801.優等生の帰郷」~「803.行方不明事件」、「809.変質した信仰」~「811.教団と星の(しるべ)」、「841.あの島に渡る」~「847.引受けた依頼」参照

☆【魔力の水晶】に触れないのは、心的外傷のせい……「810.魔女を焼く炎」参照

薬師(くすし)アウェッラーナは結局、数日後に出直す……「1063.思考の切替え」「1064.職場内の訓練」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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