1067.揉め事のタネ
エレクトラがパソコンを操作し、表示を切り替えた。
ロークがアーテル領内で集めた情報をまとめた文書ファイルだ。
特別番組「花の約束」の放送後、クラウストラと言う同士が、他の仲間と共に番組の海賊版CDを作ったとある。
「CDの売上については、何も書いてないのよね」
「売上?」
エレクトラは、CDと言う物について説明を終えると、溜め息をこぼした。
「ここ、チェルノクニージニクのあちこちのお店に卸して結構売れてるって書いてあるでしょ?」
エレクトラは、ページのかなり下を指差した。
アミエーラが呪歌を練習する間、先に来て読み進めたらしい。
「幾らで売って、誰がおカネもらうのか、ラクエウス先生から何か聞いた?」
「えっ? 全然って言うか、この、これを売ったの、今知ったばっかりだし」
アミエーラは画面に目を走らせた。
確かに、どこでどう売って、どんな人たちにどうやって宣伝したかは書いてあるが、幾らで卸してそのおカネをどうするかの説明は一行もない。
「ロークさんも教えてもらってないのかな?」
「ファーキル君が戻ってきたら、このクラウストラって人に聞いてもらえるように頼んでもらおうかな?」
「そんなに気になる?」
アミエーラは意外に思い、平和の花束のメンバーを見る。プロの歌手は大地の色の髪を掻き上げ、眉間に皺を寄せた。
……考え事の邪魔しちゃ悪いよね。
アミエーラは見落としがないか、もう一度、ロークの報告書に目を通した。
クラウストラは、「行方を晦ませた瞬く星っ娘は、ランテルナ島に居るのではないか」との憶測を流し、島へ渡る者を増やしたらしい。
「平和の花束」は、アーテルの国民的アイドルグループ「瞬く星っ娘」の脱退メンバー四人で作ったグループだ。突然の引退宣言と行方不明で大騒ぎになり、アーテルのニュースサイトには今でも時々、短い記事が載る。
彼女らのファンが噂の真偽を確かめようと、星の標の爆弾テロに巻き込まれる危険に目を瞑ってでも、ランテルナ島へ渡る気持ちは、何となく理解できた。
……でも、好きな歌手を心配する気持ちをこんな風に利用するなんて。
アミエーラは、番組出演者や作詞作曲者らに何の断りもなく海賊版を作って売った件について、クラウストラのやり口に引っ掛かりを覚えた。
彼女らの本当の居場所を教えられないのは、身の安全の為、仕方がない。だからと言って、わざわざ嘘を広めて、危険な場所に誘き寄せなくてもいい気がする。
……名前もない集まりだし、仲間が何人居るのかもわかんないし、ヘンな人が混じっちゃうのも仕方ないのかな?
「エレクトラちゃん、これってタダで配るんじゃダメなの?」
「タダより怖いモノはないし、警戒して受取らない人、多そうよ」
考えがまとまったらしいと見て声を掛けると、意外な答えを返された。
リストヴァー自治区のバラック街では、もらえる物なら何でもどころか、あげると言われない物まで持って行く者が大勢居た。
明日まで生きられる保証がなく、「後が怖い」などと、先の心配する余裕さえなかったのだ。
エレクトラは、アミエーラの驚きに気付かないのか、無料配布できない理由を並べた。
「ダビング用のCDはタダじゃないし、湖上封鎖で色々値上がりして費用が洒落んなんないのよ。それに、誰彼構わず渡すのって危ないと思うの」
「どうして?」
……配る人が襲われて、箱ごと全部持ってかれちゃうとか?
自治区とは危険の基準が違うようなので、予想を口に出さず答えを待つ。
エレクトラは、パソコンを更に別の画面に切替えた。アーテルの首都ルフスで進行中の再開発計画に関する情報だ。
「例えば、この件でこっちに来たバルバツムの会社の人とか。私たち、あっちでもコンサートいっぱいしたから、そこそこ知られてるのよね」
「そんな遠くまで行ってたの?」
アミエーラは、この度のテロと戦争がなければ一生、リストヴァー自治区から出なかったであろう我が身との違いに驚いた。
「事務所の意向って言うか、外貨稼がなきゃいけないから、役所から渡航費出てたみたいね。私も詳しいコトまでは知らないけど」
ラキュス湖周辺地域には、キルクルス教国が少ない。
あっても湖東地方は紛争続きで疲弊し、国力が低下した国ばかりで、治安の面でも不安が多かった。
「アーテルの役所の人や、バルバツム人から教会に知られたら、聖光の輪を通じてポデレス大統領に伝わって、取締られちゃうかもしれないし、渡した相手が星の標だったら、その場で何されるかわかんないし、えっと……」
「ちょっといい? セイコーノワって?」
「あぁ、聖光の輪はアーテルにあるキルクルス教の信者団体よ。ポデレス大統領の支持母体で、私たち、その集会で何回かコンサートしたコトあるの」
「そうなの」
……アーテルの信者ってお金持ちが多いのねぇ。
バラック街では、信徒の集まりにわざわざプロの歌手を呼ぶなど、想像もつかない。
「ランテルナ島だけで売るんなら、それ系の人たちの手に渡る心配はないし、わざわざ島に渡っておカネ払ってまで欲しいって人は、私たちの熱烈なファンか、教義に疑問を持ってる人だと思うのよね」
「あぁ、そう言う人たちから先にホントのコトを伝えた方が、教団や政府に活動を潰される心配がなくていいのね?」
「そうよ。だから、売るのは別にいいんだけど、おカネで揉めるのはイヤなの」
「おカネで揉めるって?」
アミエーラが首を傾げると、エレクトラは再び考え込んだ。
……みんなボランティアだから、気にしないんじゃないの?
大伯母カリンドゥラも、ニプトラ・ネウマエの芸名で活動するプロの歌手だが、慈善コンサートの出演料や録音テープの配布について、一言も口にしない。
アミエーラの知らないところで、フラクシヌス教団から受取ったのかもしれないが、おカネで揉めた話は誰からも聞かなかった。
「新曲、アミエーラちゃんも一緒に大勢で作詞作曲したでしょ?」
「うん」
「ボランティアって言っても、完全にタダ働きじゃ、生活費とか色々困る人もいるでしょ?」
「そう言われてみれば、そうね」
支援者のマリャーナが、アミエーラたちに衣食住を提供して何かと便宜を図ってくれるのは、プラエテルミッサのみんなやローク、ファーキル、カリンドゥラや他の同志たちが集めた各地の情報を総合商社パルンビナの業務に活用できるからだ。
ラクリマリス王国のAMシェリアクから放送枠をひとつ買ったのも、後々利益が見込めると取締役会が判断したからだと聞いた。
「他の……難民支援とかは、持ち出しばっかりで儲からないけど、このCD売るのって、利益出ちゃってるの、どうするのかなって」
「あぁ、このクラウストラさんって人だけ儲けたら、不公平って言うか、一人だけズルいって怒る人が居るかもってコトね?」
「そう言うコト」
エレクトラが難しい顔で頷く。
ロークの報告書によると、クラウストラは長命人種の陸の民で、ラゾールニクに紹介された同志だ。
アーテルに複数の活動拠点を持つ女性で、力ある民だとわかったアーテル人や、バルバツム人などとも付き合いがあり、彼らの協力を得られるらしい。
彼女に関する情報は簡潔で、性格などはわからない。ローク自身も、彼女が何者であるか教えられなかったようだ。
「私はまぁ、こんな状況だから、もう……色々諦めがついたけど、アルキオーネちゃんは、関係者に断りもなく! ってカンカンに怒るわね」
エレクトラが溜め息を吐き、アミエーラも平和の花束のリーダーが怒る姿が目に浮かんだ。
☆番組の海賊版CDを作った……「1065.海賊版のCD」参照
☆突然の引退宣言と行方不明/今でも時々、短い記事……「430.大混乱の動画」、その後のニュース「567.体操着の調達」「765.商いを調べる」参照
☆アーテルの首都ルフスで進行中の再開発計画に関する情報……「0966.中心街で調査」「0967.市役所の地下」「1022.選挙への影響」~「1024.ロークの情報」参照
☆聖光の輪を通じてポデレス大統領に伝わって……「868.廃屋で留守番」参照
☆新曲、アミエーラちゃんも一緒に大勢で作詞作曲した……「0987.作詞作曲の日」参照
☆完全にタダ働きじゃ、生活費とか色々困る人……詩人のルチー・ルヌィは午前中、船着き場の誘導員としてラクリマリス港で働く「774.詩人が加わる」参照
☆同志たちが集めた各地の情報を総合商社パルンビナの業務に活用……「865.強力な助っ人」参照
☆AMシェリアクから放送枠をひとつ買った……「0993.会話を組込む」「1004.敵の敵は味方」参照




