1065.海賊版のCD
ロークは、ゲンティウス店長が書いたメモを片手に地下街チェルノクニージニクの店を回った。
通りすがりに雑貨屋の店先が視界に入る。
通路に積まれた商品の中に例のポスターと同じ写真が見えた。内容は、ラクリマリス王国のAMシェリアクが放送した特別番組「花の約束」だ。
通行人が手に取って、あっさり買って行く。
先日、クラウストラが教えてくれたコンパクト・ディスクと言う記録媒体だ。
シングルレコードよりずっと小さく、ジャケットは広げた手帳くらいの大きさしかないが、中にはLPレコードと同じくらい曲が入るらしい。
クラウストラたちが、この海賊版CDを大量生産し、地下街チェルノクニージニクの複数の店に卸した。
CDの発売情報は、インターネットを介さない口コミで広めた。ロークは、その手伝いをした時にCDについて教えてもらったのだ。
クラウストラと二人で、冒険者カクタケアのファンが集まる場に行った。
場所は前回と同じ、イグニカーンス市の中心部にある大型の商業ビルだが、お互い【化粧】の首飾りで顔を変えて、前回とは別人になりすました。
待合わせ場所に着いてすぐ、メールで居場所を知らせる。
彼女は前回ツインテールだったが、黒髪の一部を編み込んで残りを背中に流し、顔の雰囲気によく似合う髪型にして来た。
ロークは蠍型の真紅のブローチ、クラウストラは青い薔薇の髪飾りを見せ、身元を再確認してすぐポケットに仕舞う。
今回の二人は、どちらも大人しそうな高校生に見えた。
聖地巡礼スポットの人混みに紛れ、カクタケアファンのカップルのフリで聞えよがしに噂する作戦を実行する。
「こないだ、光の導き教会に行った帰り、ちょっと時間が余ったから地下街に降りたの」
「一人で? 魔法使いが屯するスラムって聞いたよ?」
話を振られ、ロークはアーテル人の青少年に受容れ易い方向に転がした。
「みんな行ってるし、平気へーき」
「何か面白いモノ、あった?」
クラウストラは、声を潜めて周りをチラリと見る。数人が、タブレット端末をいじるフリをしながら、明らかに聞き耳を立てるのがわかった。
「噂になってた例の放送、CD売ってたよ」
「えっ? 瞬く星っ娘の?」
「しーッ! 声がおっきい!」
「……ゴメン。ホントに?」
クラウストラが頷いて、再び露骨に周囲を窺う。聞き耳を立てる人数が増え、わざとらしく視線を逸らす者を何人も確認できた。
効果を確めた彼女は声量を抑え、聞きとりやすいようにゆっくり話す。
「地下街の雑貨屋さんとか電器屋さんとか、色んなお店でいっぱい」
「でも、ラクリマリスの放送って言ってなかった?」
「それが嘘で、ホントはアーテル……ランテルナ島の放送だったのかもって思っちゃった」
「何で? まぁ、流石にラクリマリスには行けないと思うけど……」
「でしょ? ランテルナ島だったら、国内だし、橋渡るのバスに乗ればすぐだし、魔法使いが居て教会はひとつしかないし……」
周囲の目がちらちら高校生風カップルに向けられる。
「あー……居るのかな? どうやって暮らしてるんだろ?」
「わかんないけど、CDが売れたらおカネ入るんじゃない? ジャケットの衣裳、すっごい可愛かったし」
「買ったの?」
「ナイショ!」
……当日に放送聞けなくて、カセットテープのダビングも手に入らなかった人でも、これで聞けるんだよな。
コンパクトディスクには、敢えて複製禁止処理を施さなかったので、パソコンと空のデータ用CDを持つ者なら、オリジナルを一枚買えば、何枚でも複製できると教えられた。
しかも、インターネット上にCDの音声データを丸ごとアップロードするのも可能だと言う。データ共有ソフトや動画共有サイトを介して、タイトルを伏せてアーテル当局の監視を掻い潜れば、理論上は購入者から無限に拡散できる。
勿論、著作権保護の観点から、アーテルなど多くの科学文明国では、法で禁じられた行為だ。
AMシェリアクは、特別番組「花の約束」については、違法アップロードを見て見ぬフリで放置すると約束したらしい。
今、あの番組と平和の花束の新曲「真の教えを」が、どれだけアーテル領内……いや、世界中に広まったのか、ロークは勿論、仕掛けたクラウストラたちにも把握できなかった。
ロークは、ルフス神学校の生徒が買いに来る可能性に気付き、万が一に備えて物陰で【化粧】の首飾りを掛けた。
礼拝堂爆破テロで入院した者の内、軽傷だった生徒は既に退院しただろう。
カクタケアのファンフォーラム情報なので、実際、どうかわからないが、ウルサ・マヨルはまだ入院中だ。いつ退院できるか、全く目途が立たないらしい。
アウェッラーナに教えた電気屋の前を通る。
毎日、通路に面した棚で、電池を安売りする店だが、今日は棚が空っぽだ。
「すみません、電池って」
「ゴメンよ。さっき、買占めた人たちが居て、在庫もすっからかんなんだ」
「あ、そうなんですか。別に急がないんで、また今度来ます」
「月曜には入荷できるから」
ロークは、店員の申し訳なさそうな顔に笑顔で応じた。
「そうですか。ありがとうございます」
電池を買う予定はないが、アウェッラーナが連れて来た村人が、必要な物を手に入れられたとわかって、足取りが軽くなった。
素材屋でおつかいを済ませ、別の道を通って郭公の巣に寄る。
「アウェッラーナさん? 今日は宿屋さんに場所借りて、薬作るって言ってたけど、急ぎの用?」
ロークが【化粧】の首飾りを外して本当の姿を見せると、クロエーニィエ店長は快く教えてくれた。
「注文された呪符、在庫なくて今から作るのがあって、明日になるんで、伝えたかったんですけど、作業の邪魔しちゃ悪いんで、来てくれた時にお詫びします」
「それがいいわね。……ところで最近、本土の方って行った?」
店長は、ごつい肩をすぼめて小声で聞いた。
「情報収集で週に二日か三日、行ってますけど、何かあったんですか?」
クロエーニィエは、ちょっと待ってね、と奥へ引っ込み、新聞を持って戻った。
カウンターに広げたのは、今朝の朝刊だ。社会面は大統領予備選関連の記事が大きく占めるが、事件や事故の記事も、小さいながらちゃんとある。
示されたのは、魔獣の写真だ。
首都ルフスで防犯カメラが捉えた、との簡単な説明と、夜間の外出は控えるようにとの注意があるだけで、種類など詳細情報はない。
LEDの街灯に照らされ、鮮明に映った姿は、胴が灰色の獣、尾は銀色の蛇、頭部は人間の男女がひとつずつ。どちらも憎悪と憤怒に歪み、魔獣の一部でなかったとしても、人間離れして見える。
男性は知らない顔だが、女性には見覚えがあった。
クロエーニィエが確信した目で確認する。
「知ってる顔ね?」
「はい。この間話した、ヂオリート君のお姉さんに似てます」
「そう。そのコ、今どうしてるの?」
「あれから全然会ってないんで、どこでどうしてるか……」
「ヘンな気、起こさなきゃいいんだけど」
ロークは常識的な対応として、頷くしかなかった。
「私が調べた情報だと、このコ、ルフス光跡教会を中心に活動して、夕方から明け方に掛けて人間を食べてるそうよ。今はまだ、中には入ってないそうだけど」
「気を付けます」
クロエーニィエ店長は、誌面に憐みを含む視線を落とした。
ヂオリートが、まだチェルノクニージニクの宿に居るかどうかもわからない。
この新聞を目にしただろうか。
写真の魔獣は、大型のバイクより一回り大きいくらいしかない。
魔獣に取り込まれた時点で、ゲリラの【魔道士の涙】には、魔力があまり残っていなかったのだろう。獲物が力なき民ばかりのキルクルス教徒では、食べても急激には育たないのだ。
それでも、魔法の使えないアーテルの警官や一般兵では、太刀打ちできない。
もし、ポーチカの変わり果てた姿を目にしたら、ヂオリートは何をするだろう。
少なくとも、実家や神学校には戻らない。
……でも、俺が無理して助ける義理も義務もないんだよな。
ロークは【化粧】の首飾りを掛け直し、礼を言って魔法の道具屋郭公の巣を後にした。
☆例のポスターと同じ写真……「0995.貼り紙の依頼」参照
☆ラクリマリス王国のAMシェリアクが放送した特別番組「花の約束」……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆クラウストラ/大型の商業ビル……「0998.デートのフリ」~「1002.ポスター設置」参照
☆ロークは蠍型の真紅のブローチ……「1001.蠍のブローチ」「1002.ポスター設置」参照
☆クラウストラは青い薔薇の髪飾り……「0998.デートのフリ」参照
☆平和の花束の新曲「真の教えを」……「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」参照
☆礼拝堂爆破テロ……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」「907.同級生の被害」参照
☆ウルサ・マヨルはまだ入院中……「908.生存した級友」~「910.身を以て知る」参照
☆魔獣の写真……これは別の不鮮明な写真→「1013.噴き出す不満」参照
☆この間話した……「0952.復讐に歩く涙」参照
☆ヂオリート君のお姉さん……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
☆あれから全然会ってないんで、どこでどうしてるか……「0945.食下がる少年」参照




