表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1091/3508

1064.職場内の訓練

 「それは?」

 「先程の方が、後で買いに来るので用意して下さいと……」

 紙片を取り上げると、トラック暮らしに必要な呪符の種類と枚数が、レノ店長の筆跡でメモしてあった。

 一覧には、力ある民が多いチェルノクニージニクでは需要が低く、この店では常備しないものも並ぶ。


 ロークは、おつかいメモを振った。

 「これ、アウェラーナさんは、俺に用があるだけじゃなくて、フツーにこの店のお客さんですよね?」

 「在庫から、書いてある通りに揃えてお渡しするだけなので、僕一人でもできると思って……」

 「これからは私用じゃなくて、お店の用事を先に言って下さい。で、これ、全部ありましたか?」

 声に(トゲ)が生えそうになるのを(こら)えて聞いたが、スキーヌムは(しお)れてしまった。


 ……そんな顔されたら、俺がいじめてるみたいじゃないか。


 「お客さんをなるべくお待たせしないように、俺と話してる間に在庫調べて、全部揃ったら、さっきの時点で売買できてましたよね? アウェッラーナさんはやさしいから、文句言わずにもう一回来てくれるって言ってくれましたけど、他のお客さんだったら、怒って他所(よそ)に行って、二度と来てくれなくなるかもしれないんですよ?」

 「あっ……」

 全く想像がつかなかったらしく、愕然として、蚊の鳴くような声で弁解する。

 「でも、他人(ひと)のお話には、きちんと耳を傾けなくては……」

 「ここは教会じゃないから、傾聴しなくていいんです。お客さんが望んで、こちらも暇なら、サービスのひとつとして、少しくらいはアリかもしれませんけど、ここは基本的に、呪符を売買する店です」


 ……コイツ、ボランティアじゃなくて、商売だってわかってないんじゃないか?


 交換品の相場はきちんと手帳に控えて、定番品を数枚買うだけの客なら、スキーヌムでも応対できるようになったので、すっかり油断してしまった。



 ロークは、行き場のない彼を連れて来た責任を感じ、胃が痛くなってきた。ひとつ深呼吸して苛立ちを抑えて聞く。

 「もし、この中に在庫がない呪符が含まれていたら、どうすればいいか、わかりますか?」

 「店長さんに確認します」

 「在庫がなくて、すぐには作れない場合、どうすればいいか、わかりますか?」

 「……どうすればいいんでしょう?」

 スキーヌムは、泣きそうな目をロークの背後に向ける。いつの間にか、ゲンティウス店長がカウンターに出ていた。


 「見せてみろ。……【耐衝撃符】と【耐火符】は在庫切らしてンな。間違っても別に怒ンねぇから、こんな時どうすりゃいいか、自分で考えた最善の行動ってのを言ってみ? ん?」

 スキーヌムは、しばらく視線を泳がせたが、言葉を発することなく(うつむ)いてしまった。店長が溜め息を()く。

 「しょうがねぇ野郎だな。じゃ、ローク。どうすりゃいいか、わかるか?」

 「素材の在庫と先に入った作業の予定を調べて、作れるようなら、いつ頃できるかお伝えします。待てるって言われたら、お詫びして待ってもらって、急ぐって言われたら、在庫ある分だけ売って、お詫びして他のお店を紹介します」

 「聞いたか? ざっとこんなモンよ」

 スキーヌムは肩を縮めて頷いたが、顔は上げない。


 ゲンティウス店長は眉尻を下げ、やさしい声で言った。

 「知らねぇのは、別に悪いこっちゃねぇ。俺も、お前さんが何を知ってて、何を知らねぇかわかんねぇ」

 神学校の優等生は(うつむ)いたまま動かない。

 ロークは、胃の痛みが酷くなってきた。


 「店のコトいちいち、一から百まで全部は教えてねぇ。ちょっと説明すりゃ、他から応用できるコトもいっぱいあっからな」

 スキーヌムは石のように動かない。

 ゲンティウス店長は根気強く教え(さと)す。

 「でもよ、知らねぇ、わかんねぇコトを誰にも聞かねぇで、一人で抱え込まれンのは、こっちも困ンだよ」

 細い肩がビクリと震えた。

 「わかんねぇコトがあったら、遠慮しねぇでどんどん聞いてくれ。呪文唱えてる最中じゃなきゃ、すぐ返事すっからよ。わかったな?」

 スキーヌムが首を縦に動かすと、涙の滴が落ちた。


 「それと、【耐火符】はすぐ書けるが、【耐衝撃符】は素材がねぇ。ローク、あの姐ちゃんに連絡つくんなら、買出しのついでに、明日の夕方ンなるっつっといてくれ」

 「わかりました。他に必要な物があったら、一緒に買って来ます」

 「じゃ、ちょっと在庫調べて書くから、待ってな」

 店長が作業部屋に引っ込むと、ロークはスキーヌムに向き直った。


 「スキーヌム君は、お店で働くの初めてなのに、在庫がある定番商品は一人で応対できるようになったし、お茶屋さんにちょっとコツ教わっただけで、お茶の淹れ方、上手くなったでしょう」

 スキーヌムは手の甲で涙を拭ったが、相変わらず顔を上げず、しゃくりあげた。

 「未経験のことが多過ぎて、スキーヌム君自身にも何がわからないのか、わからない状態かもしれませんけど、知れば、できることがちゃんと増えてますし、その能力もあるんですから、質問して下さい」



 店長が、ロークにおつかいメモと交換品が詰まった袋を渡し、スキーヌムがまだ泣き止まないのに気付いて【操水】を唱えた。

 カウンター下の水瓶から、コップ一杯分くらいの水が起ち上がり、有無を言わさず少年の顔を洗う。驚いて上げた顔は、泣き腫らして眼が真赤だった。

 不純物を屑籠に捨てた水が、宙で沸き立つ。

 ゲンティウス店長は、小匙半分だけ鎮花茶(ちんかちゃ)を取って熱湯に含ませた。甘い香りが広がり、ロークのささくれた心が落ち着く。


 ……俺がイライラしたって仕方ないのにな。


 「泣きながら店番されたんじゃ、客が何事かと思ってびっくりすンじゃねぇか」

 「はい……すみません」

 スキーヌムは叱責半分、慰め半分の声に(うつむ)かずに応えた。


 「おつかい、行ってきます」

 「おう、急いでくれ」

 ロークはスキーヌムを置いて、一人で呪符屋を出た。

☆ロークは、行き場のないスキーヌムを連れて来た責任……「841.あの島に渡る」~「.引受けた依頼」参照

☆行き場のないスキーヌム……「801.優等生の帰郷」~「803.行方不明事件」「809.変質した信仰」~「811.教団と星の(しるべ)」参照


※ 職場内の訓練……OJT(On The Job Training)=職場内で実務に携わりながら、従業員に業務上必要な技能や知識を身につけさせる職業訓練のこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ