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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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109/3506

0109.壊れた放送局

 「坊主、行くぞ」

 メドヴェージが後ろからせっつく。

 おっさんと二人で持つトタン板で押されては、歩かざるを得ない。モーフは諦めて足を進めた。


 少年兵モーフは、力ある民……魔法使いが二人も居ながら、何もしてもらえないのが歯痒(はがゆ)く、悔しかった。


 食糧があるかもしれないのに、探しもせず行ってしまう。状況を考えれば、確かに工員クルィーロの言う通りなのだろう。

 モーフは、自分が「力なき民」なのが悔しくて(たま)らなかった。


 ……魔法使いだったら、自分で調べに行けるのに。


 魔法使いなら、自力で魚を獲り、暖を取り、明かりを用意し、身を守れる。

 姉も、あのリボンを食糧と替えずに済んだ。

 そもそも、リストヴァー自治区であんな惨めな暮らしを送ることもなかった。


 やり場のない怒りと悲しみを無理矢理呑み込み、前を向いて足を踏み出す。

 麻袋の紐が肩に食い込んで、歩く度に痛む。

 ロークが手袋を貸してくれたので、トタンを持つ手はマシだ。


 ……持ち逃げされるかもしんねーのに、底抜けのお人よしヤローだな。


 自分とそう年の違わないロークの背中に心の中でこっそり毒づく。

 モーフにその気がなくても、敵襲を受ければ、散り散りになるかもしれない。もし、そうなったら、返せなくなってしまうだろう。



 少年兵モーフは、改めて街並を見回した。

 この辺りの建物は廃墟になっても立派だ。


 モーフが生まれ育ったのは、リストヴァー自治区東部だ。バラック街には、一棟も鉄筋コンクリートの建物がなかった。

 湖岸沿いの大きな工場だけはそうだったが、モーフが働いたことのある工場は、どれも木造スレート()きや、トタンで囲っただけの粗末な建屋(たてや)だ。


 今、目の前にある立派な廃墟は、どれも雑妖の巣窟と化し、日の当らない部分がぎっしり埋め尽くされてしまった。

 この世のモノではないので、手で触れられないが、気味が悪い。人が入る余地はないように視えた。



 「ここは無事だったのか」

 ソルニャーク隊長の声で、少年兵モーフは左手のビルを見上げた。


 五階建てのビルは、上から下までガラスが吹き飛び、玄関扉も外れて前の歩道に転がる。これを無事と評した理由がわからず、モーフは首を傾げた。


 「放送局……か」

 工員クルィーロが、焼け焦げてひしゃげた看板を見上げて呟く。

 モーフはビルの入口から覗いたが、剥がれた壁や粉々に砕けたガラスが散乱し、玄関ホールから奥へ伸びる廊下も、破片だらけで足の踏み場がなかった。


 クルィーロが、割れた窓から中を覗いて振り向いた。

 「ここ、ちょっと見て行きませんか?」

 パン屋のレノが頷く。

 「そうだな。食堂とかに何か残ってるかもしれないし」

 「お兄ちゃん、これ、入っても大丈夫?」

 ピナが聞くと、レノは自信なさそうに答えた。

 「うーん……多分」

 「多分ってなんだよ」

 少年兵モーフは思わず言った。


 レノは少し驚いた顔でモーフを見たが、廊下の奥に視線を向けて説明する。

 「中に、雑妖が居ないだろ」


 言われてやっと気付いた。

 他の廃墟は、雑妖が(ひし)めいて床も見えないのに、ここは内部の惨状がはっきり見える。


 モーフが気付いたのを確認し、パン屋の青年は続けた。

 「つまり、【結界】とか【魔除け】とか、これ建てる時に組込んだ術が、まだ効いてるか……」

 「もしかすると、雑妖とかを倒せる人が居るかも知れないってことだ」

 レノの言葉の先をクルィーロが続けた。


 更に湖の民のアウェッラーナも言い添える。

 「ガラスとかは割れてますけど、ビル本体にはヒビ割れがありませんし、【魔力の水晶】か何かがまだ残ってて、【補強】や【耐火】が生きてるんだと思います」

 日常的に魔術を使う者たちの言葉には、説得力があった。


 現に看板や外壁は焦げても、内部は燃えていない。

 キルクルス教徒のモーフには、彼らの説明に異を唱えられる知識がなかった。


 ソルニャーク隊長が入口に半身を入れた。天井を見上げ、壁を見回す。

 「確かに、剥がれたのは内装の部材だけのようだな」

 こちらに向き直って提案する。

 「いきなり全員で行って何かあると危険だ。まずは少人数で様子を見よう」

☆姉も、あのリボンを食糧と替え……「0098.婚礼のリボン」参照

☆リストヴァー自治区であんな惨めな暮らし……「0013.星の道義勇軍」「0026.三十年の不満」「0035.隠れ一神教徒」「0037.母の心配の種」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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