0109.壊れた放送局
「坊主、行くぞ」
メドヴェージが後ろからせっつく。
おっさんと二人で持つトタン板で押されては、歩かざるを得ない。モーフは諦めて足を進めた。
少年兵モーフは、力ある民……魔法使いが二人も居ながら、何もしてもらえないのが歯痒く、悔しかった。
食糧があるかもしれないのに、探しもせず行ってしまう。状況を考えれば、確かに工員クルィーロの言う通りなのだろう。
モーフは、自分が「力なき民」なのが悔しくて堪らなかった。
……魔法使いだったら、自分で調べに行けるのに。
魔法使いなら、自力で魚を獲り、暖を取り、明かりを用意し、身を守れる。
姉も、あのリボンを食糧と替えずに済んだ。
そもそも、リストヴァー自治区であんな惨めな暮らしを送ることもなかった。
やり場のない怒りと悲しみを無理矢理呑み込み、前を向いて足を踏み出す。
麻袋の紐が肩に食い込んで、歩く度に痛む。
ロークが手袋を貸してくれたので、トタンを持つ手はマシだ。
……持ち逃げされるかもしんねーのに、底抜けのお人よしヤローだな。
自分とそう年の違わないロークの背中に心の中でこっそり毒づく。
モーフにその気がなくても、敵襲を受ければ、散り散りになるかもしれない。もし、そうなったら、返せなくなってしまうだろう。
少年兵モーフは、改めて街並を見回した。
この辺りの建物は廃墟になっても立派だ。
モーフが生まれ育ったのは、リストヴァー自治区東部だ。バラック街には、一棟も鉄筋コンクリートの建物がなかった。
湖岸沿いの大きな工場だけはそうだったが、モーフが働いたことのある工場は、どれも木造スレート葺きや、トタンで囲っただけの粗末な建屋だ。
今、目の前にある立派な廃墟は、どれも雑妖の巣窟と化し、日の当らない部分がぎっしり埋め尽くされてしまった。
この世のモノではないので、手で触れられないが、気味が悪い。人が入る余地はないように視えた。
「ここは無事だったのか」
ソルニャーク隊長の声で、少年兵モーフは左手のビルを見上げた。
五階建てのビルは、上から下までガラスが吹き飛び、玄関扉も外れて前の歩道に転がる。これを無事と評した理由がわからず、モーフは首を傾げた。
「放送局……か」
工員クルィーロが、焼け焦げてひしゃげた看板を見上げて呟く。
モーフはビルの入口から覗いたが、剥がれた壁や粉々に砕けたガラスが散乱し、玄関ホールから奥へ伸びる廊下も、破片だらけで足の踏み場がなかった。
クルィーロが、割れた窓から中を覗いて振り向いた。
「ここ、ちょっと見て行きませんか?」
パン屋のレノが頷く。
「そうだな。食堂とかに何か残ってるかもしれないし」
「お兄ちゃん、これ、入っても大丈夫?」
ピナが聞くと、レノは自信なさそうに答えた。
「うーん……多分」
「多分ってなんだよ」
少年兵モーフは思わず言った。
レノは少し驚いた顔でモーフを見たが、廊下の奥に視線を向けて説明する。
「中に、雑妖が居ないだろ」
言われてやっと気付いた。
他の廃墟は、雑妖が犇めいて床も見えないのに、ここは内部の惨状がはっきり見える。
モーフが気付いたのを確認し、パン屋の青年は続けた。
「つまり、【結界】とか【魔除け】とか、これ建てる時に組込んだ術が、まだ効いてるか……」
「もしかすると、雑妖とかを倒せる人が居るかも知れないってことだ」
レノの言葉の先をクルィーロが続けた。
更に湖の民のアウェッラーナも言い添える。
「ガラスとかは割れてますけど、ビル本体にはヒビ割れがありませんし、【魔力の水晶】か何かがまだ残ってて、【補強】や【耐火】が生きてるんだと思います」
日常的に魔術を使う者たちの言葉には、説得力があった。
現に看板や外壁は焦げても、内部は燃えていない。
キルクルス教徒のモーフには、彼らの説明に異を唱えられる知識がなかった。
ソルニャーク隊長が入口に半身を入れた。天井を見上げ、壁を見回す。
「確かに、剥がれたのは内装の部材だけのようだな」
こちらに向き直って提案する。
「いきなり全員で行って何かあると危険だ。まずは少人数で様子を見よう」




