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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1059.負傷者の家へ

 「呪文を知っていても、他所を知らなければ、どこにも行けませんからね」


 呪医セプテントリオーは、葬儀屋アゴーニの案内で村長宅を訪れ、改めて村の状況を聞いた。

 アミトスチグマの市場で買物をした村人たちは、二人より先に戻って、今は学校の体育館で頼まれ物の分配中だ。


 およその話は、アミトスチグマでざっと目を通した報告書の通りだった。新たにわかったのは、負傷者の具体的な人数と容態だけだ。

 村長は、聞いたからには今すぐ治して欲しいと言いたげな目で、呪医セプテントリオーを見る。


 「では、最も傷が重い患者さんの所へ案内していただけますか?」

 「はい。ありがとうございます。田舎なものですから、大したお礼はできませんが、精いっぱいさせていただきますので、よろしくお願いします」

 三人は連れ立って村長宅を出た。

 「たくさんいただいてもトラックに積めませんから、巡回診療の正式な診療報酬と同じで結構ですよ」

 「わざわざアミトスチグマからお越し下さったのに、たったそれだけでよろしいんですか?」

 村長の声は驚き半分、疑い半分だ。


 「先程も申し上げましたが、私はゼルノー市立中央市民病院の呪医(じゅい)です。公立病院の正規の診療報酬以上にいただくのは、いかがなものかと思いますので」

 「でも、それは役所が七割出してくれるからですよね? 私共がどんなにお願いに上がっても、役所は一度も巡回診療車を出して下さいませんのに……役所は呪医(せんせい)個人には残りの七割を払ってくれるんですか?」

 「ご心配下さってありがとうございます。しかし、たくさんいただいても、持ち切れませんからね。先程申し上げた分と、お気持ちだけで結構ですよ」

 セプテントリオーは小さく首を横に振った。


 支払いが現金や宝石、【魔力の水晶】ならば全て受取れるが、農作物でしか払えないのでは、移動放送車と同じ大きさのトラックがもう二、三台必要だ。

 そんなに払ったのでは、村人が次の収穫までに飢えてしまうだろう。


 村長が、溜め息混じりにぼやいた。

 「旧王国時代にはこんなコト一度もなかったんですけどね。民主主義なんて言っても、タダの多数決じゃありませんか。人数の少ない田舎は、こうして見捨てられて……」

 「本来の民主主義は、様々な意見をすり合わせて利害を調整し、不利益を(こうむ)る人が最小限になるようにするもので、単なる多数決ではないそうなんですけどね」

 「そうなんですか? しかし、今のこの状態は……」

 却って村長を落胆させてしまい、セプテントリオーは掛ける言葉を失った。



 葬儀屋アゴーニが最初の家の前で足を止める。

 「俺ぁここで待ってるよ。流石に寝込んでる奴の枕元に顔出すのはどうかと思うからな」

 「お気遣い、恐れ入ります」

 アゴーニがここに居れば、セプテントリオーを閉じ込めて村に留めるなどと言う暴挙に出ることはあるまい。


 ……アウェッラーナさんが薬師(くすし)なのは伏せる、と言っていたな。


 契約に同意せざるを得なかったとは言え、ドーシチ市の組合長宅にほぼ軟禁状態で留め置かれ、数カ月もの間、膨大な量の薬作りをさせられた経験があるのでは、彼女らが警戒するのも当然だ。



 村長が来意を告げると、扉は勢いよく開いた。

 「村長さん、ホントにお医者さんが……この方ですか?」

 家人の目が、村長の斜め後ろに立つセプテントリオーの胸元に向けられる。傷を癒す呪医の(あかし)【青き片翼】の徽章(きしょう)見留(みと)め、今にも泣き出しそうな顔で、声もなく二人を招じ入れた。


 通された寝室は、病院のように物が少なく清潔だった。負傷者の青年はベッドで麻のシーツを掛けられ、横たわって動かない。

 「先週……いえ、もう十日くらいになりますか。森に近い畑で、四眼狼(しがんろう)に襲われて足を噛まれまして、みんなが石をぶつけて追い払ってくれたんで、命は助かったんですけど……」

 家人がそっとシーツを(めく)った。左足に添え木を当て、包帯を巻いてある。


 「ちろちろと 白き鱗の触れる者 ちろちろと 白き鱗の舐める者

  白き翼を水に乗せ 明かせ傷 知らせよ(やまい)

  命の(ほつ)れ (つまび)らか (ほころ)(ふさ)ぐ その為に」


 セプテントリオーは患者の手を握り、【白き片翼】学派の【見診(けんしん)】を唱えた。左脛が噛み砕かれ、先が壊死しなかったのが不思議なくらい酷い。雑菌だらけの牙でやられたにしては化膿せず、少し炎症があるだけだ。


 「何か、お薬を使いましたか?」

 「はい、あの、前に買い置きした【毒消し】を毎日朝晩、少しずつ……いけませんでしたか?」

 「いえ、可能な限り適切な処置がされたお陰で、傷の状態が悪化せずに済んだのです。お薬はまだありますか?」

 「一昨日の晩の分で最後でした。息子はウチの大事な跡取りなんです。呪医(せんせい)、何でもします。息子を助けて下さい! お願いします!」

 父の懇願する声で、患者がうっすら目を開いた。

 「私はゼルノー市立中央市民病院の呪医(じゅい)です。今から治療するので、包帯を外します。少し痛みますが、辛抱して下さい」

 青年の目がセプテントリオーの胸で揺れる徽章(きしょう)を捉え、大きく見開かれる。

 「外しますよ」

 「お願いします」

 応えた青年の声は掠れて弱々しい。


 鋏で切ってしまいたかったが、物資が欠乏する村では、後で消毒して使いたいだろうと思い、慎重に(ほど)いた。

 傷の周囲が赤みを帯び、【見診(けんしん)】の通り炎症がある。薬が切れたせいだ。

 もう一日遅れれば、薬師(くすし)アウェッラーナに無理を押してででも、化膿止めの【毒消し】を作ってもらわなければならないところだった。

 仮に自然治癒したところで、骨が正しく接合せず、歩行もままならない。


 「青き風 片翼に起き 舞い上がれ

  (せい)疾風(はやて)骨繕(かわらつくろ)う糸紡ぎ 無限の針に水脈(みお)の糸 通し繕え

  (こぼ)(かわら)の節は節 支えは支え 腱は腱 (まった)(かわら) ここに()ゆ」


 先に【骨繕(かわらつくろ)う糸】で粉砕骨折を癒した。【見診】で骨と全身の状態を再確認し、水差しの水を使って【癒しの水】で筋肉と皮膚を復元する。


 「骨を繋いで傷も塞ぎましたが、お薬が切れた間に少し感染が起きたようです」

 父が呪医の手を取り、何度も礼を言う。母は、身を起こして足をさする息子に抱きつき、人目も憚らず声を上げて涙を流した。

 村長が涙声で礼を言う。


 呪医は、手放しで喜ぶ村人たちに注意を与えた。

 「体力が落ちていますから、一週間程度は、滋養のあるものを食べて基本的に安静に過ごして、一日に数回、部屋の中を歩いてリハビリして下さい」

 「はい。食べ物でしたら、たんとありますんで、それはもう……」

 「あの、それで、お代の方は……?」

 村長が報酬の説明をすると、一家は一瞬、息を止めた。


 父親が恐る恐る聞く。

 「ホントにそんな少しで大丈夫なんですか?」

 「たくさんいただいても、トラックに積めませんからね。魔力を蓄積できる宝石類や【魔力の水晶】などをお持ちでしたら、助かりますが」

 「呪医(せんせい)、ありがとうございます。父さん、俺の机、上から二段目の抽斗(ひきだし)に入ってる箱持って来て」


 父は、術でも使ったのかと錯覚する速さで行って戻り、木の小箱を恭しく差し出した。掌より一回り大きい箱にぎっしり【魔力の水晶】が詰めてある。

 「足りなければおっしゃって下さい。結婚指環でもなんでも差し上げます」

 「この大きさでしたら、半分で結構ですよ」

 母親の申し出を断り、トイレ介助の注意を与えて次の家へ向かった。

☆本来の民主主義……「601.解放軍の声明」参照

☆契約に同意せざるを得なかったとは言え、ドーシチ市の組合長宅にほぼ軟禁状態……「230.組合長の屋敷」~「232.過剰なノルマ」、「245.膨大な作業量」「262.薄紅の花の下」「266.初めての授業」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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