1056.連絡の可否は
薬草摘みに行った四人は、先にトラックに帰り、昼メシの仕度中だった。
「おかえり。みんな、石垣の外へ出ないようにな」
「お兄ちゃん、何かあったの?」
ピナの妹が鞄を置いて聞く。
レノ店長は、野菜を刻む手を止めずに言った。
「魔獣が出たんだ。四眼狼。ちょっと遠いとこだったし、【跳躍】で逃げて来たから、追い掛けられてはないんだけど」
「今、この村の自警団と、近所の村の狩人さんが退治しに行ったから、終わるまで出発延期しようかって話してたんだ」
レノ店長が切った野菜をフライパンに入れ、クルィーロが【炉】の火に掛けながら説明した。
漁師の爺さんが干し蝦をパラパラ加えると荷台に香ばしい匂いが広がり、モーフの腹の虫が騒いだ。
他の大人たちは、木箱を机代わりにして、何か書くのに忙しい。
「えっと、午後は体育と家庭科だから、鞄、置いてくね」
ピナが皿の準備を始めると、妹とアマナも手伝った。
「何で何も言われねぇのに午後の授業わかるんだ?」
「黒板の横に時間割貼ってあるのみつけたから」
「あ、あぁ、なんだ」
わかってしまえば簡単なハナシだ。
メドヴェージのおっさんは、紙から顔を上げてニヤニヤしたが、モーフと目が合うと何も言わず、書き物に戻った。
干し蝦入りの野菜炒めと堅パンで昼メシを済ませ、お茶を飲みながら学校のことを話す。
ピナが、魔獣に襲われて寝込んでる奴の件を伝えると、みんなの顔が曇った。
「骨が噛み砕かれてたら、傷薬じゃ治らないし……」
「まぁ、何もねぇよりゃマシだろうよ」
薬師のねーちゃんは小声で言ったが、葬儀屋のおっさんは聞き逃さず、慰めにもならないコトを言った。
ソルニャーク隊長がラジオのおっちゃんを見て言う。
「それより、地方の住民が切り捨てられた不満を募らせ、ネミュス解放軍などの反政府勢力に加担する方が問題だ」
「そうですね。最低限、地方在住の方々の生命と健康を守ろうとする姿勢だけでも示さなければ、納税の拒否など他の問題が発生して、将来、国がバラバラにならなかったとしても、復興の遅れなどを招きかねません」
……そりゃそうだろ。役所がなんもしねぇのに税金だけ取られるとか、やってらんねぇぞ。
二人はずっと先のハナシをするが、そんなモノ、今この時を生き抜けなければ関係ない。
「魔獣退治は、魔装兵がネーニア島西部の前線に投入されて人手不足、警備会社や駆除業者も、空襲が酷くて魔物や魔獣が増えたネーニア島に注力して、ネモラリス島までは手が回らないんでしたね」
パドールリクが溜め息混じりに言うと、DJレーフが香草茶のカップを見詰め、苦しそうに言葉を置いた。
「あんまり頼りたくないって言うか、却って現政権への反発を煽るだろうから、気は進まないんだけど、クリュークウァに跳んでカピヨー支部長にこの辺の状況を伝えたら、湖水の光党の議員にハナシ通して保健省に働き掛けて、巡回診療の復活やワクチンの接種くらいは手配してもらえるんじゃないかな?」
みんなは、ネミュス解放軍のカピヨー支部長に頼めばどうなるか、想像したらしく、無言で香草茶を啜った。
気マズい沈黙を破ったのは、ソルニャーク隊長の推測だ。
「そうだな。解放軍経由で議員に伝え、国を動かせば、それで地方の住民は助かり、解放軍に好感を抱くだろう」
みんなが、やっぱりと言う顔をする。
隊長は続けた。
「だが、放置すれば、現体制への不満は募る一方だ。比例して解放軍への支持は増すが、医療や生活の不安が解消される訳ではない」
「投票にはちゃんと行ってましたけど、議員さんと特に親しくお付き合いしたことは……」
漁師の爺さんは、申し訳なさそうに俯いた。
薬師のねーちゃんが兄貴を庇うように言う。
「それに、ゼルノー選挙区の議員で無事が確認できたのってイーヴァ議員だけですし」
「あいつはダメだ!」
モーフは思わず口走り、みんなの注目を浴びて目を逸らした。もう一人の湖の民、葬儀屋のおっさんは、のんびりお茶を啜るだけで、だんまりだ。
メドヴェージがモーフの膝をつついた。
「坊主、次は体育だろ? 着替えやら何やあるんなら、そろそろ教室行った方がいいんじゃねぇか?」
校舎の大時計は十二時四十五分。
一時までまだ余裕があると思ったが、ピナが立ったので、モーフもつられて立ち上がった。
「ティスたちも一緒に戻っとけよ」
「二日しかないのに遅刻して村の子に迷惑掛けちゃ悪いだろ」
「あー……」
「うん」
兄貴たちに言われ、小学生二人も荷台を降りた。
「これ、モーフ君の分です」
教室に戻ると、三ツ編女子にいきなり布の塊を手渡された。思わず受取ったが、ワケがわからない。
「ピナティフィダさんは私と一緒にこっちでお着替えです。急いで」
「は、はい?」
三ツ編女子はピナの手を引いて廊下の奥へ行ってしまった。
「モーフ君、その体操服、学校の備品ですから、授業が終わったら一緒に保健室へ返しに行きましょう」
「えっ? あ……あぁ、うん。ありがとう」
何だかわからないが、後で助けてくれるらしいので、先に礼を言っておく。教室は男子一人きりで、閉じたカーテンを背に立つ湖の民はさっきと違う服だ。
……たいそうふく? 体操服か!
久々に聞いた単語で一気に思い出し、モーフは急いで着替えた。
「体育は中学生全員の合同授業なんです」
「う、うん」
男子に続いて校舎を出た。半袖半ズボンで外へ出ると、照りつける午後の日射しが痛いくらい熱い。吹く風も熱気を帯び、どっと汗が噴き出た。
男子は屋根が半円形の建物に入った。
……あぁ、これ、体育館か。
久々に入った体育館は、リストヴァー自治区の学校と同じ造りで、モーフはホッとすると同時に、泣きたいような郷愁に襲われた。
同じ服を着た湖の民の中学生が十五、六人居るが、ピナたちはまだだ。外はあんなに暑かったのに体育館の中は涼しく、汗が冷えて肌寒かった。
……これも魔法か。
「体育館、そんなに珍しいですか?」
「えっ? いや、島が違っても、体育館って一緒なんだなって思って」
テキトーに誤魔化したら、男子は緑の瞳を輝かせて食いついた。
「昼休みにちょっと調べたんですけど、ゼルノー市って、こことは比べ物にならないくらい都会ですよね? それなのに同じなんですか?」
「うん。教室がもっと多くて、クラスの人数も三十……四十人の時もあったな」
「お待たせしました!」
「遅くなってすみませーん」
女子たちが来て、学年別で先生の前に整列する。
一年と三年にチラ見されたが、モーフは好奇の視線に気付かないフリでやり過ごした。
☆魔装兵がネーニア島西部の前線に投入されて……「756.軍内の不協和」~「758.最前線の攻防」参照
☆魔獣退治は(中略)ネモラリス島までは手が回らない……「849.八方塞の地方」「850.鱗蜘蛛の餌場」参照
☆ゼルノー選挙区の議員で無事が確認できたのってイーヴァ議員だけです……「880.得られた消息」「0972.演説する議員」参照
☆あいつはダメ……「0973.聖典を見たい」~「0979.聖職者用聖典」参照




