表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1081/3510

1054.束の間の授業

 少年兵モーフは、久々に受けた授業で頭が飽和状態だ。



 昨日、四人は湖の民の校長先生に案内され、まず職員室に寄った。

 校長先生と音楽の先生だけが村に住んで、他の先生はみんな、カーメンシク市から【跳躍】で通うとかで、まだ半分くらいしか居なかった。

 小学五年生と中学二年生の担任は、机で何か作業中だった。

 朝のクソ忙しい時に、いきなり力なき民の子供を押し付けられ、二人は一瞬、露骨にイヤな顔をしたが、すぐに笑顔を繕った。


 「ようこそ」

 「短い間だけど、よろしくね」

 二人とも女の先生だ。

 「こちらこそ、突然お邪魔してすみません。教科書と文房具はあります。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 ピナがみんなを代表して、大人みたいにしっかり挨拶した。

 先生たちも感心して、口々にピナを褒める。

 「偉いわねぇ」

 「中学生とは思えないくらい、しっかりしてるわ」

 「あなたがみんなのお姉さん?」

 「あ、いえ、妹はこの子だけです。こっちの二人は近所の子で、戦争始まってからずっと一緒に避難して、移動放送局のお手伝いしてる仲間なんです」


 少年兵モーフは「仲間」との説明に心臓が跳ね上がった。時間が停まったようにピナの横顔を見詰める。先生たちと女の子三人があれこれ話す声が、右から左へ素通りした。



 どのくらい経ったのか、みんなが荷物を持って動きだす。

 モーフは我に返り、慌ててついて行った。


 この学校は、リストヴァー自治区と違って、小学校と中学校が同居する平屋建てだ。

 廊下の途中でピナの妹たちと分かれ、中学二年生の教室に入った。黒板の前に教卓。これは自治区と同じで、モーフは何となく安心した。


 「みなさん、おはようございます」

 「おはようございます」

 生徒はたった四人で全員湖の民。男子は一人だけだ。日焼けした顔が不思議そうに陸の民のピナとモーフに向けられ、最後に担任を見る。

 「昨日の放送で、みなさんももう知っていると思いますが、移動放送局のお二人です。今日と明日の二日間だけですが、みなさんと一緒に学ぶことになりました」


 地元の四人が緑色の目を開き、隣の奴と顔を見合わせる。お互いの目を見ただけで何も言わず、すぐ正面に向き直った。

 「わからないことは教え合って、仲良く過ごしましょう」

 「はい」

 地元の奴らは、先生の呼び掛けにやたらイイ顔で返事した。


 「それじゃ、みなさん、お二人に予備の机と椅子を持って来て下さい」

 四人はこれまたイイお返事をして、イヤな顔ひとつせずに出て行く。

 「私も……」

 「あなたたちはいいのよ。重いですから」

 ピナが床に鞄を置いて行こうとしたが、担任に止められた。四人は肩越しにちらっとこっちを見ただけで、教室を出てどこかへ行く。

 「それから、この村の子たちは巡回診療の先生くらいしか、陸の民を見たことがないの。髪の色で何か言われても、気にしないであげてね」

 モーフは何とも言えない気持ちで頷いた。


 四人が戻り、六つの席を横並びに配置する。

 先にあった席を左右にずらし、ピナとモーフの席を真ん中に置いた。

 「自己紹介は休み時間にして下さい。それじゃ、一時間目は社会。教科書の三十二ページの続きからです」

 ピナが机を寄せ、境目に教科書を広げて置く。

 モーフは急いでノートと筆記具を出した。



 初めてまともに受けた中学の授業は、案の定、モーフには難し過ぎた。

 教科書の文章も難しく、先生がどこを見て解説するのかさえ、わからない。

 ソルニャーク隊長やラジオのおっちゃんが教えてくれたことを思い出し、どうにか眠気を(こら)えて耳を傾けた。


 ピナは先生の話に時々頷きながら、凄い速さでノートに何か書く。その向こうで、地元の奴が緑色の目をチラチラ向けて、二人を窺うのがわかった。


 ……ま、気になってしゃあねぇのはお互いサマだしな。


 モーフも、流石にノートが真っ白なのはマズいいと思い鉛筆を握ったが、何を書き留めればいいかわからず、気持ちが焦るばかりで手はピクリとも動かない。

 先生の口からウヌク・エルハイア将軍の名が飛び出し、ギョッとして教科書から顔を上げた。

 どうやら今は、歴史の項目で、旧王国時代のハナシらしい。

 モーフは意識的に肩の力を抜いて、教科書に目を走らせた。

 ピナの顔が近い。気付いた途端、心臓が暴れだした。


 ……いやいやいやいや。今はそんな場合じゃねぇ! 勉強……勉強しなきゃ!


 どうにか呼称らしき単語をみつけ、幾つかノートに書き写す。字を書くのに必死で、今度は先生の声が耳に入らなくなった。



 チャイムが鳴る。

 呪縛が解けたように脱力し、どっと疲れが出た。

 「ありがとうございました」

 生徒たちの声に送られ、担任の社会科教諭が出て行く。モーフはノートの上に鉛筆を転がし、大きく息を吐いた。

 「次は数学かぁ」

 ピナが呟いて、社会の教科書を片付け、通学カバンをごそごそ探る。

 「数学はそっちみたい」

 「お、おう」

 ピナから逃げるように顔を逸らし、机の横にぶら下げた手提げ袋に手を突っ込んだ。


 ……すーがく?


 未知の教科を言われたが、どうにかそれらしい物を探り当て、机に出した。

 「ありがと」

 ピナが教科書を置いた途端、地元の連中に囲まれ、一斉に話し掛けられた。

 「君たち、どこから来たんですか? あ、僕、カーラムです。短い間だけどよろしく」

 「メーラです。昨日のお歌、スゴイよかったです! 私にも教えてもらっていいですか?」

 「私も一緒に教えてもらっていいですか?」

 「自己紹介、自己紹介」

 短髪の女子に小突かれ、ふたつ(くく)りの女子がぺろりと舌を出して呼称を名乗る。

 「スモークウァです。あれって街で流行ってる歌なんですか?」

 「私はフヴォーヤ。ずっとアナウンサーの人たちと一緒に、ネモラリス島全部の街や村を回ってるんですか?」

 最後に三ツ編の女子が名乗った。


 歌の件はともかく、他の質問に答えていいものか、判断できない。

 モーフは久々の授業で既にヘトヘトで、四人の呼称も覚えられなかった。

 四人とも湖の民で、さっきは見分けがつかないと思ったが、よく見ると、男子は一人で女子三人は髪型が違う。短髪とふたつに分けて括った奴と、長い三ツ編を背中に垂らした奴だ。

 三ツ編の奴がみんなから離れ、黒板の字を消した。


 ……あ、そっか。先生が書いた奴、写しときゃよかったのか。


 今更気付いたがもう遅い。黒板消しは久し振りに見たチョークの字をキレイさっぱり消してしまった。


 「ピナティフィダです。こちらこそ、よろしくお願いします。私たち、ネーニア島のゼルノー市から、ラクリマリス領に避難して、王都から船でクレーヴェルに帰国しました」

 「ゼルノー市ってどこですか?」

 「王都ってラクリマリスの王都ですよね?」

 「スゴイ旅したんですね。これからネモラリス島を一周するんですか?」

 地元の奴らは緑の瞳を輝かせ、モーフそっちのけでピナに質問を浴びせる。


 三ツ編の奴が地図帳を出し、ピナがゼルノー市を指差した。

 そこからマスリーナに移動してクルブニーカに這わせ、森を突っ切るレサルーブ古道を辿って西端のザカートトンネルを越えてみせた。

 湖の民四人は、地図を示す指を見詰め、ピナの説明に頷きながら聞き入る。

 「ドーシチ市の偉い人のおうちで、お薬作るお手伝いして、何カ月も泊めてもらいました」


 そこでチャイムが鳴り、先生が入ってきた。

☆ドーシチ市の偉い人のおうち……「230.組合長の屋敷」~「232.過剰なノルマ」、「235.薬師(くすし)は居ない」~「239.間接的な報道」、「242.荷台の大掃除」~「243.国民健康体操」「246.部屋割の相談」参照

☆お薬作るお手伝い……「245.膨大な作業量」「250.薬を作る人々」「256.兄妹水入らず」「262.薄紅の花の下」「264.理由を語る者」「266.初めての授業」「267.超難問と兄妹」「271.長期的な計画」「275.みつかった歌」参照


※ ふたつ括り……モーフにはお洒落語彙がない。「ツインテール」の語を知らず、見たまんま「ふたつ括り」呼ばわり。


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ