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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0108.癒し手の資格

 生きた人間の姿はないが、死体も見当たらない。

 全員が無事避難できたのか。

 (とむら)いの為に回収されたのか。

 魔物が喰らい尽くしたのか。


 ……いい人ならいいけど、あんな悪い人なら、居ない方がマシね。


 雑妖から目を逸らし、前を向く。

 あの暴漢たちは、アウェッラーナが癒し手だと告げても、意に介さなかった。


 口から出任せだと思ったのか、自暴自棄(ヤケクソ)だったのか。

 それとも、【白鳥の乙女】を知らなかったのか。


 アウェッラーナは、あの暴漢たちを後者だと思った。


 ……普通は「もし、本当だったら」って思って、ヤケになってもあんなことする訳ないし。


 では、何故【白鳥の乙女】を知らないのか。

 彼らが魔法使いではないからだ。

 だが、力なき民でも、ネモラリス共和国で普通に暮す者なら、それが何か常識として知る筈だ。



 生命に関する術は、大部分が未婚でなければ使えない。

 どんなに魔力が強くとも、一度「資格」を失えば、治療の術は(ほとん)ど使えなくなってしまう。


 【白鳥の乙女】は、被術者の貞操を守る術だ。

 それは「癒し手の資格」を守り、性犯罪者の血筋を根絶やしにする呪いだった。


 この術を掛けられた「癒し手」に手を出した行為者本人は、呪いが発動し、激しい苦痛を伴って、声と繁殖力を奪われる。

 その三親等(さんしんとう)内の親族も、性別を問わず繁殖力を失い、子供は死に絶える。

 結婚の儀で術を解除しない限り、恋人や婚約者であっても、呪いの影響を受けてしまう。


 術の対象は、未婚の癒し手や、癒し手として育てる予定の乳幼児だが、名家の令息、令嬢なども悪い虫がつかぬよう、対象となる場合がある。


 声を失えば、発声の必要な術が使えなくなる為、魔法文明圏では生活に支障を(きた)す。周囲の人間は、呪いを受けた者に何かあっても助けない。

 先天的に声を出せない者の為の術式もあるが、声を失った理由がこれでは、まず教えてもらえない。


 影響範囲と効果が絶大な【渡る白鳥】学派の代表的な術として、魔法文明圏に於いて【白鳥の乙女】を知らぬ者はなかった。



 ……知ってれば、自分の安全の為に手を出さないのに……ひょっとして、自治区の人?


 星の道義勇軍の生き残りの可能性に気付き、薬師(くすし)アウェッラーナは思わず、ソルニャーク隊長を見た。彼は油断なく周囲を警戒しながら、トタン板と麻袋を運ぶ。


 市民病院を襲撃した部隊は、偶々(たまたま)良識ある隊長に率いられた「良識あるテロリスト」だった。言葉が通じない狂信者ではなく、テロを行った理由も……許せることではなかったが、一応、筋は通る。

 一時的なのだろうが、星の道義勇軍のこの隊は、魔法使いの自分たちとも、生きる為に協力し合えた。

 この関係がいつまで続くかわからないが、今のところ信用できる。いや、信用するしかなかった。


 ……私たちを守った方が生存率が上がるし、裏切る理由も……今のところなさそうだし。



 ショッピングモールが無残な姿を(さら)す。

 建物は完全に崩壊し、(わず)かに残った看板がかつての様子を伝える。

 「缶詰か何かありゃいいんだけどなぁ」

 少年兵モーフが物欲しそうに言った。


 食料品コーナーは大抵、地下だ。倉庫も地下なら、焼け残った可能性がある。

 「階段が使えればいいんですけど……」

 ロークも足を止め、瓦礫の山に目を向けた。

 クルィーロが足を止めずに言う。

 「無理無理。君んちの地下室も雑妖の巣になってたろ」


 アウェッラーナたちは、あれと戦う術を知らない。

 【急降下する(ワシ)】学派などの戦いに関する術は、個々の術が強い魔力を要求する上、扱いが難しい。しかも、魔物や雑妖と直接、対峙するには、強い魔力だけでなく、勇気と高い身体能力も必要だ。

 戦いに関する術は、武官や駆除業者などの専門家くらいしか修得しない。


 ロークは肩を落として歩き始めたが、少年兵モーフは瓦礫の山を見詰めて動かなかった。

☆あんな悪い人/あの暴漢たち……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆君んちの地下室も雑妖の巣……「0096.実家の地下室」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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