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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1052.校長の頼み事

 「さぁて、明日っからちょっとの間、子供らは学校だが……」

 「坊主、おめぇ、何年生するよ?」

 「お……俺……」

 葬儀屋のおっさんが人の気も知らず話を振り、メドヴェージが妙にやさしい声で聞く。反対する間もなくとんでもない話がまとまってしまい、少年兵モーフは進退窮まって(うつむ)いた。



 父が居た頃は小学校に通えたが、事故で亡くなってからは、来る日も来る日も仕事に追われ、(ほとん)ど通えなかった。何年もそんな暮らしを送る内に、習った文字の大半を忘れてしまい、まともに書けるのは名前だけになってしまった。


 空襲後、放送局の廃墟や図書館で教えてもらい、その後も気が向いた時に勉強をして、少しは読める字が増えた。

 それでもまだ、絵本や小学生の教科書を読むのも覚束ない。いきなり中学校に放り込まれても、年相応の授業について行ける気がしなかった。



 ソルニャーク隊長を見たが、「どうする?」と聞きたげに軽く首を曲げ、他のおっさんたちと同じ目でモーフを見るだけだった。

 「ティスとアマナちゃんは同級生だし、同じクラスよね?」

 「うん。途中になっちゃったから、もう一回、五年生させてもらおうかな」

 「あー、それいいかも。何か色々忘れちゃったし」

 ピナに聞かれ、妹は意外なことを口走り、アマナがのんびり同意した。


 「じゃあ、私ももう一回中学二年生ね。モーフ君は……自治区の学校って、学年の区切り方、違ってたりするの?」

 急にピナから話し掛けられ、モーフは慌てて顔を上げたが、気の利いた返事が全く思い浮かばず、再び(おもて)を伏せた。

 「お……俺、わかんねぇ」

 「あ、ゴメンね。こっちの学校の仕組み知らなかったら、違いなんてわかんないよね」

 ピナに気を遣わせてしまい、モーフは申し訳なさで消えてしまいたくなって、更に項垂(うなだ)れた。下を向き過ぎたせいか、やたら耳が熱い。

 自治区以外の学校の説明をするピナの声が、右から左へ抜けて行く。


 「歳は私と同じくらいっぽいし、今だけ同じクラスに来てもらっていいかな?」

 モーフは顎をぶん殴られたような勢いで顔を上げ、ピナと目が合って息が止まった。嘘や冗談を言う目ではない。

 「な、何で?」

 「村の人みんな、いい人そうだけど、湖の民の教室で私一人だけ陸の民って心細いって言うか……あ、こんなの、失礼だってわかってるんだけど、でも」

 「あ、あぁ、そりゃ気マズいな」

 言った瞬間、モーフは凍りついた。

 恐る恐る薬師(くすし)のねーちゃんと漁師の爺さん、葬儀屋のおっさんを見る。湖の民は三人とも聞こえなかったのか、さっきと同じ表情だ。


 「明日の時間割って聞いたか?」

 レノ店長が妹たちに聞くと、女の子たちは固まった。

 晩メシが終わって、荷台の外は真っ暗だ。学校の敷地には移動放送局のみんなしか居ない。


 ……時間割ってむちゃくちゃ久し振りに聞いたな。

 

 同時に、曜日を勘違いしたせいで忘れ物をして、先生に定規でビンタされた痛みを思い出す。モーフは無意識に頬を撫でた。

 「じゃあ、ちょっと重いけど、教科書は一学年分、全部持ってけばいいな」

 「二人で半分ずつ持つから平気」

 「ねー」

 アマナが言うと、ピナの妹がイイ顔で頷いた。

 「音楽の授業があってもなくても、先生に【癒しの風】の呪文、渡してくれる?」

 薬師(くすし)のねーちゃんが言いながら、ごそごそ紙とペンを出すと、ピナは快く引き受けた。



 いつもより少し早く朝メシを済ませ、みんながバタバタ慌ただしく、今日の準備をする。

 モーフは、すっかり遠くなった一種の焦りを思い出したが、何をすればいいかわからず、ピナの後ろをウロウロした。

 教科書やノートなどは、寝る前にふたつの鞄に分けて詰め、呪歌のメモはピナとアマナの鞄に一枚ずつ入れてある。女の子たちは忘れ物がないか点検するが、モーフには何が必要だったか思い出せなかった。


 ……中学、一日だけじゃなくって、もうちょい顔出しときゃよかったな。


 薬師(くすし)のねーちゃんは、手提げに水筒とビニール袋を何枚か詰め、素材集めの仕度を済ませると、ついでに明日用に薬の材料や容れ物を鞄に詰め始めた。

 葬儀屋のおっさんまで、リュックサックに大きい封筒を何枚か、それに手帳とペンを突っ込んで、明日のアミトスチグマ行きの用意をする。


 そうこうする内に村長と籠を背負ったおっさんの四人、それに校長先生が来た。

 「おはようございます。本日はよろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 大人たちの声が他人事(ひとごと)のように頭を抜ける。

 走ったワケでもないのに心臓が暴れだし、モーフはクラクラしてきた

 子供四人は学校、薬師(くすし)のねーちゃんと漁師の爺さん、レノ店長と魔法使いの工員クルィーロは薬草摘みで、地元のおっさん四人も手伝う。他の大人は情報の整理と原稿作りだ。

 村長は、よろしくお願いします、と言い置いて家に帰った。



 「学校の件でもう少し、みなさんと話があります。君たちは先に門で待っていて下さい」

 校長先生が村長の後ろ姿を見送って、薬草摘みのおっさんたちに言う。四人は素直にトラックを離れ、農作業の連中に合流した。


 「急なお願いで誠に恐縮ですが、もし可能でしたら、明日、ニュースとは別に、他所(よそ)のお話を子供たちに聞かせていただけませんか?」

 校長先生は、小声でラジオのおっちゃんに頼み、荷台に残った他の大人たちを見回した。

 「ニュースとは別……とは、具体的に?」

 「講演や授業形式でお話しいただけましたら……勿論(もちろん)、報酬はお支払致します」

 ラジオのおっちゃんジョールチの質問に答え、校長先生はもう一回大人たちを見回すと、今度はみんなに言った。

 「何でも結構です。村の外を知らない子供たちに、ここ以外の社会を教えてあげたいのです」


 「誰か一人が一日中、喋ンのかい? 葬式の話なんざ辛気臭ぇだけで、子供らが退屈すると思うがね」

 アゴーニがやんわり断ったが、校長先生は食いついた。

 「それなんですよ。他にも例えば、力なき陸の民の方々が普段どんな暮らしを送るのかなど、自分たちとは違う人たちの“普通”や“当たり前”があることを子供たちに教えて欲しいんです」

 「普通って……説明、難しいですね」

 レノ店長が引き攣った笑いを浮かべる。

 DJレーフが授業のように手を挙げた。

 「俺はいいですよ。ただ、普通ってのはテーマが広過ぎるんで、もうちょっと、絞ったのを何個か言ってもらえます?」


 ……この兄貴、なんでこんなヤル気なんだ?


 モーフは、ソルニャーク隊長とラジオのおっちゃんジョールチを窺った。

 「そうですね。具体的なテーマがありましたら、担当を割り振ってお話できると思います」

 「この移動放送局は、寄せ集めですからね。色々な角度から語れますよ」

 ジョールチが話を進め、隊長までやけに乗り気だ。

 「引受けて下さるんですね。ありがとうございます。他所の街の様子、農業以外の仕事、外国のこと、戦争のこと、難民キャンプの詳しい様子をご存知でしたらそのお話など、色々ありそうですが……一時間後に改めてお伺いします」


 始業時間が迫り、モーフたちは校長先生に連れられて校舎に入る。

 授業を受けられるのは、今日と明日だけだが、少年兵モーフはとてつもなく長い二日間になりそうな気がした。

☆放送局の廃墟や図書館で教えてもらい……放送局の廃墟「138.嵐のお勉強会」「140.歌と舞の魔法」、図書館「168.図書館で勉強」「169.得られる知識」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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