1051.買い出し部隊
村長は小中一貫校の校長室へ説明に行き、指示を受けた村人が、移動放送局プラエテルミッサの一行を村長宅に案内する。
「あら、陸の民の方もいらっしゃるのね」
村長の妻は突然の来客に困惑したが、ジョールチとアビエースが蝦と魚の干物を渡すと、大喜びで来客用の料理を別に用意してくれた。
校長と共に帰った村長が、昼食を摂りながら午後の予定を話す。
「では、二時半から五時半まで放送して下さるんですね」
「授業をやめにして、子供らも一緒に聞かせていただいてよろしいですか?」
「勿論です。こちらこそ、突然お邪魔しまして恐れ入ります」
当たり障りのない遣り取りをしながら、校長の目が子供らに向く。
「取材要員とその家族も一緒に旅をしています。子供たちも手伝いを頑張ってくれて、とても助かっていますよ」
「あのー……学校は……」
校長の声に子供らが身を竦め、パドールリクが眉を下げる。
「こんな状況ですからね。教科書などは一通り揃えて、私たちが交代で教えています」
父の説明にアマナが力強く頷き、エランティスが涙を堪えて緑髪の校長を見詰める。ピナティフィダと少年兵モーフも、食べるのをやめ、校長に硬い表情で視線を注いだ。
「あぁ、ごめんよ。咎めたのではなく、君たちが心配なんですよ。……もし、何日か滞在されるのでしたら、村の子と一緒にお勉強いかがですか?」
校長が後半をパドールリクに向けて言うと、陸の民の子供たちは何かを恐れるような目で、湖の民の校長と金髪のパドールリクを見た。
父の困惑を見て、クルィーロがジョールチに聞く。
「明日、再放送の分を流して、もう一日くらいどうです?」
……えっ? ここでキルクルス教の歌を流すの?
先程の村長の反応は、ウヌク・エルハイア将軍……ネミュス解放軍に好意的に見えた。みんなの顔が不安に曇る。
「再放送よか、御用聞きと仕入れの方がよくねぇか?」
明るい声で、一同の目が葬儀屋に集まった。
「明日一日は、入用の物を聞いて回って、優先順位つけて表にして、交換品集めて、明後日、俺がアミトスチグマの夏の都へ取材に行くついでに仕入れて来るってなぁ、どうだ?」
村長夫婦と校長の顔が目に見えて明るくなり、アゴーニからジョールチに視線を移した。
「そうですね。そろそろ新しい情報を入れたかったところなので……国際ニュースなどは、湖南経済新聞と時流通信社から、配信記事をいただいて放送するのですよ」
「そうなんですか。あの、大変厚かましいお願いで恐縮なんですが、ウチの村の者も連れて行っていただけませんか?」
「ん? あぁ、【魔力の水晶】握らせてくれりゃ、二人は連れてけるぞ。【無尽袋】がねぇからな。荷物持ちの手は多いに越したこっちゃねぇ」
アゴーニが快く応じると、村の代表三人は何度も厚く礼を述べた。
「そン代わり、子供らの勉強、よく見てやってくれ」
「あ、私も……お薬の材料をお持ちでしたら、知り合いに頼んで魔法薬、調達しますよ。行き先はランテルナ島のチェルノクニージニクなんですけど」
「お薬もいいんですか? 助かります」
「カーメンシクの役所や議員さんに陳情しても、なしの飛礫で、この辺はもう国に見捨てられたんじゃないかと……」
「王国時代にはこんなこと、一度もなかったんですけどね」
妻が声を詰まらせると、村長は震える肩を抱き寄せた。
「民主主義なんて言っても、こんな風に見捨てられるんなら、ネーニア家の治世に戻して欲しいですよ」
村長の妻が声を震わせ、校長が重々しく頷いた。
「神様のお血筋の方々にお任せしていた頃は、間違いなかったんですからね」
移動放送局プラエテルミッサの中で、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代を知るのは、葬儀屋アゴーニだけだ。みんなの視線が何となくそちらに行ったが、長命人種の彼は否定も肯定もしなかった。
午後は校庭で、先日の村と同じ内容を放送し、何事もなく終えられた。
続いて、村長が買い出しの件を伝え、同行者の立候補を募る。
DJレーフが、歌詞と楽譜をまとめて入れた封筒を音楽教諭に渡した。
「あ、先生【歌う鷦鷯】なんですね」
ピナティフィダが年配の女性教諭に話し掛ける。
「えぇ、初めまして。あなたも歌が上手なのね。将来【歌う鷦鷯】の道に進むのかしら?」
「あ、いえ、私、力なき民なんで……でも、【青き片翼】の【癒しの風】を教えていただいて、【魔力の水晶】があれば、ちょっとだけ治せるようになったんで、そう言う【水晶】があればできる術、いっぱい覚えたいんです」
音楽教諭が息を呑み、周囲の村人が一斉に振り返る。
……あ! マズい?
アウェッラーナは同行志願者に囲まれ、子供たちに近付けない。
「俺たちも同じ呪医に教えてもらって【癒しの風】だけ使えるようになったんですよ」
「ちょっとした切り傷くらいしか治せませんけどね」
レノ店長とクルィーロが、それぞれの妹の手を引いて話に加わる。
エランティスとアマナも元気よく言った。
「明日、みんなで練習しよッ!」
「みんなで覚えたら、みんなで治せるもんね」
湖の民たちが顔を見合わせた。確かに、癒しの術が使えるようになれば、大いに助かるが、術者の婚期は遠のいてしまう。
音楽教諭は、大人たちの何とも言い難い顔を見回し、にっこり微笑んだ。
「そうね。みんなで覚えて、楽譜に書いて次々伝えて行けば、この先ずっと、みんなが助かるわね」
「それなら、近所の村にも楽譜を配ればいいな」
傍らの男性が言うと、緑色の頭が一斉に頷いた。
……ずっと足止めされるかと思ったけど、これなら大丈夫そうね。
浅い傷しか癒せないが、あるのとないのでは、大違いだ。
少なくとも、割れた爪を庇って暮らす日々や、浅い火傷から感染症を起こす心配などはなくなる。
アゴーニとアウェッラーナの同行者がそれぞれ二人ずつ決まり、村長が解散を宣言した。
☆再放送の分……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」、「1046.再放送の反応」参照
☆術者の婚期は遠のいてしまう……「264.理由を語る者」参照




