1050.販売拒否の害
薬師アウェッラーナは、朝食に招かれた農家で聞いた話を陸の民の仲間たちに伝えた。
運転手のメドヴェージには助手席のアビエースが、DJレーフにはワゴンに同乗した葬儀屋アゴーニが説明する。
「そう言われてみれば、当然ですよね」
最近まで会社員だったパドールリクが、困った顔で納得した。アマナが「どうして?」と父をつつく。
「割に合わないからだよ。生野菜は【無尽袋】に入れられないから、車で運ぶけど、それだと燃料が要るだろ?」
「うん」
「でも、燃料が値上がりしたせいで、前と同じ量とは交換してもらえない」
「あぁ、遠かったらガソリンいっぱい要るし、行った分だけ損するから行かなくなったの」
アマナが納得顔で言い、父と兄が満足げに頷く。同い年のエランティスはアマナの話でやっとわかったらしく、友達に尊敬の眼差しを注いだ。
「完全に行き来がなくなったワケじゃなくて、普通の籠や袋で持てるだけ持って街に【跳躍】して、取引は細々続けてるそうなんですけどね」
「しかし、あの様子では農家の人が足下を見られて、公正な取引は期待できないでしょうね」
アナウンサーのジョールチが溜め息混じりに言い、荷台の空気が重くなった。
「それから、反対側の漁村の人も言ってましたけど、東側にも巡回診療が来なくなったそうなので、ワクチンとかもどうなってるか……」
「逆に我々が病を持ち込む可能性もあるな」
ソルニャーク隊長が呟くと、子供たちは首を傾げた。
「何でッスか? 俺ら、だぁれも風邪引いてないッスよ?」
「私たちは色んな街に行って大勢の人と接して、その分、菌やウィルスにもたくさん接して、免疫ができてるけど……あ、えっと、免疫ってわかる?」
アウェッラーナが聞くと、女の子三人は頷いたが、少年兵モーフは弱々しく首を振り、上目遣いで薬師を窺った。
ソルニャーク隊長が微かに苦笑を浮かべ、モーフに頷いてみせる。
「後で私が説明しよう。……続けて下さい」
「私たちは、予防接種を受けたことがあるから、感染しても病気にならなかったり、なっても軽くて済みますけど、開戦後に生まれた赤ちゃんや小さい子は、予防接種がまだかもしれなくて……」
「出荷で街へ行く人は限られるでしょうからね。小さい村で外部の人間と接する機会が少ないと、村全体の集団免疫も弱いかもしれませんね」
パドールリクが案じると、レノ店長が怪訝な顔をした。
「えっ? 何で? 親が街の大きい病院に連れて行けば、赤ちゃんの予防接種くらい、してもらえるんじゃないかな?」
「ワクチンの原材料は大部分が輸入で、イチから国内製造してるのって、数も種類も数えるくらいしかないんです」
「えっ? クルブニーカが空襲に遭ったからじゃなくて、湖上封鎖のせいで足りないんですか?」
レノ店長が目を丸くし、他の面々も知らなかったのか、薬師アウェッラーナに驚いた目を向ける。
「トポリ空港が再建された際、空輸が再開されたとの情報がありましたが……」
「それでは到底、足りないでしょうね。ワクチンは全部、魔法薬じゃなくて科学の工場で作りますし、科学の国にある製薬会社が特許を持ってますから、作り方を知ってても勝手に作っちゃダメなんです」
アウェッラーナは、ジョールチに首を振った。
生ワクチンは【無尽袋】に入れられない。
輸送量が限られる上、大勢の医療者が空襲や魔獣の襲撃などで命を落とし、或いは難民化して、国外に流出してしまった。機能する病院が国内に……特にネーニア島のネモラリス領側にどれだけあるか。
地理的にも状況的にも、空襲に遭わなかったネモラリス島北部の農村部より、多くの空襲罹災者が身を寄せるネーニア島北部の都市を優先するだろう。
荷台のみんなは言葉を失い、固まってしまった。
二番目の村には、昼少し前に着いた。
野良仕事から帰る人々が、突然現れた放送局の車輌に期待と不安、疑問が入り混じった複雑な目を向ける。
アウェッラーナは、係員室の小窓からフロントガラス越しに人々を窺う。
「こんにちはー。俺ら、移動放送局のモンだ。FMなもんで、電波そんな遠くまで飛ばねぇから、村の真ん中辺りまで入らせてもらっていいか?」
運転手のメドヴェージが愛想よく言うと、緑髪の人々は仲間内で相談し始めた。
助手席のアビエースが打ち合わせ通り、ダッシュボードに置いた乾電池のパックを手にとって言う。
「型が合うラジオをお持ちでしたら、電池、差し上げますよ」
三割くらいが明るい顔を向けたが、残りは却って不信感と警戒を深め、険しい表情でトラックから離れた。何人かが石垣の中へ駆け込む。
……気前良過ぎて逆に怪しいか。
どうしたものかと、隣で様子を窺うジョールチを見る。国営放送のアナウンサーは無言で村人の出方を待った。
村人たちが、年配の男性を連れて戻った。
女性たちが門内に引っ込み、男性だけが残る。見える範囲の徽章は全て【畑打つ雲雀】学派だ。
「私が村長です。国営ラジオが移動放送を始めたとは……役所の広報紙に載っておりませんでしたが、つい最近、始まったんですか?」
兄が湖の民として同族の村長に説明する。
「それが色々複雑でして、首都でクーデターがあったのはご存知ですか?」
「ウヌク・エルハイア将軍が起ち上がって下さった件ですよね? あの後、どうなったかご存知ですか?」
「そのネミュス解放軍が、首都で政府軍と戦闘になりまして、放送局員や一般の都民が巻き込まれて、レーチカ市に臨時政府ができたんです」
村長が、【漁る伽藍鳥】学派の同族が語る説明に頷いて、続きを促す。
「私たちも、そこまでは知っております」
「そうでしたか。どの辺までご存知ですか?」
「暮れに最後の電池が切れたんですが、街の人も物資が不足しているからと、村の者には売ってくれなくなりましてね。無駄足を踏まされるくらいなら、自家消費しようと、あまり街へ出なくなったんですよ」
「あぁ、それは隣村の連中も困ってた。それで、前にもらったけど、俺らにゃ使い途ねぇ電池をちょっとずつ配ろうかってハナシになったんだ。こいつに合うラジオ、あるか?」
運転手のメドヴェージが、アビエースから十二個入りのパックをひとつ受取り、窓から出す。
村長が大声で型を言うと、数人が手を挙げた。
「こんだけありゃ、当分イケんだろ」
メドヴェージが差し出して促すと、村長は恐る恐る受け取った。
「国営放送アナウンサーのジョールチです。首都の戦闘から逃げ果せた国営放送とFMクレーヴェルの有志で、本局とは別に移動放送の認可を受けました」
「ジョールチさんッ?」
「クーデターからこっち、全然ニュースに出なかったから、てっきり……」
ざわめきの中で村長が続きを飲み込んだ。
「戦時特別態勢で削減された地方ニュースや、国際ニュースなどをお伝えしに、ネモラリス島内を回っております。電池ひとつ売ってもらえなくなったとのことですが、病院やお薬などはどうなさっておられますか?」
「巡回診療が来なくなってからも、もう少し東に行った所にあるミャータの神殿では診てもらえてたんですけどね、癒しの術を使える神官がトポリの神殿に頼まれたとかで、もう三カ月も留守なんですよ」
村長の縋るような声にジョールチが質問を重ねる。
「カーメンシクの病院では、治療を受けられないのですか?」
「一応、診てもらえますけどね、あっちも呪医や薬師が軍に取られて人手不足なのに、ここらの患者がみんな行くから、順番待ちが凄くて、一日じゃ済まないんですよ」
防壁内では【跳躍】できず、怪我人や病人を何度も移動させるのは酷だ。
付き合いのある店にたっぷり付け届けして頼み込み、自宅に泊めてもらってどうにか通院するのだと言う。
……えっ? じゃあ、入院する程じゃない人は遠慮しちゃうわよね?
「薬局はちゃんと売ってくれるんですが、値上がりした上、品切れが多くて、これもなかなか……」
「それは大変な状態で……」
「子供らの学用品も足りない始末で、早いとこ戦争が終わって、王家が船の往来をお許し下さらんことには、どうにもこうにも……」
一頻り窮状を訴えた村長は、弱々しい笑顔を作り、村唯一の小中一貫校に移動放送局の車輌を案内した。




