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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1050.販売拒否の害

 薬師(くすし)アウェッラーナは、朝食に招かれた農家で聞いた話を陸の民の仲間たちに伝えた。

 運転手のメドヴェージには助手席のアビエースが、DJレーフにはワゴンに同乗した葬儀屋アゴーニが説明する。


 「そう言われてみれば、当然ですよね」

 最近まで会社員だったパドールリクが、困った顔で納得した。アマナが「どうして?」と父をつつく。

 「割に合わないからだよ。生野菜は【無尽袋】に入れられないから、車で運ぶけど、それだと燃料が要るだろ?」

 「うん」

 「でも、燃料が値上がりしたせいで、前と同じ量とは交換してもらえない」

 「あぁ、遠かったらガソリンいっぱい要るし、行った分だけ損するから行かなくなったの」

 アマナが納得顔で言い、父と兄が満足げに頷く。同い年のエランティスはアマナの話でやっとわかったらしく、友達に尊敬の眼差しを注いだ。


 「完全に行き来がなくなったワケじゃなくて、普通の籠や袋で持てるだけ持って街に【跳躍】して、取引は細々続けてるそうなんですけどね」

 「しかし、あの様子では農家の人が足下を見られて、公正な取引は期待できないでしょうね」

 アナウンサーのジョールチが溜め息混じりに言い、荷台の空気が重くなった。


 「それから、反対側の漁村の人も言ってましたけど、東側にも巡回診療が来なくなったそうなので、ワクチンとかもどうなってるか……」

 「逆に我々が(やまい)を持ち込む可能性もあるな」

 ソルニャーク隊長が呟くと、子供たちは首を傾げた。

 「何でッスか? 俺ら、だぁれも風邪引いてないッスよ?」

 「私たちは色んな街に行って大勢の人と接して、その分、菌やウィルスにもたくさん接して、免疫ができてるけど……あ、えっと、免疫ってわかる?」

 アウェッラーナが聞くと、女の子三人は頷いたが、少年兵モーフは弱々しく首を振り、上目遣いで薬師(くすし)を窺った。

 ソルニャーク隊長が微かに苦笑を浮かべ、モーフに頷いてみせる。

 「後で私が説明しよう。……続けて下さい」


 「私たちは、予防接種を受けたことがあるから、感染しても病気にならなかったり、なっても軽くて済みますけど、開戦後に生まれた赤ちゃんや小さい子は、予防接種がまだかもしれなくて……」

 「出荷で街へ行く人は限られるでしょうからね。小さい村で外部の人間と接する機会が少ないと、村全体の集団免疫も弱いかもしれませんね」

 パドールリクが案じると、レノ店長が怪訝な顔をした。

 「えっ? 何で? 親が街の大きい病院に連れて行けば、赤ちゃんの予防接種くらい、してもらえるんじゃないかな?」

 「ワクチンの原材料は大部分が輸入で、イチから国内製造してるのって、数も種類も数えるくらいしかないんです」

 「えっ? クルブニーカが空襲に遭ったからじゃなくて、湖上封鎖のせいで足りないんですか?」

 レノ店長が目を丸くし、他の面々も知らなかったのか、薬師(くすし)アウェッラーナに驚いた目を向ける。


 「トポリ空港が再建された際、空輸が再開されたとの情報がありましたが……」

 「それでは到底、足りないでしょうね。ワクチンは全部、魔法薬じゃなくて科学の工場で作りますし、科学の国にある製薬会社が特許を持ってますから、作り方を知ってても勝手に作っちゃダメなんです」

 アウェッラーナは、ジョールチに首を振った。



 生ワクチンは【無尽袋】に入れられない。

 輸送量が限られる上、大勢の医療者が空襲や魔獣の襲撃などで命を落とし、或いは難民化して、国外に流出してしまった。機能する病院が国内に……特にネーニア島のネモラリス領側にどれだけあるか。

 地理的にも状況的にも、空襲に遭わなかったネモラリス島北部の農村部より、多くの空襲罹災者(りさいしゃ)が身を寄せるネーニア島北部の都市を優先するだろう。

 荷台のみんなは言葉を失い、固まってしまった。



 二番目の村には、昼少し前に着いた。

 野良仕事から帰る人々が、突然現れた放送局の車輌に期待と不安、疑問が入り混じった複雑な目を向ける。

 アウェッラーナは、係員室の小窓からフロントガラス越しに人々を窺う。


 「こんにちはー。俺ら、移動放送局のモンだ。FMなもんで、電波そんな遠くまで飛ばねぇから、村の真ん中辺りまで入らせてもらっていいか?」

 運転手のメドヴェージが愛想よく言うと、緑髪の人々は仲間内で相談し始めた。

 助手席のアビエースが打ち合わせ通り、ダッシュボードに置いた乾電池のパックを手にとって言う。

 「型が合うラジオをお持ちでしたら、電池、差し上げますよ」

 三割くらいが明るい顔を向けたが、残りは却って不信感と警戒を深め、険しい表情でトラックから離れた。何人かが石垣の中へ駆け込む。


 ……気前良過ぎて逆に怪しいか。


 どうしたものかと、隣で様子を窺うジョールチを見る。国営放送のアナウンサーは無言で村人の出方を待った。



 村人たちが、年配の男性を連れて戻った。

 女性たちが門内に引っ込み、男性だけが残る。見える範囲の徽章(きしょう)は全て【畑打(はたう)雲雀(ヒバリ)】学派だ。


 「私が村長です。国営ラジオが移動放送を始めたとは……役所の広報紙に載っておりませんでしたが、つい最近、始まったんですか?」

 兄が湖の民として同族の村長に説明する。

 「それが色々複雑でして、首都でクーデターがあったのはご存知ですか?」

 「ウヌク・エルハイア将軍が起ち上がって下さった件ですよね? あの後、どうなったかご存知ですか?」

 「そのネミュス解放軍が、首都で政府軍と戦闘になりまして、放送局員や一般の都民が巻き込まれて、レーチカ市に臨時政府ができたんです」


 村長が、【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の同族が語る説明に頷いて、続きを促す。

 「私たちも、そこまでは知っております」

 「そうでしたか。どの辺までご存知ですか?」

 「暮れに最後の電池が切れたんですが、街の人も物資が不足しているからと、村の者には売ってくれなくなりましてね。無駄足を踏まされるくらいなら、自家消費しようと、あまり街へ出なくなったんですよ」

 「あぁ、それは隣村の連中も困ってた。それで、前にもらったけど、俺らにゃ使い(みち)ねぇ電池をちょっとずつ配ろうかってハナシになったんだ。こいつに合うラジオ、あるか?」

 運転手のメドヴェージが、アビエースから十二個入りのパックをひとつ受取り、窓から出す。

 村長が大声で型を言うと、数人が手を挙げた。

 「こんだけありゃ、当分イケんだろ」

 メドヴェージが差し出して促すと、村長は恐る恐る受け取った。


 「国営放送アナウンサーのジョールチです。首都の戦闘から逃げ(おお)せた国営放送とFMクレーヴェルの有志で、本局とは別に移動放送の認可を受けました」

 「ジョールチさんッ?」

 「クーデターからこっち、全然ニュースに出なかったから、てっきり……」

 ざわめきの中で村長が続きを飲み込んだ。


 「戦時特別態勢で削減された地方ニュースや、国際ニュースなどをお伝えしに、ネモラリス島内を回っております。電池ひとつ売ってもらえなくなったとのことですが、病院やお薬などはどうなさっておられますか?」

 「巡回診療が来なくなってからも、もう少し東に行った所にあるミャータの神殿では診てもらえてたんですけどね、癒しの術を使える神官がトポリの神殿に頼まれたとかで、もう三カ月も留守なんですよ」

 村長の縋るような声にジョールチが質問を重ねる。

 「カーメンシクの病院では、治療を受けられないのですか?」

 「一応、診てもらえますけどね、あっちも呪医や薬師(くすし)が軍に取られて人手不足なのに、ここらの患者がみんな行くから、順番待ちが凄くて、一日じゃ済まないんですよ」


 防壁内では【跳躍】できず、怪我人や病人を何度も移動させるのは酷だ。

 付き合いのある店にたっぷり付け届けして頼み込み、自宅に泊めてもらってどうにか通院するのだと言う。


 ……えっ? じゃあ、入院する程じゃない人は遠慮しちゃうわよね?


 「薬局はちゃんと売ってくれるんですが、値上がりした上、品切れが多くて、これもなかなか……」

 「それは大変な状態で……」

 「子供らの学用品も足りない始末で、早いとこ戦争が終わって、王家が船の往来をお許し下さらんことには、どうにもこうにも……」


 一頻(ひとしき)り窮状を訴えた村長は、弱々しい笑顔を作り、村唯一の小中一貫校に移動放送局の車輌を案内した。

☆反対側の漁村の人……「1031.足りない物資」参照

☆ワクチンの原材料は大部分が輸入……「750.魔装兵の休日」「0976.議員への陳情」参照

☆クルブニーカ……「191.針子への疑念」「192.医療産業都市」「200.魔獣の支配域」「216.説得を重ねる」参照


 ▼医療産業都市クルブニーカの位置

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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