1049.情報に飢える
この村での放送は、午後二時丁度に始まった。
ここしばらくは、午前中のまだ涼しい時間帯の放送が続き、レノは星の道義勇軍の三人が、久し振りの暑さで倒れないか、気が気でない。
一応、薬師アウェッラーナが、塩を少し混ぜた香草茶を受信確認用ラジオの横にたっぷり用意してくれたが、気休めだろう。
国営放送アナウンサーのジョールチが、戦争前と同じ滑らかな声でニュースを読み上げると、集まった村人たちの顔が輝いた。
二百人近い聴衆は、年齢や性別は様々だが、髪の色は全員、アウェッラーナたちと同じ緑色だ。
若い女性は麦藁帽子を被るが、他は日焼けを気にせず、炎天下で平気な顔をして汗ひとつかかない。服に染めや刺繍で施された【耐暑】や【耐寒】の術で、夏の暑さと冬の寒さから守られるからだ。
カーメンシク市の生活設備もそうだった。
魔力の有無で、暮らしも街の作りも大きく変わる。力ある民と力なき民、陸の民と湖の民では、必要とする物と生活が大きく異なる。
レノは、開戦から一年余り過ごした共同生活で、アウェッラーナたち湖の民、力ある民のクルィーロたちとの違いを実感させられた。
よく知っていたつもりなのに、幼馴染のクルィーロでさえ、一緒に遊ぶのと、共に暮らすのでは、全く違うと思い知らされた。
……でも、一年以上もよく一緒にやってこれたよな。
目の前のラジオから流れるジョールチの声が、レーチカに樹てられた臨時政府の動きや、この戦争を巡る近隣諸国の動き、魔哮砲や腥風樹の騒動、湖南経済新聞配信によるラキュス湖地方の経済ニュース、時流通信社が配信した国際ニュース、自分たちの足で集めたカイラー市とカーメンシク市の地方ニュース、ネモラリス島内各地で発生した仮設住宅の連続呪符窃盗事件など、ここ半年余りの出来事を次々と読み上げる。
村人は誰一人として口を開かず、難しい話題ばかりだが、子供たちでさえ、全身が耳になったかのように聞き入った。
厳しい状況を伝えるニュースが多く、ジョールチが息抜きの曲名を告げると、村人たちの肩から目に見えて力が抜ける。
レノたちがレコードに合わせて歌うと、手拍子が起こり、炎天下の広場に喜びと笑顔が満ちた。
再びニュースが始まり、ジョールチは他所よりも多く解説を加えて、原稿を読み上げる。
村人たちは、DJレーフがアミトスチグマから持ち帰った難民キャンプの最新情報に複雑な表情を浮かべた。
ここは空襲の被害を受けず、避難生活とは無縁だが、同じネモラリス人の困難を思って、同情やもどかしさを感じるのだろう。
昨秋に発生したネミュス解放軍によるクーデターと、その後の様子、解放軍のリストヴァー自治区襲撃事件と、星の標によるテロが減ったことなど、国内の大きな事件を読み上げると、村人たちに動揺が走った。
星の道義勇軍の三人は、塩入りのお茶をチビチビ飲み、汗を拭った。
歌を挟んで気持ちを切替え、ネモラリス憂撃隊がアテール共和国の首都ルフスで爆弾テロを起こしたこと、ネモラリス政府軍が北ザカート市の憂撃隊拠点を壊滅させたこと、首都クレーヴェルの隠れキルクルス教徒狩りのことなど、物騒な話題が続き、聴衆の顔が再び暗くなる。
大聖堂から湖南地方に司祭が派遣されたこと、星の標が異端者であることまで伝える。
……他所は星の標が居るかもしれないから、書いたけど読むのやめた原稿もあったのか。
村人たちは驚きと困惑の入り混じった顔で、初めて接したキルクルス教国の情報に聞き入る。
昨冬までに複数のアーテル軍基地が破壊されたことを伝えると、聴衆の顔色が少し良くなった。
たくさんの情報と合間に生で歌う合唱で、いつもより一時間長い三時間の放送は、あっという間に終わった。
手に握った【魔力の水晶】が空になり、汗がどっと噴き出る。
「お忙しい中、長時間、お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。これにて、当地での移動放送局プラエテルミッサによる臨時放送を終了致します」
アナウンサーのジョールチが宣言すると、村人たちは夢から覚めたような顔で盛大に拍手した。
一度に大量の情報に接し、どれだけが記憶に残って理解できるか定かでないが、高密度な時間だった。
村長がテキパキ指示を出し、村人たちが共同倉庫や自宅へ走る。
「ありがとうございます。お陰さまで、今、何が起きているか、戦争がどうなっているか、大変よくわかりました」
「いいニュースはあんまりなかったけど、色々わかって助かるわ」
「役所の広報紙は月イチだし、新聞は薄いしで、何がどうなってんのかわかんなくて、色々不安だったんだ」
「まぁ、知ったからって私らに何ができるってモンでもないけど、知ってるのと知らないんじゃ大違いだからね」
喜びや感謝の言葉と共に小麦粉の大袋や日持ちする生野菜、ドライフルーツなどがどんどん長机に置かれる。
「こんなにたくさん……ありがとうございます」
レノたちは何度も礼を言い、求められるまま握手に応じた。
「みなさん、突然の訪問にも関わらず、快く受け容れて下さってありがとうございました」
「ジョールチさん!」
荷台から降りたアナウンサーが改めて礼を言うと、あっと言う間に人がそちらへ流れた。
「無事だったんだな!」
「よかった」
「ラジオの声、直接聞くのは妙な気分だな」
ジョールチも、一人一人の声に応え、握手を交わす。
そんな交流が一時間近く続き、夏の日が傾き始めた頃、夕飯の支度を思い出した人々が、家に帰り始めた。
「明日の朝まで、ここに車を停めさせていただいてよろしいでしょうか?」
「いつまでも居てもらっていいくらいだ」
「それじゃ他所で放送できなくて困るだろ」
ジョールチの頼みにイヤな顔をする者は一人も居らず、移動放送局の一行はその点では安心して一夜を過ごせた。念の為、いつも通りに見張りは交代で起きたが、痴漢の類が出ることもなく、無事に夜明けを迎えられた。
「銅が混じってるとナニだから、湖の民の人だけでアレなんだけど」
農家のおかみさんが、申し訳なさそうな顔で朝食に誘ってくれた。
……銅の補給、要るよな。
レノは朝食を準備する手を止めて応えた。
「お誘い、ありがとうございます。こっちはまだ全然できてないから、三人とも行っても大丈夫ですよ」
「よろしいんですか?」
老漁師アビエースがおかみさんに言って、レノを見た。薬師アウェッラーナも遠慮がちに会釈する。葬儀屋アゴーニはDJレーフと話し中で、こちらの遣り取りに気付かないようだ。
「アゴーニさん、ちっといいですかー?」
レノが呼ぶと、おかみさんは改めて誘った。
「いいのかい? ありがてぇ」
アゴーニが満面の笑みで同意し、後の二人はレノとおかみさん両方に遠慮しながらついて行った。
朝食後、レノとジョールチは、昨夜用意した物を持って村長宅を訪ねた。放送のお礼があまりにも多かったので、物々交換ではなく、お釣りだ。
薬師アウェッラーナの説明書を添えた薬を数種類と、移動放送局のラジオには型が合わない乾電池だ。電池は、この村のラジオに合う物だけを一パック渡す。
「これがウチのラジオに合いますが、本当にいいんですか?」
「俺たちが持ってても仕方ないんで、どうぞどうぞ」
「何から何まで……ありがとうございます」
老いた村長が涙ぐんで何度も礼を言うと、アナウンサーのジョールチがニュースとは違う個人の声で言った。
「こちらこそ、あんなによくしていただいて、ありがとうございました」
移動放送局プラエテルミッサは、名残を惜しむ大勢の村人に見送られ、東へ出発した。
☆服に染めや刺繍で施された【耐暑】や【耐寒】の術で、夏の暑さと冬の寒さから守られる……「526.この程度の絆」参照
☆魔哮砲……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」、「580.王国側の報道」「581.清めの闇の姿」参照
☆腥風樹の騒動……「499.動画ニュース」」「500.過去を映す鏡」「597.父母の安否は」参照
☆仮設住宅の連続呪符窃盗事件……「819.地方ニュース」「820.連続窃盗事件」参照
☆ネミュス解放軍によるクーデター……「599.政権奪取勃発」~「603.今すべきこと」参照
☆解放軍のリストヴァー自治区襲撃事件……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照
☆星の標によるテロが減ったこと……「0940.事後処理開始」~「0943.これから大変」「1041.治安と買い物」参照
☆大聖堂から湖南地方に司祭が派遣された……「1007.大聖堂の司祭」「1008.動かぬ大聖堂」参照
☆昨冬までに複数のアーテル軍基地が破壊された……「864.隠された勝利」参照




