1048.力なき民の夏
「今から、ここで放送することになったよ。ちょっと暑いけど、頑張ろう」
「まさか街から一番近い村が、こんなにも情報から取り残されているとは思いませんでした」
レノとジョールチが係員室から出ると、みんなの顔が曇った。先が思いやられるが、その為の移動放送局だ。
「街に行っても、他所者だからって店の人に電池売ってもらえなくて、ラジオ聞けなくなったって言ってた」
「新聞……は、村まで配達来ないのね」
ピナが難しい顔をする。
荷台の扉が開き、ワゴンに分乗した四人と、メドヴェージ、アゴーニが上がって来た。
「広告料にもらった電池で、型が合わない物の一部を村に譲ろうと思う」
「全部じゃないんスか? どうせ使い途ねぇのに?」
ソルニャーク隊長の提案に少年兵モーフが首を傾げた。葬儀屋アゴーニが大袈裟な表情で呆れてみせる。
「坊主、気前がいいのは結構なこったがな、村はこの先、幾つもあるんだ」
「ここで全部やっちまったら、他の村がアレだろうが」
「他所モンにゃ売ってやんねぇとか、ケチ臭ぇコト言う奴らが悪ィんだ!」
頬をつつくメドヴェージの手を払い退け、モーフがむくれた。
メドヴェージは「ハイハイそうだな」などと言いながら、モーフの頭をわしゃわしゃ撫で回す。モーフが無言で手を払い、ソルニャーク隊長の背後に隠れた。
レノがいつものじゃれ合いを微笑ましく眺める間にも、話は進む。
「今日は放送だけにして、今夜、譲ってもいい物を選んで、明日の朝、この間の漁村のように販売するのはどうでしょう?」
「あんまり村の人を疑いたくないんですが、販売の件は明日まで言わない方が無難だと思います」
「お薬はあるんですか? ないなら、少し渡したいんですけど」
パドールリクの提案に、老漁師アビエースと薬師アウェッラーナ兄妹が同時に頷き、懸念と提案を付け加える。
「現在、薬と燃料、一部の生活雑貨などは売ってもらえるそうです。恐らく、原材料が国内で賄える物は売るのでしょう」
「そうなんですか? でも、この先の村はどうかわからないので、なるべく素材を集めながら移動したいんですけど、いいですか?」
薬師アウェッラーナがみんなを見回して聞くと、メドヴェージが一番に答えた。
「俺ぁ別に構わんぞ。助手席乗って、薬草みっけたら遠慮しねぇで言ってくれ。いつでも停めンぞ」
「ありがとうございます」
「今の時期なら量も種類も多いし、俺たちも手伝います」
レノが店長として言うと、誰からも異論が出ず、話がまとまった。
「今のところ燃料は充分あるので、ニュースを手厚く、先のカイラー市の情報も合わせて、いつもより一時間長くしようと思いますが、いかがでしょう?」
「かなり情報に飢えてるカンジだもんな。俺はいいと思うけど、みんなはどう? 頑張れそう?」
「私たちは【耐暑】のリボンがあるから大丈夫ですけど……」
DJレーフに聞かれ、ピナが星の道義勇軍の三人をそっと窺うと、少年兵モーフが元気よく応じた。
「俺、暑いの慣れてっから平気ッス!」
……これだけ暑くても、魔法のリボン、自分の身体に着けるのはダメなんだ?
そもそも、このトラック自体に【魔除け】と【結界】が組込んである。
レノは荷台に貼った【耐暑符】を見上げ、ソルニャーク隊長を見た。キルクルス教徒の隊長は、レノたちフラクシヌス教徒に淋しげな微笑を向けた。
「私たちのことは気にしないでくれ」
「わかりました。じゃあ、いつも通り、荷台の壁を上げて影増やして、村の人に頼んで打ち水してもらいましょう」
レノの宣言で、みんなは放送の準備に慌ただしく動きだした。
リボンを着けずに荷台を出ると、晴天で炙られた空気に一瞬、息が詰まった。足下は石畳だ。
……信仰の為にこの暑さガマンするとか、マジかよ?
「お兄ちゃん、リボン忘れたの?」
「えっ? あぁ、いや、持ってるけど」
ピナに言われ、一気に噴き出た汗を手の甲で拭って、ズボンのポケットから【耐暑】のリボンを引っ張り出した。
「お兄ちゃん、ホラ、貸して」
返事をする間もなく、するりとリボンを取られ、さっさと手首に結ばれてしまった。
郭公の巣のクロエーニィエ店長は、【護りのリボン】の【耐熱】を三本、【耐暑】と【耐寒】は七本ずつ、【耐衝撃】八本、【魔除け】は十一本も売ってくれた。今のメンバーなら【耐暑】は丁度、力なき民の人数分ある。
それでも、星の道義勇軍の三人は、受取ろうともしなかった。
メドヴェージが運転席に戻って荷台を操作する。低いモーター音と共に片方の側壁が翼を開くように持ち上がり、村人から歓声が上がった。
照明器具の金具にシーツを結び付けて即席の幕にしてあり、生活感溢れる荷台の様子は見えない。
レノとパドールリクの二人で長机を降ろし、DJレーフが受信確認用のラジオを真ん中に置いた。
葬儀屋アゴーニが老婆に封筒を渡す。
「村長さん、これ、今からこの子らがニュースの合間に歌う曲の歌詞と楽譜だ」
「いただけるんですか?」
老婆の弛んだ瞼が勢いよく持ち上がった。
「あぁ、まぁ、何せ数がねぇから、その一組だけで勘弁して欲しいんだけどよ」
アゴーニは申し訳なさそうに言ったが、村長は封筒を押し戴いて、礼の言葉を重ねた。
「あのー、すみません。トラックの周りにちょっとだけ、打ち水してもらっていいですか?」
「うちみず?」
レノは、村人が知らないと気付いて愕然とした。
湖の民だけが住む村には、魔法や電気なしで暑さをやり過ごす「生活の知恵」など必要ないのだ。
気を取り直し、店長として言う。
「えっと、【耐暑】のリボンがちょっと足りなくてですね、力なき民の係員が暑さで参っちゃうんで、石畳をちょっとでも冷ましていただけたらなって……」
「えぇッ? そりゃ大変だ!」
「何人分だ?」
「私の着替え、貸したげるから!」
「あー! 待って、待って下さいッ! 服丸ごとじゃ【水晶】で発動できないんで、お気持ちだけで!」
家へ走るおばさんを慌てて呼び止め、打ち水してくれるよう、改めて頼む。
村人たちは、本当にそんなことだけでいいのかと何度も心配を口にしながら、井戸から水を起ち上げて広場の石畳を冷やしてくれた。
湖の民だけで暮らす村の人々は、打ち水を知らなくても、力なき民が夏の暑さで体調を崩すことは知っていて、何かと親切にしてくれる。
少し過剰なのは、魔法なしでは夏がどのくらい暑くて、どんなに身体が参るかわからないからだろう。
自分たちが経験したことのない苦しみを「ないもの」扱いせず、そんな苦しみもあると知れば、思いやってくれる。
レノは、村人のあたたかさに平和への道標が見えた気がした。
☆この間の漁村のように販売……「1031.足りない物資」参照
☆私たちは【耐暑】のリボンがあるから大丈夫……【護りのリボン】「356.交換の選択肢」、分配「532.出発の荷造り」「709.脱出を決める」参照
☆トラック自体に【魔除け】と【結界】が組込んである……「167.拓けた道の先」参照
☆自分たちが経験したことのない苦しみ……「526.この程度の絆」参照




