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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1048.力なき民の夏

 「今から、ここで放送することになったよ。ちょっと暑いけど、頑張ろう」

 「まさか街から一番近い村が、こんなにも情報から取り残されているとは思いませんでした」


 レノとジョールチが係員室から出ると、みんなの顔が曇った。先が思いやられるが、その為の移動放送局だ。


 「街に行っても、他所者(よそもの)だからって店の人に電池売ってもらえなくて、ラジオ聞けなくなったって言ってた」

 「新聞……は、村まで配達来ないのね」

 ピナが難しい顔をする。


 荷台の扉が開き、ワゴンに分乗した四人と、メドヴェージ、アゴーニが上がって来た。

 「広告料にもらった電池で、型が合わない物の一部を村に譲ろうと思う」

 「全部じゃないんスか? どうせ使い(みち)ねぇのに?」

 ソルニャーク隊長の提案に少年兵モーフが首を傾げた。葬儀屋アゴーニが大袈裟な表情で呆れてみせる。

 「坊主、気前がいいのは結構なこったがな、村はこの先、幾つもあるんだ」


 「ここで全部やっちまったら、他の村がアレだろうが」

 「他所(よそ)モンにゃ売ってやんねぇとか、ケチ臭ぇコト言う奴らが悪ィんだ!」

 頬をつつくメドヴェージの手を払い退()け、モーフがむくれた。

 メドヴェージは「ハイハイそうだな」などと言いながら、モーフの頭をわしゃわしゃ撫で回す。モーフが無言で手を払い、ソルニャーク隊長の背後に隠れた。


 レノがいつものじゃれ合いを微笑ましく眺める間にも、話は進む。


 「今日は放送だけにして、今夜、譲ってもいい物を選んで、明日の朝、この間の漁村のように販売するのはどうでしょう?」

 「あんまり村の人を疑いたくないんですが、販売の件は明日まで言わない方が無難だと思います」

 「お薬はあるんですか? ないなら、少し渡したいんですけど」

 パドールリクの提案に、老漁師アビエースと薬師(くすし)アウェッラーナ兄妹が同時に頷き、懸念と提案を付け加える。


 「現在、薬と燃料、一部の生活雑貨などは売ってもらえるそうです。恐らく、原材料が国内で賄える物は売るのでしょう」

 「そうなんですか? でも、この先の村はどうかわからないので、なるべく素材を集めながら移動したいんですけど、いいですか?」

 薬師(くすし)アウェッラーナがみんなを見回して聞くと、メドヴェージが一番に答えた。

 「俺ぁ別に構わんぞ。助手席乗って、薬草みっけたら遠慮しねぇで言ってくれ。いつでも停めンぞ」

 「ありがとうございます」

 「今の時期なら量も種類も多いし、俺たちも手伝います」

 レノが店長として言うと、誰からも異論が出ず、話がまとまった。


 「今のところ燃料は充分あるので、ニュースを手厚く、先のカイラー市の情報も合わせて、いつもより一時間長くしようと思いますが、いかがでしょう?」

 「かなり情報に飢えてるカンジだもんな。俺はいいと思うけど、みんなはどう? 頑張れそう?」

 「私たちは【耐暑】のリボンがあるから大丈夫ですけど……」

 DJレーフに聞かれ、ピナが星の道義勇軍の三人をそっと窺うと、少年兵モーフが元気よく応じた。

 「俺、暑いの慣れてっから平気ッス!」


 ……これだけ暑くても、魔法のリボン、自分の身体に着けるのはダメなんだ?


 そもそも、このトラック自体に【魔除け】と【結界】が組込んである。

 レノは荷台に貼った【耐暑符】を見上げ、ソルニャーク隊長を見た。キルクルス教徒の隊長は、レノたちフラクシヌス教徒に淋しげな微笑を向けた。

 「私たちのことは気にしないでくれ」

 「わかりました。じゃあ、いつも通り、荷台の壁を上げて影増やして、村の人に頼んで打ち水してもらいましょう」

 レノの宣言で、みんなは放送の準備に慌ただしく動きだした。



 リボンを着けずに荷台を出ると、晴天で炙られた空気に一瞬、息が詰まった。足下は石畳だ。


 ……信仰の為にこの暑さガマンするとか、マジかよ?


 「お兄ちゃん、リボン忘れたの?」

 「えっ? あぁ、いや、持ってるけど」

 ピナに言われ、一気に噴き出た汗を手の甲で拭って、ズボンのポケットから【耐暑】のリボンを引っ張り出した。

 「お兄ちゃん、ホラ、貸して」

 返事をする間もなく、するりとリボンを取られ、さっさと手首に結ばれてしまった。


 郭公(カッコウ)の巣のクロエーニィエ店長は、【護りのリボン】の【耐熱】を三本、【耐暑】と【耐寒】は七本ずつ、【耐衝撃】八本、【魔除け】は十一本も売ってくれた。今のメンバーなら【耐暑】は丁度、力なき民の人数分ある。

 それでも、星の道義勇軍の三人は、受取ろうともしなかった。


 メドヴェージが運転席に戻って荷台を操作する。低いモーター音と共に片方の側壁が翼を開くように持ち上がり、村人から歓声が上がった。

 照明器具の金具にシーツを結び付けて即席の幕にしてあり、生活感溢れる荷台の様子は見えない。

 レノとパドールリクの二人で長机を降ろし、DJレーフが受信確認用のラジオを真ん中に置いた。


 葬儀屋アゴーニが老婆に封筒を渡す。

 「村長さん、これ、今からこの子らがニュースの合間に歌う曲の歌詞と楽譜だ」

 「いただけるんですか?」

 老婆の(たる)んだ(まぶた)が勢いよく持ち上がった。

 「あぁ、まぁ、何せ数がねぇから、その一組だけで勘弁して欲しいんだけどよ」

 アゴーニは申し訳なさそうに言ったが、村長は封筒を押し戴いて、礼の言葉を重ねた。


 「あのー、すみません。トラックの周りにちょっとだけ、打ち水してもらっていいですか?」

 「うちみず?」

 レノは、村人が知らないと気付いて愕然とした。

 湖の民だけが住む村には、魔法や電気なしで暑さをやり過ごす「生活の知恵」など必要ないのだ。


 気を取り直し、店長として言う。

 「えっと、【耐暑】のリボンがちょっと足りなくてですね、力なき民の係員が暑さで参っちゃうんで、石畳をちょっとでも冷ましていただけたらなって……」

 「えぇッ? そりゃ大変だ!」

 「何人分だ?」

 「私の着替え、貸したげるから!」

 「あー! 待って、待って下さいッ! 服丸ごとじゃ【水晶】で発動できないんで、お気持ちだけで!」

 家へ走るおばさんを慌てて呼び止め、打ち水してくれるよう、改めて頼む。

 村人たちは、本当にそんなことだけでいいのかと何度も心配を口にしながら、井戸から水を起ち上げて広場の石畳を冷やしてくれた。



 湖の民だけで暮らす村の人々は、打ち水を知らなくても、力なき民が夏の暑さで体調を崩すことは知っていて、何かと親切にしてくれる。

 少し過剰なのは、魔法なしでは夏がどのくらい暑くて、どんなに身体が参るかわからないからだろう。

 自分たちが経験したことのない苦しみを「ないもの」扱いせず、そんな苦しみもあると知れば、思いやってくれる。


 レノは、村人のあたたかさに平和への道標(みちしるべ)が見えた気がした。

☆この間の漁村のように販売……「1031.足りない物資」参照

☆私たちは【耐暑】のリボンがあるから大丈夫……【護りのリボン】「356.交換の選択肢」、分配「532.出発の荷造り」「709.脱出を決める」参照

☆トラック自体に【魔除け】と【結界】が組込んである……「167.拓けた道の先」参照

☆自分たちが経験したことのない苦しみ……「526.この程度の絆」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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